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秘密諜報員 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その29

 狭山ヶ丘国際大学は埼玉県入間市の丘陵地を切り開いて作られた。
 東京ドーム何個分の敷地があるのかは知らないが、結構な広さがある。
 丘陵地であることからして、校舎ごとに高低差があり、敷地内を移動するにも坂道があるのだ。
 狭山ヶ丘国際大学を運営している、青梅財団の本部はこの大学の敷地の一番奥にある。

 俺たちは大学内の一番大きな校舎を抜け、差し掛かった緩やかな上り坂を見上げると、そこに青梅財団の法人本部とされる建物が見えた。
 白い壁の三階建ての古さを感じる建物だ。
 その寂れた町の役所的な建物の雰囲気に拍子抜けをした。

「期待外れだとでも言いたげな表情だな」

 大尉の言葉は俺の心境を言い当てていた。癪に障るのだが、それは認めざるを得ない。
 改造人間を生み出し、人類半減化計画を企むような秘密組織だからな。もっと伏魔殿的な雰囲気を想像していたのだ。

「言っておくが、法人本部はずっとこれだからな」

 大尉へはさっき、入間川高校と工房の件を話したせいか、ここは改変されていない、と先回りして言ったのであろう。
 この青梅財団法人本部の佇まいと、大尉が言うところの“糞平の話”を照らし合わせて考えると、糞平が唱えた人類半減化計画が、ただの陰謀論じゃないかとさえ思えてくる。
 なんと言っても、糞平はアルミホイルを頭に巻いていたからな…

 だとしても、“仮面”は何なのか。
 世界平和と人類進化を標榜する奴らが、何故あんな人間兵器を作り出すのか。
 そして俺たちは青梅財団へ弓を引いたことから、見せしめとして処刑されたのだ。

「それは一旦、置いておくとして、
 行くぞ。陰謀渦巻く伏魔殿へ」

 俺のその一言に西松は下手くそな木彫りの彫刻みたいな顔なりに、緊張した面持ちで頷き、パリスはいつもの薄笑いで頷き、大尉は偉そうに腕組みをしながら笑みを浮かべた。


 明らかに古い、両開きの自動扉が開くと、そこにはカウンターがあり、その向こうには如何にも事務所然とした空間が広がっていた。
 全体的に古ぼけている。

 カウンターには[御用のある方はブザーでお知らせ下さい]と手書きのメモが貼ってあり、ブザーが設置されていた。
 大尉はそれを押せよ、とでも言いだけに目配せをした。
 俺は手に汗を握りながらブザーを押す。

 ブザーの音が鳴ると、事務作業をしていた一人の職員が俺たちの方を見て立ち上がり、かなりゆっくりとした動作でカウンターへやってきた。くたびれた、やる気なさげな中年の女の職員だ。


「どのようなご用件でしょうか」

「ペヤングを頼む」

 俺の一言に職員は鳩が豆鉄砲で打たれたような顔をした。

「恐れ入りますが、ペヤングでしたら売店の方で」

「焼きそばではない。ペヤングみたいな顔をした女だ」

「それで通じるわけがない」

 大尉が小声で呟いた。
 それもそうか。

「あれだ、ここの理事長の娘だか、孫だかの、あいつだ」

 一瞬の間を置いて、事務員は合点がいったような顔をした。鈍感な奴だ。

「恐れ入りますが、お嬢様との面会はアポイントを取ってからにしていただけますか」

「ここにいることはわかっている。
 ペヤングを呼べ」

 俺はここで事務員から視線を逸らしてから、流し目加減の強い視線を送り、

「話はそれからだ…」

「恐れ入りますが、お嬢様との面会はアポイントを取ってからにしていただけますか」

 事務員は俺の一連の決め台詞に、顔色一つ変えず同じことを言った。

「ここにいることはわかっている。
 ペヤングを呼べ。
 話はそれからだ…」

 俺は再び決め台詞を言ったのだが、事務員は顔色一つ変えない。

「私に任せろ」

 大尉が痺れを切らした様子で、俺の横に立つ。

「私だ。彼女を呼んでくれ」

 と大尉が格好つけた調子で言うと、事務員は複雑な表情を浮かべ、受話器を手に取り、口元を手で隠しながら何か喋っている。

「少々、お待ち下さい」

 事務員は受話器を置くと事務所へ戻って行く。
 大尉は勝ち誇ったような態度で俺の方へ向き直り、無言のまま、口元に笑みを浮かべる。
 こいつはこの程度のことで勝ち誇っているのか…

 などと思っていると、不意に“チン”と音がした。
 その音が聞こえた方を見ると、そこはエレベーターホールであり、エレベーターの到着を知らせるチャイムであった。

 一台のエレベーターの扉が開くと、長身の男が姿を現し、革靴の踵の音を響かせてこちらへと足早にやってきた。

「ジェフか」

 大尉が一言、呟いた。
 ジェフと呼ばれた男は俺たちの前に立ち止まる。
 身長は190センチはありそうな長身、黒のタキシードで身を包み、胸板は厚く、がっしりとした体型でいかにも鍛えていることを感じさせる。
 ジェフと呼ばれた通り欧米人。しかも二枚目な顔立ちをしていた。
 しかしだな、二枚目であることには間違いないのだが、田舎の紳士服店の広告のモデルみたいな雰囲気を漂わせている。
 何の用があるのか知らないが、タキシードなぞ着込んで微妙にニヤけたような表情を浮かべていた。
 こいつは007でも気取っているのか。

「安子に何の用だ?」

 とジェフが言った。

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