【韓国映画の<屋台>スケッチ】#4“ひとり屋台”~「警官の血」(佐々木譲原作)
【承前】「屋台でぼったくられた」が話題に
「屋台でぼったくられた」「屋台の値段が不明瞭、高すぎる」――そうした声が数多く寄せられているようです。
といっても、これ、韓国の話ではなく、<日本一の屋台街>で知られる福岡は中州、天神地区でのお話。
そこで、屋台の実情を探るべく、西日本新聞(本社・福岡県)の記者が両地区を取材してみると、おおむね次のようなことが判明しました。
<屋台>と一口にいっても、有名人御用達のバーやクラブがひしめく中州地区は観光客も多く、地元常連客が多い天神地区より、どうしても値段が高くなる、つまりはエリアの差というわけです。
また、福岡市ではメニューの値札を店内に明示し明朗会計を指導しているようですが、店ごとに行政指導の徹底がまちまちになっているのだとか。
それらの結果、「屋台でぼったくられた」などの苦情が起きているようなのです。
だけど、それって、“ぼったくり”なんでしょうか。
店選びには、第六感を研ぎ澄ませるしかない
中州あるいは天神の<屋台>が立ち並ぶところで、似たような店がまえであったとしても、人気の<焼き鳥・餃子・ラーメンの3点セット>の料金が店ごとに高低があるのは、当たり前の話で、味も量も店の雰囲気も違うから、それらを含めて<料金>だと思うのです。
――初めての熊本で、有名店は避けて、うまそうな豚骨ラーメン屋をグルメの知人と探しているとき、彼は店構いを見てカンで選ぶんですと、ある店の暖簾をくぐりました。
彼のカンは当たりました。
どうしてわかったの?と聞いても、「なんとなく」としか答えませんでした。
第六感に、それこそエビデンス(根拠)なんてないんでしょうけど、2、3軒立ち止まっては店をじっと観察したすえのことでしたから、客の入り、店の佇まい、看板のイメージとか外に漏れてくる匂いとかでピンとくるものがあったのでしょう。
さて、前置きが長くなりましたが、今回も<ひとり屋台>です。
【本編】「警官の血」で懊悩する若い刑事の“ひとり屋台”
韓国映画「警官の血」(2022年)は、ミステリー作家・佐々木譲さんの同名小説が原作ですが、警察内部の闇を描いていて、これがめっぽう面白かった!
警察内部の腐敗を描いた映画には、ハリウッド作品「セルピコ」(アル・パチーノ主演、1973年)や、日本にも「孤狼の血」(初篇は2018年、役所広司、松坂桃李出演)という秀作があります。
悪徳すれすれの刑事とその犯罪性を監視(内偵)するバディの若い刑事が、警察官としての<倫理観>をめぐって、ともに悩み苦しむという作品は、設定こそ異なりますが、「孤狼の血」に似たものを感じさせます。
それに、「警官の血」の監督と俳優の顔ぶれがすごいのです。
監督は、実際にあった未解決事件の問題作「カエル少年失踪事件」(2011年)のイ・ギュマン、悪すれすれの刑事パク・ガンユンには映画「お嬢さん」(2016年)「工作 黒金星と呼ばれた男」(2018年)のチョ・ジヌン、そして、パク刑事の悪を暴くため警察本部から潜入した捜査官チェ・ミンジェを映画「パラサイト 半地下の家族」(2019年)で次男の家庭教師役を演じたチェ・ウシクが演じています。
今回の<ひとり屋台>は、その若き捜査官が、ベテラン悪徳刑事に対して疑心暗鬼となり、誰にも相談できずに悩むというシーンです。
この映画のラストシーンにもぐっときました。
悪徳刑事役のチョ・ジヌンは、未完の韓国民主化運動に積極的な役割を果たしており、実際にあった金融スキャンダルを追究する熱血検事の姿を描いた映画「権力に告ぐ」(2019年)で主演し、生き生きと演じていますが、若き捜査官を演じたチェ・ウシクとの最後の出会いは、観終わったあとも余韻が残る名場面になっていて、若きチェ・ウシクは警察官のあるべき姿をそこに見出だすのです。
佐々木譲のミステリー傑作『エトロフ発緊急電』
最後に付け加えますと、この映画は、佐々木譲さんの小説が原作と知って、観る気になりました。
佐々木さんの『エトロフ発緊急電』(1989年、新潮社)を読んだとき、こんなスケールの大きな小説を書く作家がニッポンにもいるのか、まるで仏ドゴール大統領の暗殺未遂を描いた「ジャッカルの日」(映画化は1973年)のフレデリック・フォーサイスの再来ではないかと驚いたことを今でも覚えています。
この小説の冒頭で、今はプーチンのロシア統治下にある択捉(エトロフ)島の沖合に、幾隻もの戦艦が音も立てずに現れたことの島民の驚きの描写は、映画「史上最大の作戦」(1962年)で朝霧のなか連合軍の艦隊がドイツ軍の哨戒の眼前に突然現れた場面を思い起こさせるものでした。
――戦争は音も立てずにやって来る、という恐怖がここにはありました。