父の苦悩【前編】
短編小説。今回はヒューマンドラマです。
まえがき
このお話は、コメント欄でさるさんがしてくれた体験談を元に書いたものです。
※さるさんは鼻くそを食べていません。
みなさんは、サンタクロースを何歳まで信じていましたか?
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私の息子は本当に純粋な子なんです。
それは私の教育方針でもありました。
『いつまでも純粋な心を持って、人を疑うよりも信じる子になって欲しい』
晩婚で、妻からおめでたの報告を受けたとき、私はもう中年と呼ばれる年に差し掛かっていました。
私は二十の頃からずっと小学校の教員をしていましたので、色んな子どもたちと触れ合ってきました。中には私を悩ませる、行動や発言に問題のある子もいました。私はそのような子どもたちに共通する特徴は何かと常々考えておりました。そして、彼らに欠けているのは「素直な心」「信じる心」だという結論に至ったのです。
遅くに出来た子はかわいいと言います。学校の児童たちにも多分の愛を注いできたと自負しております。しかし、自分の子にかける思いはそれ以上、いえ、もっともっと何倍もであったことは間違いありません。
それゆえ私は、自分の子には先ほどの教育方針をもって育てて行こうと強く決意したのです。
息子は私の思った通り、とても純粋で、信じる心を持った子に育ってくれました。
今からお話しするのは、息子が五歳のときのことです。
息子がある日、テレビを見ていました。おにいさんとウサギの着ぐるみのキャラクターが出てくる、よくある子ども番組でした。
息子はテレビを見ながら鼻をほじっていました。そしてほじった指を口へ持っていき、もぐもぐとしていたのです。
そのすぐ後、テレビの中のウサギが鼻をほじる仕草をしました。
それを見た息子はビックリ。
幼稚園で「鼻をほじって食べてはいけません」と、先生が鼻をほじるジェスチャーをしながらいつも注意していたものですから、息子はテレビの中のウサギに注意されたと思ったのだそうです。
ウサギは鼻をほじる仕草をした後、今度は自分の服のボタンを指差しました。
息子は自分の服を見ました。そうしたらボタンを掛け違えていたものですから、ウサギがそれを教えてくれたのだと思ったのだそうです。
「テレビの中の人から自分が見えているのではないか」と、息子は興奮気味に私に話してくれました。
そのとき私は、そんな息子をかわいらしいと思い、また、誇らしく思ったのを記憶しています。なんて子どもらしい、純粋な発想をするのだろう。私が望んだように育ってくれていると思いました。
そのウサギの番組を見てからすぐ後。一週間も経たない頃に、彼の考えを確信へと変えたある出来事がありました。
流れ星事件です。
その夜、私と息子はテレビをつけたまま、リビングで食事をしていました。
ニュースから「今夜、流星群がピークを迎えます」と聞こえてきたので、私は息子に「流れ星が流れている間にお願い事を言うと願いが叶うんだよ」と教えました。
息子は素直な子なので、私の言葉を信じ、お願い事を一生懸命考えていました。そして「明日クレープ屋さんが来るといいなあ」と言いました。
このクレープ屋さんというのは、家の近くのスーパーに不定期でやってくる移動販売のクレープ屋さんのことです。息子はここのクレープが大好きで、私はしょっちゅうスーパーに行こうとせがまれていました。クレープ屋さんはいつやってくるか分からないので、次第に私を待たずに一人でお小遣いを握りしめて、スーパーまで偵察に行くようになっていました。
「偵察隊さん、今日はクレープありましたか?」と私がおどけて聞くと、「今日クレープ来てたよ! 買って食べた!」と言うのです。私はとても驚きました。もう一人で買い物ができるようになったのかと。
さて、話を元に戻しましょう。
私は食事を中断し、「空を見てみよう」と言いカーテンを開けました。
その瞬間…… シュッ。
「流れ星!」私がそう言うや否や、「明日クレープ屋さんが来ますように!」と言う声が聞こえてきました。そしてそのすぐ後に「私がクレープに毒を入れた」と言う声が。
私がリビングの方を振り返ると、ニュース番組が終わり、次のサスペンスドラマが始まっていました。何というタイミングだろうと私は可笑しくて笑ってしまったのですが、息子にとっては愉快どころではありません。
あのウサギの件以降、息子は「テレビの中の人から自分が見えているのではないか」と思っています。自分の言葉を聞いたテレビの人が、それに答えて「クレープに毒を入れた」と言ったと思ったのです。
「あの人は悪い人だ!」とテレビを指差しながら私に訴えてきます。
しかも、流れ星が流れている最中のことでしたから、息子はそれが現実になってしまうと思い大泣きです。「明日は大好きなクレープ屋さんが来る。でも、あの人のせいでクレープには毒が入っている」そう思ったのです。
大真面目な息子には申し訳ないですが、私はそんな息子を見てさらに可笑しくなってしまって、息子に分からないように手で顔を覆い、声を殺して笑いました。
この時はまだ、笑っていられたのですが……
(つづく)
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