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ハネムーンは天国へ

 抱えきれるだけのものをかき集めて小さな箱に入れていく。これは要る、こっちはやっぱりいいや、ひとり言を呟きながら荷造りをしていたら、愛猫が箱の蓋にごろりとお腹を出してにゃあと鳴いた。
 艷やかで丸々とした金色の瞳に、何をしてるんだ、私を構いなさいという意思を感じて、彼女の毛皮を左手でゆっくりと撫でる。あたたかくてふかふかしていて、これが命の熱量なのだと手の甲に残った三本の並行した爪痕を眺めては獣の本能と強さに笑いがこみ上げてきた。
 きっと、私の冷ややかな体温は彼女に分け与えたからなのだろう。私の手を感じて満足そうに目を細めてゆらゆらと腰を揺らす愛しい存在にまばたきを送った。
 気まぐれな彼女はもう構うな、余は満足じゃ、と言わんばかりに私の指先をがぶりと甘噛して鼻息を鳴らしながらひょいと立ち上がり水を飲みに行った。したいときにしたいことをする、してもらう、そのことを素直に受け取れる、彼女のそういうところが好き。
 適切なタイミングで人間と猫との縁をつなぐねこねこねっとわーくなるものがあるらしい、彼女と出会わせてくれたのはきっとそれだろう、こんなに相性の良い組み合わせを考えるのは素人には無理だろうし、運命というには彼女に対しておこがましい気がするから。
 結局、箱の中身は愛飲しているメンソールの煙草と燐寸だけになった。可燃物しか持ち込めないから、傷だらけのジッポーは手放すことにする。
 いつの間にか戻ってきていた愛猫が背中で爪とぎをしていた。手加減をしてくれているらしく、撫でるような脚の動きに涙腺が緩む。
 「ごめんね、先にいくね」
 振り返って愛猫を抱きしめて深呼吸をする。再会したときにお互いがどんな姿になっていても、彼女と出会えるように。久しぶりだね、なんて自分の弱さを隠して笑顔で言えるように、匂いを覚えておこう。
 にゃ、と短く鳴いた彼女にはもうお見通しなのだろう、動物が持つ直感を捨てた代わりに人間には理性がある、私の死臭も既に気取られている。

 ─六文銭すら紙で代用するようになってしまった薄っぺらな木の板に囲まれた世界で、許される持ち物は煙草と燐寸、それと望んでもない花束。これからの旅はエンドロールまで長そうだ。もう少し煙草入れとけばよかった。後悔先に立たず、ではまた会う日まで。一足先に楽園に向かいます。

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