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人生は不思議な出会いに溢れているはなし。誕生日とハリーポッターの木
“俺のこと通報しないって誓う?“
会ってから5分も経っていないのに、何を言われるかわからない状態でYESと言うのは難しいだろう。
秘密を打ち明けることへの恐怖心は、お酒に飲まれて薄まったか、完全に流されてしまったようだった。
というか彼はいったい誰?今日はわたしの21歳の誕生日なのに。
フィンランド出身のサラ(彼女はSala、お姉ちゃんはSarah)は、ムーミンに会いたいからフィンランドに移住したいと言ったわたしを笑うことなく、“ほんとに?フィンランドへようこそ。”とワイングラスを掲げてくれるような、5歳上のお姉さんだった。
ワインが好きで、ワインサークルの試飲会で酔っ払ってはわたしの寮のキッチンに来て、ハウスメイトのゲイヴと魔法の薬草を喫煙していた。
11月になり、彼女の誕生日パーティーの招待が届いた。偶然にもわたしの誕生日と一緒だった。わたしは目立つタイプでもないし、とりあえず黙っておこうと思った。
彼女のキッチンに時間通りに到着すると、早すぎたようだ、まだ誰も来ていなかった。
すっかり冬景色の庭のベンチでわたしはサラと一服し、学内のスーパーへワインを買いに出かけた。
2番目に安いワインを片手にサラの家に戻る途中、ルースとバットに会った。ベルギーとフランス出身のふたりは母語が同じこともあり仲が良かったが、わたしを見つけるとすぐさま英語に切り替えて話してくれた。
“あんたこの2か月でずいぶん英語がイギリスなまりになったね。”
ルースが笑いながらわたしの英語を馬鹿にした。
“でもほんと、よく話すようになったよね。バットも。”
彼女は付け加えて、つけたばかりの煙草を大切そうに吸った。この国の煙草は高い。
サラの家に着くと、すでに数人が到着していた。
“Happy birthday, love.”
ルースもバットも、サラにきつめのハグをし、ほほにやさしいキスをした。
サラが焼いたタルトはすごくおいしかった。わたしは自分で買ったワインをほぼひとりで飲み切り、なんだかすごく楽しかった。
庭に出ると、到着したばかりのゲイヴが酔っ払ったわたしを見て笑った。彼の柔らかいブロンドの髪が好きだ。
“アーロンのところに行かなきゃ。“
アーロンの家に着くと、彼は部屋にいなかった。共用スペースの大きなテレビで、ヒューゴとアンジュと映画を観ていた。
“どうしたの、そんなに酔っ払って。”
アーロンは心配そうにわたしの肩を抱いた。明日は誕生日だから、と答えたわたしを、何も言わずにやさしくなでた。
今日はクラブで夜を明かす約束だった。ヒューゴは潔癖性でクラブが嫌いなので来ない。でもきっとそんなのは言い訳で、アンジュと一緒に時間を過ごしたかったんだろう。
空いたワインボトルを持ち、街の中心へと向かうバス停へ歩いた。途中ごみ箱にボトルを捨てようとしたが入らず、空のボトルは大きな音を立ててわたしの足元で割れた。
街の外れにある廃れたクラブは、入場待ちの列ができていた。こんなボロいクラブでも人が集まるのは、みんなここくらいしか来る場所がないからだろう。東京との密度の違いを痛感する毎日が、わたしは大好きだった。
大きな犬ににおいを嗅がれ、何も持っていないのになぜかすごく緊張する。
中に入ると、音量と熱量が一気に押し寄せ、その雰囲気に少し怯む。
最初のドリンクは決まってジン&トニック。アーロンが買ってくれた。
だんだんとわたしたちも雰囲気に溶け込んでいく。フロアの一員になる。
“踊ろう。”
熱い視線でお互いを見つめる女の子がふたり、隣で踊っている。
ほほ笑むと、彼女たちはわたしを歓迎してくれ、3人で踊った。
しばらくしてふとアーロンが心配になり、探しに行くことにした。
わたしはふたりにキスをし、ありがとうと伝えた。
“わたしたち2階にいるから、お友達が見つかったら来てよ。”
アーロンはバーの前のソファで、ふてくされた様子で座っていた。
“どうして置いていったの。僕が人見知りなの知ってるでしょう。”
1か月後にはここを去り日本へ戻ることを考えては、彼のことが心配になる。
ともだちをつくるのが苦手な彼に、最初に話しかけたのがヒューゴだった。
友達の友達だったわたしたちは、気まぐれなヒューゴのドタキャンで急遽ふたりきりで会うことになった。
Student nightのシティに繰り出し、ふたりでカフェに入った。もちろん買い物もして、ふざけた巨大チェスで遊び、帰り際に彼が言った。
“僕たちもっとふたりで会うべきだと思わない?”
わたしたちは晴れて親友となった。
あれからまだ2か月も経っていないのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。大切な人ができるのに、時間なんてこれっぽっちも意味ないのだと、彼が教えてくれた。
クラブを出ると、外は凍るように寒かった。
わたしたちは凍えないよう、手をつないで歩いた。1時間に1本のバスの時刻表は、毎時間15分に到着予定と書かれている。
朝の3時20分。わたしたちはキャンパス内の寮まで、40分歩いて帰ることに決めた。
すこし歩くと、後ろから誰かに呼び止められた。
“そこのお2人さん、大学への道を知らない?スマホがこの寒さにやられちゃってさ。”
“ケント大学なら僕らも向かってるけど、君はChrist Church 大学の方?”
アーロンの質問に彼の顔は一気に明るくなった。どうやらわたしたちと同じ、ケントの生徒らしい。
“君たちの時間を邪魔するつもりはなかったんだけど。バスを待つ気にもなれなくてさ。”
この国のバスが時間通りに来たことなんて、この2か月で1度でもあっただろうか。
わたしたちは3人で歩き始めた。
おしゃべりな彼はネットと名乗った。どこかのヨーロッパの国出身らしく、この国に来て10年ほどだと言っていたと思う。
ひと通り自己紹介を終え、君たちはいつから付き合ってるの?なんて質問でアーロンを困らせてから、彼が唐突に言った。
“なあ、初対面の人にこんなことを言うのは気が引けるんだけど、君らはどうやらいい人らしいからさ。
申し訳ないけど、今誰かに話さないとドキドキして耐えられないんだ。
君たち、俺のこと通報しないって誓う?“
めんどくさいことになってきたと思った。アーロンも同じように感じていることが、彼の手から伝わってきた。
“内容によるけど、、何をしたの?”
アーロンの返事に不満そうなネットは、内容がなんであれ通報しないと約束してくれない限り話せないと言った。
わたしは内心、この人が殺人鬼だったらどうしようと怖くなってきていたが、どうにか悟られないように努力していた。アーロンには、手からすべて伝わってしまっていたかもしれない。
“俺はさっきまで友達の家でパーティをしててさ。女の子がたくさんいるやつだよ、自分で言うのもなんだけど、俺は結構モテるんだ。
あんなに酒を持ってきたあいつが悪いんだと思うんだけど、そしたら女の子のひとりが△△△△を出してきて、それで俺らまで、、、“
彼はひとしきり話終えると、わたしたちの返事も待たずに、“すっきりしたよ、ありがとう”と礼を言った。
アーロンは、“Right.”とだけ返事をし、わたしは何も言わなかった。
15分ほど歩いただろうか。そろそろ寒さもしんどくなってきて、まだ半分も来ていないと思うと、心が折れそうになった。
“近道をしようか”とネットが言い、彼は道路から外れて、おもむろに草原に入り歩き始めた。
“ちょっと待って、道はわかってるの?”
“目印があるんだ。暗くてよく見えないけど、あそこに大きな木があるのがわかる?あれがthis treeだよ。”
彼の意味不明な発言に表情で説明を求めると、“行けばわかる”、とだけ言い、彼はまた歩き出した。
目印の木を目指して歩いていると、本当にキャンパスの明かりが見えてきた。
わたしたちはようやくその木までたどり着いた。
“木を照らせる?”とネットが言ったので、わたしは持っていたiPhoneのライトをつけた。
いままで見た中でいちばん大きな木の太い幹に、ペイントでTHIS TREEと書かれていた。
草原の真ん中で、誰も通らない、道なんてないこの場所で、たたずむ木に描かれた文字の存在を知っている生徒が、いったいキャンパスに何人いるだろうか。
“この国来て一番ハリーポッターっぽいものを見た。”
誰に言うでもなくわたしがつぶやくと、ネットは得意げに笑った。
あんなに遠かったキャンパスの明かりが、もうこんなに大きく見える。
夜明けを目前に白んだ空を見上げ、わたしたちは、自分たちの自由と若さと不安を、空気で共有した。
“Happy birthday, Haruka.”
夜明けに照らされたアーロンの顔は、すごく綺麗だった。
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