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チック、なんだ。

 クラスメートのチクタクは、突然、変な音を出す。日によって変わるけど、よく聞くのは「キーヨッキーヨッ」という甲高い裏声だ。
 みんな気になってるはずなのに、誰も何にも言わない。多分、となりの席の私が一番、チクタクのことをうるさいと思っていた。でも、かわいそうだから、席替えまでガマンしてあげることにした。

 ある日、算数のテストの時間に、チクタクが、キヨキヨキヨキヨキヨキヨキヨキヨ……、と鳴り止まなくなってしまった。はじめの五分はガマンできた。でも、残り五分になってもテストを半分しか解けていなくてイライラした私は、

「チクタク!うるさい!みんな集中したいんだから、静かにしてよ!」

 と、大きな声で言ってしまった。

「ごめんね、あかりちゃん。ぼく、キヨッ、静かにしたいんだけど、これはクセなんだ。自分で止められないんだ、キヨキヨ、キーヨッ、キーヨッ!」

 そう言うと、チクタクは席を立って保健室へ走って行った。

「あーあ、言っちゃった」

「チクタクかわいそう」

 私に聞こえるように、わざと大きな声で何人かが言った。テストが終わると先生に呼び出されて、きつめに注意された。

「たくやくんは、チック症という、自分ではコントロールできない変な声や動きが出てしまう病気なのだから、うるさいとか言うんじゃない」

 そんなことくらい、今さら説明されなくても知っている。チクタクとは三才からの付き合いだ。本人が喜んでいたから悪気もなく、チクタクってあだ名を付けたのは私だ。
 だから、わざと声を出してるのではないことは分かっていたのに、カッとなってムカついて、うるさいと言ってしまった自分がつくづく嫌になった。
 チクタクはやさしい子だった。クラスの男子達が私の上ばきを投げ合いっこしていた時、キヨッキヨッと音を鳴らしながら立ち向かい、取り返してくれた。
 小学生の頃の私はまじめで、仕切りたがりで、先生の役に立ちたがる、学年でも指折りの鼻につく女子だった。表立っては仲良くしてくれていた女子からも、実はあまり好かれていないことは知っていた。みんなにとって、私はチクタクよりも、もっとずっとうるさいヤツだった。

 私は中学受験をして、チクタクとは別の遠い所にある学校に行った。引っ越してはいないので同じ町には住んでいた。狭い町だけど、地元の中学校に通う同級生とは生活リズムが合わないので、顔を合わすこともなかった。
 だけど、チクタクだけは朝早い時間に見かけることがあった。駅に向かう私とは反対方向に歩いてくため、声を掛けることはなかったけど、(どうしてこんな朝早くに?)と、不思議に思っていた。

 私のママが、チクタクのママとスーパーで会った。チクタクは部活で育てている畑の世話のために、早朝から学校に行っているそうだ。謎が解けたのと、彼らしいのんびりとした部活動に、なんだかホッとした。

 夏休みの前日、駅から家への帰り道で、チクタクが重そうな段ボールを運んでゆっくり歩いているのが遠くに見えた。私は話し掛けようか迷ったけど、すぐに角を曲がってしまった。

 少し遠回りして家に帰ると、チクタクが私の家の前にいた。

 心の中では、(なんでなんで、なんでいるの!?)と超焦っていたくせに、

「やあ、チクタク。ずいぶんと久しぶりだね」

なんて、落ち着き払った声で私は言った。チクタクは、

「うちのお母さんが、ジャガイモを持って行ってあげたら、あかりちゃんが喜ぶよって言ってたから、届けにきたよ」

と、ウラオモテない目をぱちくりさせた。

 チクタクが声変わりしていて、びっくりした。ちょっぴり低くてかすれた声。あのクセは出ていない。治ったのかな?今日はたまたま落ち着いている日なのかな。
 チクタクが段ボールを前に突き出した。大人の男の人ほどではないけど、がっしりとした腕だった。

「そんなにたくさんのジャガイモ、私じゃ重くて持てないよ。玄関開けるから中に運んでよ」

 チクタクを家に上げるのは何年振りだろう。小学校低学年まではよく一緒に遊んでたけど、私が塾に行き始めてからは全然だったな。
 チクタクが段ボールをキッチンの床に置いた時、「キヨキヨッ」と声が出た。あわてて私を振り返ると、

「ごめん」

と謝った。

 私の胸が、きゅうっとしまった。

「あのさ、チクタク……。小六の算数のテスト中、うるさいって言っちゃって、ごめんなさい」

 謝りたいと長い間思ってたのに、言えないでいたこと。あの時からずっと私ははチクタクを避けていて、別の中学校へ逃げたのだ。

「それと、私が男子にからかわれていた時に、助けてくれたよね。ありがとう」

 チクタクは何も答えなかった。
 玄関で靴を履いてドアを開けると、背中を向けたまま、

「また、野菜がとれたら、キヨッ、あかりちゃんに持ってくるよ」
と耳を赤くして出て行った。

 その晩、ママが作ってくれたポテトサラダを食べながら、チクタクの話をした。ママは嬉しそうに、

「たくやくんが育てたジャガイモ、キタアカリって言うのよ」

と、教えてくれた。

 ほくほくのジャガイモをほおばって、私は久しぶりに温かい気持ちで笑った。


この話とは関係ないのですが、創作大賞2024ミステリー部門に、「カポエラスイッチ」を応募しています。

女子高生×超能力×カポエラを書いてみたくて、勢いで書いてみました。

読んでいただけると嬉しいです。

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