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「解剖実習が冷静に見られない」という質問に対して

ある学生の方からのメール


以前、ある学生の方からこんなメールをいただいたことがあります。

「私は現在獣医学科を休学中しています。どうしても解剖や臨床系の実習が冷静に見られなかったのです。実験の意義とかは理解しているのですが、目の前の作業に対していろいろ感情のほうが強くでてしまうので、それを同級生に気づかれないようにしてるので精一杯でした。

今、学校から距離を置いて落ち着いて考えるようになって、復学するか、迷ってます。

質問なのですが、生と死の面で、冷静でいられることということがアンケートの回答に出てましたが、これは元々の個人の性格の問題ですか?6年間で慣れて冷静になれたのですか?」

「入学以前から、皆さんは冷静になれることに気づいていたのですか?感情的になりがちな性格の場合、臨床以外の職業でも獣医職の範囲では厳しいですか?」

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入学してから、こうした自分に気付かれることは、どの領域でもあると思います。

ほとんどの方は多少の違和感があっても、そういう進路を選択した自分に折り合いをつけて前に進まれると思いますが、どうしても駄目な場合は仕方ありません。現実に入学してすぐ、退学に至る方が1学年あたり2名はあります。

お考えはいかがですか?

この方のご質問に対して、獣医師の方々はどうお考えでしょうか?
私の場合、母が産婦人科医で、12歳から受付を手伝ったという変わった経歴の持ち主です。

「分秒の決断を要する局面ほど冷静にならなければならない」ということは小さいときから見て判っていました。現場で育ったような人間なので、あまり意見が参考にならないかもしれません。

冷静になれるかどうかは個人の資質だと思います。

「可愛そう、私はできないかも」という気持ちと「実習をしないと単位は取れない、獣医師にならないと就職できない」の葛藤は、獣医学科の学生の誰にでも多かれ少なかれあると思います。

多くの人は後者が優先され、いろいろなことを乗り越えて前に進みます。

6年で慣れるといえばそうでしょうし、最初から割り切れる人もいます。
しかし、学生のとき解剖を回避しても、家畜保健所に行けば解剖が持ち込まれ、開業しても安楽死が持ち込まれます。

前もって情報集めを

せっかく合格され、高い入学金や授業料を支払われているのですから、受験勉強の時間や学費が無駄にならないように、先に情報収集が必要です。
進路を決める際に現役の獣医師に相談される、などの方法を取っておかれることをおすすめします。
私の息子たちは獣医師とは関係ない職域ですが、進学にあたって何名かの方のお話を聞きに行かせています。
よく聞いてくるようにいったのは「この仕事で人が嫌がると思うことはなんですか?」ということでした。

「動物を殺せない」には2つの立場があると思います。

1:解剖や実習を見るだけで気分が悪くなる・耐えられない。

2:動物愛護の立場から、解剖や実習に反対である。

1の場合、残念ながら獣医師には不向きと言わざるをえません。

実習に出ないと単位がもらえないし、自分の論文のための実験で命を取ることもあります。血や内臓がダメな方は、恐らく他の医療系でも気分が悪くなると思われます。

また、ほとんどの方が獣医師は動物に関してなんでもできると思って雇用するので、そこで「あれができません」「これができません」では「話が違う」ということになるでしょう。先に大学に問い合わせ、実習内容などについて調べておくことも大切です。

2の場合、話が少々複雑です。

現在の大学教育では、解剖や実習が前提となっていますので、大学に入ってから主張を通すのは難しいと思われます。

http://www.vets.ne.jp/faq/pc/vete008.html

獣医師広報板のこの発言は私よりもっと厳しい意見が書かれています。
じっくりご一読されることをおすすめします。

学内・学外で活動をされてもよいのですが、長いようで短い6年、授業料を無駄にしないためにももっとすることがたくさんあります。
1の原因でから2の立場をとる方もありますが、もっと自己の現実に謙虚になることも必要かと思われます。

たまに、「こうやって動物を殺さないで獣医師になった人がいます」などの書き込みをする方がありますが、公立・国立の獣医科大学で解剖実習廃止!などの話は聞いたことがありません。
こうなったらいいね、程度の憶測と現実を混同されていると思われます。

獣医師はなんのために

獣医師は「動物の愛護ためにある職業」という側面もありますが、「人を動物の病気から守る・公衆衛生の立場で感染を防ぐ」のが本来の業務です。
小動物の開業獣医師も狂犬病ワクチン接種など、その一環を担っています。
家畜の保健衛生にかかわる獣医師は、殺さなければ感染が広がるときは、躊躇せず何百・何千と殺していきます。
法律で定められているからです。女性の獣医師も同じです(男女平等というのはこういうことも含めてある言葉ですね)。

彼ら・彼女らが鉄のような意志で動物を殺しているかというと、それは間違いです。他にする人がなく、自分たちの持ち場であるからやっているのです。
宮崎の口蹄疫の応援に行かれた獣医師の方々のお話を聞くと、とてもつらかったと仰る方がほとんどです。

獣医学科を志望される前に、これからご自分が踏み込もうとしている領域についての情報集めをお勧めします。

似内惠子(獣医師・似内産業動物診療所院長))
(この原稿の著作権は筆者に帰属します。無断転載を禁じます。)


似内のプロフィール
https://editor.note.com/notes/n1278cf05c52d/edit/
オールアバウト「動物病院」コラム
https://allabout.co.jp/gm/gt/3049/


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