【双極と私#4】入院初日、自己否定の渦に飲み込まれた

こんにちは、百華です。

本日は2017年2月半ば、
初めて精神科閉鎖病棟へ入院した日の心の動きです。




入院手続き


精神科への入院が始まった日。
外来まで迎えに来てくれたのは、20代と思われる若い看護師さんでした。

ちょっと不愛想でしたが、きびきびとした動き。

この人は頭のいい、仕事のできる人なんだろうなと思いました。
何もできない自分と勝手に比べて、落ち込みました。


見学のときと同じように、病棟につながる長い廊下を歩き、母はロッカーに荷物を預け、鍵のかかった扉から入ってボディチェックを受けました。


「こちらからどうぞ」
開けられたのは、前回開かれなかった扉。

透明のガラス越しに見えたのは、忙しく動くスタッフの皆様が見えたそこは、ナースステーションの裏側を抜ける通路でした。


奥には小部屋が3つくらい並んでいて。
ここに入ってくださいと言わんばかりに、一番手前の部屋の扉が開いていました。



「おはようございます」

中に入ると、挨拶してくれたのは外来で診てくれた先生。
小部屋は診察室でした。

後ろからカートを押して入ってきた看護師さんに荷物をすべて預けると、その場で広げられ、看護師さん2人体勢で荷物チェックが始まりました。



チェックを待つ間、先生から説明を受けながら、たくさんの書類に署名をしました。

閉鎖病棟への入院同意書、行動制限への同意書など、何種類あったかは覚えていません。


でも、これにサインをしなかったら入院できないんだろうなと思って、思考停止の状態で当日の日付と名前を書き続けました。

横で母が、一生懸命内容について質問をしていたのが、おぼろげな記憶です。



すべての事務的な手続きが終わると、荷物のチェックを終えた看護師さんから、病棟預かりになる物品について説明がありました。

くしやヘアピンは、先がとがっているので持ち込めません。
鏡は割れてしまうと危険なので持ち込めません。


スマホとiPod、イヤホンは充電器ごとナースステーション預かりに。

使用時間が決められており、必ず電源を切ってから返却すること、
充電が必要な場合は申し出ることなどが伝えられました。

「病棟内は録音・録画・写真撮影等が禁止なので、塞ぎますね」

そんな説明があったあと、スマホやiPodのカメラ部分はシールでふさがれました。


退院まで、このシールは外すことができません。
たとえ、病棟の外に出る機会があったとしても。

シールを外した場合や、使用時間を守れなかった場合は、これらの機器の使用が禁止になります。


わかりました、と小さな声で答えるしかありません。
頷いた看護師さんは、預かり物品を写真に撮っていました。



その後先生から、この入院期間の目標として次の4つが伝えられました。



・うつ病に対する投薬治療と心理療法による症状改善

・概日リズム睡眠障害に対する光療法による生活リズムの安定化

・摂食障害に対する栄養指導によるBMI値および低血糖症状の改善

・貧血に対する投薬による症状改善


少しでも改善できれば御の字、としてゆっくり治療を進めていくそうです。



そして最後に。
手首に入院患者であることを示すリストバンドがつけられました。

「患者」と明確に記されたそのリストバンドを見て、もう逃げられないと諦めの心が芽生えました。

別に逃げようとしていたわけではないのですが、自分が壊れてしまった人間だということが、最後まで認められていなかったのでしょう。


「何か頼み事や必要なもの、不安や心配があれば遠慮なく看護師さんに相談してね。僕もときどき様子見に来るから」

先生はそう言い残して、外来へと戻っていきました。



一人になれる空間がない絶望


若い看護師さんに連れられて、病室へ。
歩きながら、彼女が私の担当看護師であることを把握しました。


到着したのは、4つのベッドが並ぶ部屋。

キレイに整えられた一番手前のベッドに案内され、ベッドまわりのロッカーは自由に使っていいこと、タイムスケジュールが決まっているから確認しておくことなどが説明されます。


そして。

ベッドのまわりにカーテンがあるけれど、着替えるとき以外は必ず開けておくこと。

病室の扉も、消灯時以外は常に開放した状態であること。


淡々と伝えられた2つの条件に、私は絶句しました。
終わった。


常に誰かの目がある状態
周囲を気にする私にとって、それはとても深刻な問題です。

常に気を張っていなければならない。
ここではどうふるまうべきなんだろう。

急に頭がフル回転し始めました。


立ち尽くす私をよそに、母はロッカーに荷物をしまい始め、「先に着替えちゃいなさい」と、パジャマを一組ベッドの上に置きました。

看護師さんはそれを見て、「5分くらいしたらまた来ますね」とカーテンを引き、病室を出ていきました。


二人に気持ちが伝わったのか。
それはわかりません。

でも、入院して最初に味わったのはこの絶望感でした。



自分よりも細くてかわいい人たち


着替え終わって言われた通りカーテンを開けると、向かいのベッドに座っている女性と目が合いました。

「ここは初めて?」

問いかけに首を縦に振ると、「そう、そのうち慣れるよ」と読んでいた本に視線を戻してしまいました。


斜め前のベッドの女性は、ずっと窓の外を眺めていて、こちらには目もくれません。

隣のベッドは、誰かが使っている気配はあるけれど、今は空っぽ。


少しだけ孤独感を感じました。

一人の空間が必要なのに、一人は寂しい。
矛盾した感情ですよね。



母が荷物をしまい終えたころ、看護師さんが迎えに来てくれて、洗面所、シャワー室、トイレ、ナースステーションの受付など、入院生活を送る上で必要な場所を見て回り、使い方を教えてもらいます。


昼食までは時間があるから、ロビーでゆっくりしていてね。
お母様もそれまではご一緒にどうぞ。

そんな言葉を残して、看護師さんはナースステーションへと姿を消しました。



テレビの見える椅子を選んで座り、特に母と会話を交わすこともなく、画面を眺めていました。

ロビーにいる患者さんたちは、それぞれ本を読んでいたり、体操をしていたり、紙に向かって何かを一生懸命書いていたり。


あぁ、時間がゆっくり流れている気がする。
ここにいても、それぞれが自分の時間を過ごしているんだ。
それなら大丈夫かもしれない。


ふくらみ始めた安心感。
それはすぐに、自己否定の感情に変わりました。

たった一人の女の子によって。



「新しい人?」

元気な声が後ろから飛んできて、反射的に振り返ると、そこにいたのは高校生くらいの女の子でした。


クリッとした目に、鼻筋の通った小さな鼻、形の良い唇。
小さな顔にバランスよく配置されたパーツ。

何より細い身体。


彼女は、摂食障害の治療のために入院している患者さんでした。

「こんにちは」という明るい声に、母は笑顔で応対していましたが、私はとっさに、自分の身体と彼女の身体を比べてしまいました。


先生も母も私は細過ぎるって言ったけど。
確かに体重減ったなと思ったけど。

全然そんなことない。


この子の方が圧倒的に細い。

細いだけじゃなくて、可愛い顔も、明るい性格も、元気な声も、私が欲しいものをすべて持っている。


何も声を発しない私を見て不思議そうな顔をしてから、彼女は私ににこっと笑いかけました。

「今からあっちでUNOするの。一緒にやらない?」

指さされた方向に目をやると、隅っこの一画で中学生~同世代と思われる女の子の集団が、楽しそうにカードを配っています。


みんな、細かった。
自分よりも、明らかに。

あそこに混ざってしまったら、自分がみじめに見える。
直感的にそう感じました。


「ごめんね、まだ来たばっかりで緊張してるみたい」

気乗りしない私の様子を見て、母が代わりに女の子に伝えてくれました。


「そっか。じゃあまた誘うね」
「ありがとうね」

母に向かってニコッと笑うと、女の子は仲間のもとへ戻っていきました。



どうしよう。

あの子たちみたいに細くもない。
先生みたいに頭も回らない。
看護師さんみたいに働くことはおろか、学業すらできてない。

明るく話をするどころか、受け答えさえできない。
どんな自分でいたらいいのかもわからない。


今まで私が何とか自分を保つために肯定してきた部分はすべて殺されました。

精神を壊していて、身体もボロボロで、性格もひねくれた、何の取り柄もない私だけがここにいます。


いいとこ、ひとつもない。


病棟に入ってわずか数時間で、私の自己肯定感は地に落ちました。
否定的な言葉ばかりが渦巻く脳内。


「部屋戻る」

母に向かって呟くと、たまらず席を立って病室へと逃げ帰ったのです。




どうしてこの日の記憶がこんなにあるのか。


病室へ逃げ帰った私は、否定しかできなかったこのときの気持ちを、ベッドから動くことなくノートに書き綴っていたから。

こんなに書いてあるのは、この日だけでした。



最初に声をかけてくれた女の子とはその後仲良くなり、閉塞的な入院生活の中、忘れられない関係を築くことができました。

それもまたいつか話せたらと思います。



#5に続きます。



百華


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