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逆光に浮かぶ影 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その9

「おい、風間!生きてるか?」

 携帯電話の通話に出ると、聞き覚えのある声がした。
 声変わり期間中の男子のような不快な声、西松だ。

「なんだ、西松。生きてるに決まってるだろうよ」

「俺も生きてるぞ!」

 と言った西松の声には感極まった感がある。
 何故に感極まっているのか、意味がわからない。

「何故かわからないんだけど、俺は生きてる!」

「お前、さっきから俺は生きてるとか、生きてることを強調しているが、一体何なんだ?」

 俺の返答の後、西松は沈黙した。

「ああ、わかった。お前はまだなんだな」

 沈黙の後、西松は少し笑っていた。

「何がまだなんだよ。お前、そもそも何で俺の携帯の番号を知っているんだよ」

 あぁ、そうだ。西松が俺の携帯へ電話してくることからしてどうかしているのだ。
 大学で敵対とまではいかなくとも、互いに敬遠しているぐらいの距離感のハズなんだがな。

「大学の名簿にお前の携帯の番号が載ってたから」

 そういうことか。迂闊だったな。
 大学に連絡して、俺の携帯の番号を名簿から削除しないとな。

「だからって、なんでお前が俺に電話してくるんだよ」

「わかった、いいから!とにかくこれから所沢駅に来てくれ。お前に見せたいものがある」

「何だよ、それ」

「いいから、とにかく所沢駅に来い!いいな!絶対に来いよ!」

 と西松は一本的に通話を切った。
 癖の強い奴ではあるが、西松がここまで人に事を強要するような物の言い方をするのは珍しい。

 まぁ、いいさ。やることなくブランコに揺られているぐらいなら、所沢駅にでも行くか…


 所沢駅へ着く頃になって、西松からメールが来た。

[西口へ来い]

 西口か。所沢駅の栄えている方の出口だ。
 それにしても馴れ馴れしい野郎だ。
 ほぼ交流の無い人間に向かって“来い”とは何事だ、と苛つきを覚える。
 ハゲかけの分際で…、と思いながらも、俺は所沢駅西口へと向かう。


 西松の指定通り、所沢駅西口に着いた。
 所沢駅西口は都内の栄えてる場所ほどではないが、平日もそこそこ人が多い。
 そんなそこそこの雑踏の中、西松の姿を探すのだが、奴の姿が見えない。
 携帯電話のメールを開き、

[西松、着いたぞ]

 と送信する。

[わかった]

 とすぐさま、返信が来た。


 その後、5分ぐらい経ったのだが、西松は姿を現さない。

「あのハゲかけが、まだかよ…」

 メールをしようと携帯電話を取り出す。
 その時、不意に銃声が鳴り響く。
 俺は思わず、その場で姿勢を低くする。
 一発の銃声が聞こえると、少し間を置いて二発目、三発目と計三発の銃声が鳴り響く。
 この銃声によって周囲は騒然となった。
 どこからの銃声なのか、俺はしゃがみ込みながらも周囲を見回す。

「こっちだよ」

 その声に釣られて後ろへ振り返ると、俺は影の下にいた。
 昼前の陽の光が逆光となり、何者かが俺を真後ろから見下ろす影となっていたのだ。
 その影を見上げるのだが、そいつの顔がよく見えない。
 しかし目が慣れてくると、俺を真後ろから見下ろしていた奴が誰なのかわかった。
 出来の悪い木彫りの彫刻のような直線主体の見覚えのある顔立ち、西松だ。

「なんだ、西松か」

 俺は立ち上がる。

「これだよ、これ」

 と西松は手にしていた物を俺に見せてきた。
 それは新聞紙を三角に折った物だ。

「紙鉄砲だよ」

 と悪戯っぽく笑い、紙鉄砲を振り下ろすと、銃声によく似た音がした。

「人騒がせな奴だな」

 と言ったところで俺は何か違和感を感じた。
 その違和感は俺の心の中で急激に膨らんでいく。

「おい西松…、お前…、生きていたのか…」

 俺は思いがけず、こんなことを口走っていた。何故だ。何故なのか…
 急に色々な映像が頭の中に溢れかえる。

「風間、思い出したな」

そうだ。そうだったな…、俺は……

「あぁ。でもまだ何かはっきりしない」

「そのうちはっきりしてくるよ。俺は夜中のテレビ番組で銃声を聞いて思い出したんだ。
 だからお前にこれを試してみたってわけだよ」

 と西松は俺に再び紙鉄砲を見せてきた。
 俺の頭の中にある、ぼんやりとした霧のようなものが消えていき、突如として脳裏に西松の最期の場面が浮かぶ。

「あぁ、そうだ!お前は銃殺刑にされる時、走って逃げようとして射殺されてたよな?無様だったな!
 そうだ!まさにこの場こそお前が撃たれた所じゃないか!」

「うるせえ!いいじゃねえか!」

 西松は語気を強めるが、どこか嬉しそうだ。

「それでも俺はこうして生きているんだ!何故かわからないが生きているんだ!」

 西松は大袈裟なぐらいに両腕を広げた。その表情は喜びに満ちている。

「風間はあの後、どうしたんだ?」

 西松のその一言に俺は突如として蘇った記憶を整理する。

「あの後…、城本も銃殺され」

 ここで言葉が詰まった。
 俺の正面前方には駅前ロータリーと木の植え込み、そのロータリーの向こうには百貨店があり…

「違う。城本、二号が銃殺される前、あの百貨店とか周辺の建物が音も無くひっくり返り、地面に飲み込まれていったんだ!西松、お前あの光景を覚えているか?」

「なんとなくな」

「それから二号が銃殺され、俺の番が来た時、黒薔薇党やペヤングの野郎も地面に飲み込まれたんだ。それから銃声が聞こえて」

 言葉が出てこない。

「銃声が聞こえて?」

 沈黙する俺を西松は促すかのように言った。

「そこからの記憶がない。そこで多分、俺も銃殺されたのだろう。
 しかし何故だ?百貨店とか駅前の様子が元通りに戻っている!」

 あぁ、そうだ。周囲を見回すと全て元通りに戻っている。建物どころか人並みまでも…

「俺にもわからない。俺が来た時には既にこれだ」

西松は困惑の表情を浮かべた。

「復興したのか?復元したのか?」

「わからない」

「復元させたのなら、結構時間掛かったんじゃないのか」

「携帯の日付を見てみろよ」

 西松のその一言に、俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
 そうだな、日付を見ればその答えが出てくる。俺は携帯のホーム画面を点灯させた。

 その日付に俺は一瞬、息が詰まった。

「あの日、俺たちが銃殺された日から二日しか経っていないだと!あれは一昨日のことだったのか?
 そんなことあるのか!今年は何年だ?西暦何年だ!」

 西暦は進んでいない。変わらず2023年だ。

「二日間で元に戻るものなのか?」

 俺のその疑問を余所に、西松は含み笑いを浮かべた。

「それよりもお前の携帯をよく見てみろよ」

 西松に言われ、携帯を裏表にしながら、よく観察する。

「何の変哲もない携帯電話だが?」

「お前は案外鈍いんだな」

 と言って西松は笑った。

「それは本当にお前の携帯電話か?」

 と言われ、俺は今初めて気付いた。

「がっ、ガラケーだ。
 こいつは俺が前に使っていたガラケーだ…」

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