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野心的なスタイルでスパーズを変革するロバート・ヴィラハム :: P2W001 :: WSL Watch #004

"WSL Watch"ってタイトルなんで、基本的には「ウォッチするべき○○○○」「注目したい○○○○」みたいな形式でまとめていこう思ってるんだけど、今回は'P2W = person to watch=注目したい人'の第1弾を。

タイトルの名前を見て、「ロバートって、WSLなのにいきなり男かよ」って思われちゃうかもだけど、まったくその通りで、でも、「今シーズンの開幕直後のWSLで一番気になった人物は?」って考えて最初に思い浮かんだのがロバート・ヴィラハムだったんで。

ロバート・ヴィラハムという人物

ロバート・ヴィラハム(Robert Vilahamn)は今シーズンからトッテナム・ホットスパーの監督に就任した1980年生まれのスウェーデン人。前職はスウェーデンのBKヘッケンFFの監督で、国内のリーグ戦やカップ戦、UEFAウィメンズ・チャンピオンズリーグ等での実績が認められて7月にトッテナムの監督に就任したんだけど、スウェーデンのリーグは春秋制なんで、シーズン途中に、しかもその時点で首位だったチームから引き抜かれてトッテナムに来たってことになる。つまり、トッテナム側がかなり強く望んで招聘したって言っていいはず。

個人的に最初に引っかかったのは、開幕戦のチェルシー戦の(特に前半の)トッテナムのプレイ。素朴に「あれ? なんかスパーズがメチャメチャアグレッシヴになってる?」って。結果的にはチャンピオン・チームに戦力で殴り倒されちゃったみたいな試合だったけど、それでも、昨シーズンのトッテナムにはそれほどポジティヴな印象を抱いてなかったから、この試合でスパーズのイメージがかなり上方修正された感じで。

で、どこで見たか聞いたかちゃんと覚えてないし表現も正確に記憶してるわけじゃないんだけど、チェルシーの監督のエマ・ヘイズ(Emma Hayes)が試合前の段階で「ヴィラハムが率いてたスウェーデンのチームは何試合か観てるけど、かなり攻撃的なサッカーだったから要注意だ」みたいなことを言ってたのを思い出して。もちろん「単に社交辞令じゃね?」って思ったりもしたけど、それでも「スウェーデンのチームで監督してた人がスパーズの監督になったんだな」ってこと、さらに言えば、ヘイズっていえばイングランドのウィメンズ・フットボールを代表する名将なんで、「ヘイズみたいな監督にそういう風に言われるような監督なんだな」ってことはちょっと記憶に残ってて。

ポステコグルーに似てる?

とはいえ、特に知らなかった、何なら名前も把握してなかったヴィラハムにもっと興味を持つようになったのは2節のブリストル・シティ戦を観てから。The FA Playerの英語実況がキックオフ直前にヴィラハムのサッカーについて「アンジェ・ポステコグルーにも似た攻撃的なスタイルで...」みたいなことを言ってるのを聞いて、「同じスパーズだからって安易なこと言ってるのか?」とか思ったりもしたんだけど、実際に試合が始まってみたら、「なるほど、言わんとしてることはわからんでもないな」って印象になって。もちろん、開幕戦の相手はチャンピオン・チームのチェルシー、この試合の相手は昇格チームのブリストル・シティなんで、ある意味、一番上と一番下って言えちゃうような両極端な相手だったんだけど、だからこそ、チェルシー相手にはそこまで出せなかった今シーズンのトッテナムのスタイルをブリストル・シティ相手にはかなり出せてて。

言うまでもなく、アンジェ・ポステコグルー(Ange Postecoglou)ってのは現在のトッテナムのメンズ・チームの監督。ギリシャ系移民の58歳のオーストラリア人で今シーズンからトッテナムを率いてるんだけど、昨シーズンまでの2シーズンはスコットランドのセルティックの監督として5つのタイトルを獲得、その前にはJリーグの横浜F・マリノスをリーグ優勝を導いたことで日本でもお馴染み。この記事を書いてる段階でトッテナムはプレミアリーグで首位に立ってて、しかも、絶対的な得点源だったイングランド代表FWのハリー・ケイン(Harry Kane)が移籍したにも関わらずアグレッシヴで魅力的なサッカーを披露してて、今シーズンのプレミアリーグ序盤最大のサプライズの大きな要因になってるって意味で、今のヨーロッパのサッカー界でもメチャメチャ注目の人物になってたりする。

もちろん、ヴィラハムとポステコグルーは経歴的にどこかで重なったりはしてないし、いわゆる師弟関係とかってわけじゃないんだけど、開幕前に掲載されたBBCの"Tottenham: Who is new manager Robert Vilahamn?"って記事で本人もある程度似たところがあることは認めてて。トッテナムはメンズ・チームもウィメンズ・チームもアカデミーも同じようなスタイルのプレイをすることを目指してるってことに言及した上で、"trying to be brave enough to play good, offensive football"って点が共通してるなんて、まるでポステコグルーが言ってても全然違和感ないようなことを言ってたりする。

ちなみに、ヴィラハムとポステコグルーは、たぶんスポンサー絡みの企画だと思うんだけど、こんな対談もしてる。

ヴィラハムのチームのプレイモデルの特徴

BKヘッケンFF時代の試合はさすがにそれほど観れてないから基本的にはトッテナムの監督になってからの印象になっちゃうけど、ヴィラハム体制になった今シーズンのトッテナムの試合を観てて感じられる特徴は以下のような感じ。

  • このまでの試合で採用してる基本フォーメーションはボール保持時が4-2-3-1、非保持は4-4-2。

  • GKを含めて後方から丁寧にビルドアップして前進しようとする保持型で、ポジショナル・プレイをベースにしてる。

  • ビルドアップ時にSBが内側レーンに絞る動きは多用せず、オーソドックスな立ち位置を取ることが多い。

  • ボールを追い越すランニングが多くて、前への意識はかなり強い。

  • 相手のハイプレスを回避したら、WGの質的優位や裏へのランニングを活かした速い攻撃でゴールに迫ることを目指す。

  • 相手陣内まで押し込んだら横幅を担当するのは基本的にSBで、WGは内側のレーンに絞ることが多い。

  • 基本的には保持で相手を押し込んで、相手陣内でプレイする時間を長くすることを志向してるけど、ボールを失わないことよりはボールを失ったら即時奪回することを重視してるて、ボールを失ったら奪い返せばいい、ちょっとオープンな展開になりやすいけどそこは走行距離とスプリントで帳尻を合わせればいいって割り切りがある感じすらする。

  • 非保持は基本的にハイプレス志向で、もちろん最終ラインの設定はかなり高め。片側にかなり圧縮するんでサイドを変えられるとスプリントでスライドしながら撤退するしかないんだけど、そこはみんなで頑張るって感じ。

  • GKがボックス外をカバーするケースも多い。

  • 非保持は総じてある程度リスク上等、多少は失点するかもしれないけどその失点を悔やむよりも失点数より多く得点できなかったことを問題視するスタンスに見える。

ポステコグルー時代のマリノスとかセルティックとか、今のトッテナムのメンズ・チームを観てる人ならすぐにわかると思うけど、たしかにポステコグルーに似てる部分は多い。SBの運用はヴィラハムのほうがオーソドックスだと思うけど。まあ、どれくらい似てるかって話はともかくとして、かなり野心的でアグレッシブでエンターテイメント性が高いプレイモデルだって言っていいんじゃないかな。

もちろん、全体の練度はまだまだそれほど高くないし、後方からのビルドアップはけっこう危なっかしいところも多いし、そもそもの個々の選手の質の部分なんかも物足りない気もするし、お世辞にも完成度が高いチームだとは言えないけど、その危なっかしさも含めて魅力だと思ったり。個人的には明確なプレイモデルにこだわりを持って取り組んでるチームの進捗を定点観測するのが好きなんで。上手くいったケースはもちろんだけど、仮に上手くいかなくてもその取り組み自体は尊いし、そこにサッカーの面白さと難しさが現れると思ってたりして。そういう意味では、少なくとも現段階のトッテナムは毎試合欠かさずにチェックしなきゃって思えるチームなのは間違いないかな。

今シーズンのトッテナムの注目選手

せっかくなんで、最後に今シーズンのトッテナムについての注目ポイントを。

昨シーズンのトッテナムは"WSL Watch #001"で触れた上位・中位・下位の分類で言うと下位で、最後まで残留争いをして9位でフィニッシュしたチーム。前に紹介した『ザ・ガーディアン』のシーズン・プレビューのトッテナム編の見出しに「残留争いに巻き込まれることを回避するための闘い」なんて書かれちゃってるように下馬評はかなり低くて、それはそれで妥当な気はしてる。

21/22シーズンを5位で終えて迎えた22/23シーズンの戦績は5勝3分14敗で勝点18の9位、1月の移籍ウィンドウで28歳のイングランド代表FWのベサニー・イングランド(Bethany England)をチェルシーから獲得したものの、シーズン中には9連敗もあったり3月には監督解任もあったりしながら残留を果たしたってチームだった。1月のウィンドウで岩渕真奈もローンでアーセナルから加入したから何試合かは観てたけど、いかにも残留争いのチームって感じで。もちろん、観たのが上位チームとの対戦が多かったせいもあると思うけど、岩渕真奈も活きてないし、なかなか厳しいって印象しかなかったかな。

オフに新監督としてロバート・ヴィラハムをスウェーデンのBKヘッケンFFから招聘して、補強としてはインもアウトも6人ずつでだったんだけど、新たにキャプテンに就任したベサニー・イングランドはケガで開幕には間に合わないって状況も含めて、厳しいシーズンの序盤が予想されてた。

ただ、ヴィラハムの野心的なサッカーがチームのイメージを一変させて、そのスタメンに既存の選手だけじゃなく新加入選手もフィットして、戦前の予想を大きく覆す躍進を見せてるって感じかな。

躍進の大きな原動力としてまず名前が挙がるのが、マンチェスター・ユナイテッドからデッドライン・デイに獲得したスコットランド代表FWのマーサ・トーマス(Martha Thomas)かな、やっぱり。

昨シーズンまではマンチェスター・ユナイテッドでイングランド代表FWのアレッシア・ルッソ(Alessia Russo)と交代で出てきたのは何度か観たな...くらいの印象しかなかった選手だけど、4-2-3-1のCFWで起用されてここまで全試合得点中で、4節のアストン・ヴィラ戦ではハットトリックを達成、全6ゴールで得点ランク1位の大爆発を見せてる。ハイプレスも精力的にやってくれるし、裏抜けも上手いし、シュートの意識も高い万能型のストライカーって感じ。「ベサニー・イングランドが復帰したらどっちを起用する?」ってメディアが騒いだりしてるくらいの活躍ぶりだけど、ヴィラハムは同時起用のアイデアがあることも仄めかしてたりして、ますます楽しみな感じ。

もう1人、名前を挙げるならグレイス・クリントン(Grace Clinton)になるのかな。マンチェスター・ユナイテッドからローンで加入したイングランドU-23代表の20歳のMFで、今シーズンのトッテナムでは主に4-2-3-1の2列目の左WGか中央で使われてる。右足のキックが魅力で、3節のブライトン戦で見せた強烈なミドル・シュートのインパクトは抜群だった。テクニックもあるけどフィジカルも強くて、ゴリゴリいけるパワフルさがいかにもイングランドの選手って印象。まだ荒削りな感じは否めないけど、ヴィラハムも「何年後かにはイングランド代表の10番のポジションでプレイできる」ってコメントしてたりするくらいの逸材って感じ。

他にも、ベテランのジャマイカ代表MFのドリュー・スペンス(Drew Spence)とか、ケガから復帰したイングランド人の長身WGのジェシカ・ナズ(Jessica Naz)とか、22歳の中国代表FWのジャン・リャンニャン(Zhang Linyan / 张琳艳)とか、攻撃的なポジションに面白いタレントが多い印象。特にジャン・リャンニャン(カタカナ表記が合ってるかは不明。現地のコメンタリーとかを聞く限り'ジャン・リャンニャン'に聞こえるけど)は、こないだのFIFAウィメンズ・ワールドカップにも出場してた選手で、サイズは小さいけどクイックネスとテクニックを兼ね備えたアタッカー。カップ戦でゴールを決めたりリーグ戦で途中出場したりしてるんで、上手く馴染めれば面白いアクセントになりそう。

もちろん、まだシーズンが開幕して4試合なんでそこまで断定的なことを言える段階じゃないけど、とりあえず最初の代表ウィークまでの期間は内容の面でも結果の面でも予想を大きく上回るカタチで上手く乗り切ったことは間違いないし、ポステコグルーのメンズ・チームと同じように、リーグの序盤を盛り上げてる要チェックなチームだってことは言えそう。

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