獣害を乗り越え農村に明るい未来
JWCSインターン 杉山莉音
はじめに
日本各地で野生鳥獣による農林水産業や自然環境への被害が問題となっている。農林水産業への被害としては、人里に降りたシカやイノシシが農作物を食べる、畑を踏みつける、掘り起こすなどの被害が発生している。これらの被害の中でもシカ、イノシシによる被害が最も多い。
自然環境への被害としては、シカが高密度に生息している地域では、食害、角こすりの被害が発生している(写真1)。シカにぐるりと一周樹皮(形成層)を食べられると、その樹木は枯れてしまう。また、宇都宮大学日光演習林戦場ヶ原地区では、シカの個体数管理のために設置した防護柵の内外での下層植生の様子に違いが見られた(写真2, 3)。防護柵の内側は、下層植生があるが、外側はほとんどない。このような森林における被害は、林業生産コストの増大、枝葉・下層植生による土壌流失、食害を受けている植物をすみかとする生き物に影響を与えると指摘されている [1]。これらの被害に加え、鳥獣被害は、営農意欲の減退や耕作放棄の要因、車両との事故、生活環境被害をもたらすといった副次的な影響もある [2]。生活環境被害 [3]とは、民家の天井裏や床下に鳥獣が棲みつくことで、鳥獣の糞尿によってシミ汚れができたり、家庭菜園の作物を食べたり、堀返したりすることである。
そこで、本レポートでは、農村と鳥獣被害についての現状を調べ、農業被害がなぜ起こるのかを考えた。その上で、野生動物による農業被害を取り上げ、被害の現状や地方自治体、NPOによる被害対策を紹介し、農村と獣害の関わりと今後獣害に誰がどのように向き合っていくべきかを考えた。農業被害を取り上げた動機は、野生動物管理コアカリキュラムといった教育プログラムに参加したことで、農村と野生動物による農業被害について、さらに調べ、再考する必要があると感じたからだ。現地実習では、兵庫県篠山市の集落に行き、集落の方々と現地を見て歩いた後に獣害対策について考えた。そこで、シカやイノシシなどの農業被害が問題であった。
野生動物管理コアカリキュラムに参加して
野生動物管理コアカリキュラムで取り組んだこと、考えたことを本章でまとめる。野生動物管理コアカリキュラムとは、深刻化した野生鳥獣による農林水産業被害や生態系被害など地域課題を解決するため、科学的な野生動物管理を担うことができる専門人材の育成を目的に、将来的な資格制度につながる「教育プログラム」である。東京農工大学農学部付属野生動物管理研究センターが主体となって行われている。今年度、試行的に開講された [4]。実際に被害対策のため、農地の周りや防護柵、捕獲器を住民の方々と歩き見学させていただいた(写真4, 5, 6)。その際に住民の方々から聞き取り調査を行うことで、防護柵やその周辺の環境について今に至る経緯と具体的な被害を把握した。その上で、問題点、解決策についてグループごとに話し合い、プレゼンテーションを行った(写真7)。
また、住民の方々同士の雰囲気、農業に対する熱い気持ちを強く感じた。捕獲数や被害総額の数字を把握するだけでは、被害対策はできない。聞き取り調査から多くの情報が得られた。被害の背景を知ることが大切だと感じた。対策を考えるだけでなく、実践のしやすさやコストも考慮しなければならないことは難しかった。獣害対策を見聞きすることと、実際にやってみることは全く違った。実際に現地で参加することの意義を感じた。
箱罠の位置、害獣の侵入場所、金網柵(赤線)、被害状況を示している(写真7)。黄線の部分は、現在人が住んでおらず、田畑もない。昔の名残で森の部分まで囲まれている。
獣害の要因はどこに
農村で、野生動物による農業被害が起こるのはなぜだろうか。獣害が起こるのは、人が大きく関わっている。昭和50年から平成17年を見ると、耕作放棄地が増加している [5]。農業従事者の高齢化や後継者問題、都市部への人口流出などのためだそうだ [6]。田畑が人によって管理されなくなると、耕作放棄地になる。耕作放棄地が増えるほど農作物被害が増加している。耕作放棄地は、シカ、イノシシにとって隠れ場所・餌場となる [7]。放任果樹やひこばえは、これらの野生動物にとって貴重な餌資源となるのだ [7]。このような理由から、野生動物が農地や集落に近づきやすくなり、獣害が起こりやすくなる。このような場合、野生動物の侵入を防ぐための柵を設置する際、正しく設置し、適切な管理がされていなければ効果は次第になくなる[7]。高さが足りない、あるいは下部に空間がある柵は、動物が侵入しやすくなる [7]。それに加えて、適切な捕獲を行うことも重要だ [7]。捕獲頭数のみで目標を立て捕獲をしていても、十分な効果を得るのは難しい [7]。そのため、農地で食べることを学習した「加害個体」を捕獲する必要がある [7]。
農村は必要か
農村では、都会への人口流出による過疎化、高齢化が進んでいる[8]。農村は獣害被害が多く報告されている。果たして、農村の維持が非常に厳しい状況の中でも、農村を守ることに必要なのだろうか。まず、農村は日本にどのくらいあるのだろうか。また、どのような役割を担っているのだろうか。国土の大半は農村である。都市的地域は411万ha、農村地域は3306万haである。都市的地域の面積は、11.4%である[9]。農村には、多面的機能がある。土砂崩れ、土の流失を防ぎ、水田により雨水を貯留して洪水を防ぐ、地下水の保全、川の流れを安定させる、景観保全、生き物のすみか、暑さを和らげる、文化の継承、体験学習、教育などである[10]。耕作放棄地が増えることで、これらの機能が失われる。農村を守ることは大切だといえる。
自治体とNPO法人の取り組み
農村で野生動物による農業被害が深刻となっている現在、自治体やNPO法人ではどのような取り組みがなされているのだろうか。NPO法人「里地里山研究所」(通称さともん)では、「地域を元気にする獣がい対策」というキャッチフレーズのもと、里地里山の自然と人々の暮らしを守るべく様々な活動が丹波篠山市を中心に行なわれている。獣害の被害軽減の実現だけが目的としているのではなく、地域の活性化を目指している。さともんでは、獣害対策をきっかけに地域が元気になる方法として「獣がい対策」と表記しているそうだ。獣害が「害」ではなく、「獣がい」が地域活性化のための資源になる、野生動物は「害」ではなく豊かな里山里地の構成員の一員であるという思いが込められているそうだ[11]。
さともんには「黒豆オーナー」というイベントがある。「黒豆オーナー」では、都市部の方が黒豆畑のオーナーとなり、農村の方々や参加者と一緒に、耕作放棄地を利用して黒豆を、土づくりから収穫までを行い、収穫した丹波篠山産の黒豆や黒枝豆をたべる。その際に、地域の魅力や獣害対策を考える。また、オーナーに加え、黒豆ボランティアも募集しており、子どもから大人まで参加することができる。都市と農村の連携を図り、人手不足解消や地域の魅力を全国へ発信していくことができる。黒豆栽培のほか、地域の食材や資源を使った料理をいただきながら、獣害や地域の課題についても意見交換をし、交流を深める。
丹波篠山市では、高校生などの若い世代も柔軟な発想で獣害対策に貢献している。丹波篠山市では、江戸時代には柿は副収入減や、一般の作物が凶作の際の代用作物のことをいう救荒作物として重要視されていた [12]。明治以降になると、果樹園芸農業として、柿の栽培・加工技術が確立され、柿の需要は高かった[12]。しかし、近年は柿の食料としての価値が下がり、利用されない柿が増えた[12]。利用されない柿は、野生動物の餌となり、人間の居住エリアへの誘因物となる。獣害を引き起こす原因となっている [13]。そのような放置柿に目を向けた高校生は、その柿を利用し、ロールケーキを考案し、おいしく食べることで獣害対策に繋げていく方法を提案していた。またその他に、高校生を対象にした「獣がい対策」実践塾という研修会が行なわれた。野生動物よりも先に早く、放置柿を大量に収穫することが必要であることを基に、様々な企画が提案された。「ウーバーイーツ」の仕組みを利用した柿の収穫アルバイト、旬の柿を加工して通年利用できる資源にすることなどである [14]。
取り組みの成果
私が行った丹波篠山市の篠山市有害鳥獣対策推進協議会は、平成29年度に農林水産大臣賞を受賞した。都市との交流や収益をもたらす活動を通して地域住民の意識を醸成したこと、ICT大型捕獲檻等を用い、計画的かつ効果的に行い、適切な個体数管理を実現したことなどが評価されたそうだ[15]。ICT大型捕獲機は、遠隔捕獲、自動捕獲が行うことができ、効率的・省力的に捕獲ができる[16]。
さいごに
丹波篠山市が農林水産大臣賞を受賞したことは、獣害を減らすことに加え、獣害対策が地域の活性化に貢献したためだと考えている。獣害による被害という負の要素を改善することだけではない。住民の結束力を強め、農村と都市をつなぐ。人と人とのつながりが広がり、多くの人が農村にかかわることで、よさや大切さが広まる。農村での交流から温かさが生まれる。都市の人々が関心を持ち、農村で活動を行う人が増えれば、農村の人口減少や高齢化を補うことができると考える。耕作放棄せず、農村を維持していくために重要なことだろう。一方で、多くの人が関わることで、意見や利害が対立することがあるかもしれない。都市に住んでいる人と農村に住んでいる人の経験の違いから考え方が大きく異なった場合、お互いを理解しあえない状況があるかもしれない。仮にそのようなことが起きたとしても、今後農村を守り、維持していくためには、都市の住民、農村の住民に関わらず、皆で助け合う必要がある。そのために、まずは多くの人に農村に来てもらう、地域のものを食べてもらう、知ってもらう、体験してもらうことが大切だと考える。農村が皆にとって、馴染みのあるものとなるべきではないか。都市に住むことのメリットは、農村に住むメリットよりも答えやすいのではないだろうか。生活の利便性と交通の利便性は言うまでもない。しかし、そのような都市のよさに匹敵する農村のよさを知り、広げていくことで、農村を守るべきだという認識が、農村を守りたいという気持ちに繋がるのではないか。農村を守る上で欠かせないのは、獣害対策である。獣害対策の効果が上がるほど、動物が害獣ではなく、「豊かな里山里地の構成員の一員」として捉えられるようになるのではないか。獣害対策を頑張っていても、被害が減らなければ、野生動物への憎しみが強まる。しかし、野生動物と人との軋轢がなくなれば、人は野生動物の存在を温かく認めることができると考える。そんな地域、社会をつくるためには、どうするべきか引き続き考えていきたい。
追記
獣害対策だけでなく、農村である丹波篠山の魅力を紹介したい。丹波篠山市は兵庫県の中東部に位置していて、京都に隣接している。
丹波篠山駅前にある山野駅レストランで、ご当地グルメである豚飯は丹波産の豚肉、野菜、お米が使われている。安くて、非常に美味しい。是非、皆さんにも一度食べてほしい。
丹波篠山駅前にはジビエ料理や丹波篠山にしかないパン屋さんもある。丹波篠山のモンブランは有名だ。共に野生動物管理コアカリキュラムに参加した学生から好評だった。また、秋の紅葉は非常に綺麗だ。
一口に農村と言っても、それぞれの市、町はオンリーワンのよさを持つはずだ。そのよさは、現地に行って初めて感じることができた。これからも、色々な市、町に行ってみたい。
[1] tyouju-4.pdf (maff.go.jp) シカの食害による森林生態系への影響を調査。課題解決への貢献は、研究者の重要な仕事 | af Magazine | 公益財団法人 旭硝子財団 (af-info.or.jp)
[3] 鳥獣による生活被害への対処 | 秦野市役所 (city.hadano.kanagawa.jp)
[4] 野生動物管理教育 | 国立大学法人東京農工大学 野生動物管理教育研究センター (tuat.ac.jp)
[5] 耕作放棄地の現状と課題 untitled (maff.go.jp)
[7] 山端直人 (2017) 「地域社会のための総合的な獣害対策」 h29_sogo_jyuugai_taisaku-1.pdf (maff.go.jp)
[8] 農山村地域をめぐる問題状況と本資料の課題 (maff.go.jp)
[9] 第1節 農村の現状と地方創生の動き:農林水産省 (maff.go.jp)
[10] 農業・農村の有する多面的機能:農林水産省 (maff.go.jp)
[11] さともんについて – NPO法人里地里山問題研究所(さともん) (satomon.jp)
[12] 放置柿をロールケーキに 獣がい対策に活用 考案の高校生「おいしいもの余らせず」 | 丹波新聞 (tanba.jp)
[14] 「獣がい対策」実践塾を通した野生動物保全管理を担う人材の育成|神戸大学 環境報告書2021 (kobe-u.ac.jp)
[15]速報!篠山市の鳥獣対策が農林水産大臣賞受賞決まる(市長日記H30.2.16)/丹波篠山市 (tambasasayama.lg.jp)
[16] 鳥獣被害対策に活用出来る機器情報:農林水産省 (maff.go.jp) 獣類捕獲囲いわなへのICT導入における損益分岐点は年間30頭の捕獲である | 農研機構 (naro.go.jp)