見出し画像

家なき豚と間抜けな爆弾魔 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その19

 何も考えず勢いのみで家を飛び出してきたのだが、これからどうするのか、どこへ行くのか全く考えていなかった。
 着替え等を鞄に詰め込んできたのはいいが肝心の金がないのだ。
 財布の中には合計一万円ぐらいしか入っていない。
 これでどうすればいいのか…

 家を出て20分ぐらい歩いているのだが、季節外れの雪は降り続き、ちょっとした雪国のような様相を呈してきた。
 11月下旬ということで冬のコートを着てはいるもののかなり寒い。
 俺の脂肪という装甲は存外、寒さには弱かった。

 今になって俺は自分の衝動を呪っている。
 家出をするにも計画を立ててからにするべき、いやせめて天気予報ぐらいは見ておくべきだった。
 思えば俺という人間はいつも衝動で行動し失敗をすることの連続だった。
 何故、俺はここまで学習をしないのだろうか。

 家を出た時の勢いはもう無くなり、俺の心は折れかかっていた。
 両親に気付かれる前に家へ帰るか?
 駄目だ。俺にも意地がある。
 失った記憶を見つけ出すまでは帰らないと心に決めたのだ。
 だとしても寒い、寒過ぎる…
 とりあえずホテルに泊まりたいのだが、金銭的にそこまでの余裕は無い。
 これがいつもの11月なら公園で乗り切れたのだろうが、この状況下で公園など凍え死ぬこと間違い無し。
 どこか終夜営業のファミレスにでも入りたいのだが、生憎なことに周辺にはそんな店が無いのだ。
 ならば繁華街へ行けば営業中の店があるだろう。
 そこで夜が明けるまで待てばいい。
 この周辺で繁華街のある街と言えば所沢駅周辺だ。
 東京23区内の繁華街と比べたら大したことないのだが、この地区ではそれなりに大きい規模である。
 俺は一路、所沢駅近くの繁華街を目指すことにした。

 しかし、雪の勢いは増してきて思うように進めない。
 普段なら20分ぐらいで着く距離なのだが、既に1時間近く歩き続けているのに未だに駅へ辿り着くことが出来ない。
 俺の吐く息は白く、ダウンジャケットの下は汗が滲んできたようだ。
 俺の体重170キロを支える膝が一歩踏み出す度に悲鳴を上げ、足首までも限界を迎えつつある。
 もう無理かもしれん…、少し座ろう。
 俺が座るのに丁度よい高さの場所があった。
 そこで少し休憩しよう。
 俺はその場所で腰を下ろす。
 その箇所は思いの外、柔らかく、俺の尻が勢いよく沈み、俺は横向きに倒れ雪の中に埋もれる。

「何なんだよ」

 俺は起き上がり、腰を下ろした場の雪を軽く払う。
 そこに見えたのは翌朝収集のゴミ袋、ここはゴミ集積場だったのだ。
 俺は集積場に捨てられたゴミ同然か…
 惨めなものだな…

 そんな中、俺は横から突然の光の眩さに晒され、思わず手の甲で光を遮る。
 対向車線を走る自動車のハイビームだった。
 その自動車はタイヤチェーンの音を立て凄いスピードで通り過ぎる。
 その直後、けたたましいブレーキ音が聞こえたか思うとさらに大きな衝突音がして、頭上の電線や街路樹の雪を一気に振り落とすほどの衝撃が走った。
 俺は思わず振り返ると、その自動車はUターンをしようしたのか、曲がり切れずに車の側面をガードレールにぶつけたようであった。

 自動車事故か。
 俺には関係のないことだ。
 その車に背を向け、再び所沢駅へ向かおうと歩き始めた。
 その時、俺の背後でクラクションが軽く鳴らされた。
 なんだよ、俺に助けを求めているのか?
 今の俺には他人の事故なぞに首を突っ込む余裕など無いのだ。
 無視して歩いていると、今度はその車が俺を追い抜き停車した。

「シロタン」

 その車の助手席の窓が開き、車内から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 え?誰だ?
 俺は車に近寄り、助手席側の開いた窓近くから車内を覗き見る。
 車内の運転席から見覚えのある顔が助手席側に身を乗り出していた。

「糞平!」

 車を運転していたのは糞平だった。
 糞平は高校からの同級生で大学も同じ狭山ヶ丘国際大学だ。
 糞平の人相は悪く、例えるなら爆弾魔風なのだが、爆弾を自作しようとして自宅を燃やして捕まる間抜けな雰囲気もある。
 さらに不細工だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?