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こねこの子守唄

「ふぁ~。う~ん!よく寝た~。
 ここは、なにもしなくても
 おなかいっぱいにごはんをくれるし、
 雨も全然あたらないし、いつでも暖かいし
 本当に楽ちんな場所だなぁ」

小さな子猫はその小さな口で
大きなあくびをしてから
子猫用のお布団から飛び出して
大きな窓辺にやってきました。

窓ガラスに映る自分の姿にちょっと驚いてから、
恐る恐る外を眺めます。

外はいつの間にか真っ暗になっていて、
いつもはにぎやかな声もまったく聞こえません。

遠くの空には、キラキラと金色に輝く
お星さまがたくさん笑っています。


子猫はそっと座って考え込みました。

「ここ最近なんだか落ち着かないなぁ。
 お外にいた時には
 なるべく会わないようにしていた人間が、
 いつでもすぐ近くにいる。

 猫は僕以外にいないんだ。
 本当にたまーに、窓の外に他の猫が
 歩いているのを見かけるくらい。

 鳴かないと落ち着かなくてずっと鳴いてしまう。
 そして、思い出せないんだ。

 何を忘れてしまったか忘れたけれど、
 とにかく忘れたことはわかっているから、
 もどかしくて悔しくて・・。」

胸が苦しくなった子猫は、
寝静まった家の中に向かって
何度もまた大きな声で鳴きました。

この小さな子猫は元々お外にいました。
大雨の中びしょぬれになって
このお家の縁の下で鳴いていた時に、
拾われてこのお家の猫になりました。


子猫は鳴くのをやめて
透明な窓をツメでひっかきます。
窓枠もカリカリしてみたけれど、
もちろん窓は開きません。

子猫が一生懸命
開くはずもない窓を開けようとしていると、
金色の光が子猫の手を照らしました。

「どうしたんだいぼうや。」

まん丸でどっぷりした金色のお月様が
子猫を見て言いました。

「お月様・・。僕大事なことが思い出せないんだ。」

お月様は、
ちょっとだけはっと驚いた顔をしてから、
ほっほっと大きな体をゆすって
微笑みながらうなずきました。

「それは、大変なことだねぼうや。
 何を思い出せないんだい?」

「わからない・・・。
 でもすごく大切で、ふわふわっとして温かくて!
 そうなのに、思い出せなくて、
 僕はずっと落ち着けなくなっちゃって。
 寂しいんだ。
 だから、思い出したいから、
 僕をお外に出してくれない?」

「それは・・できないんだよ。」

お月様は微笑みを浮かべながら、
窓をたたく子猫の手を
優しい光で握りながら言いました。

「ぼうや、今幸せかい?」

子猫は手をついてきれいにお座りをしてから、
まっすぐお月様を見つめました。

「幸せってなんだろう・・。
 今、何も怖いものなんてない。
 何をしなくてもごはんがあるし・・。
 でも・・・。」

下を向いて話す子猫の頭をなでるように
お月様は大きな体をまた少しゆすりました。

「なら良かった。ぼうやそれが一番なんだよ。」

「でも、思い出すことができなくて
 苦しいんだ・・。
 僕は本当に幸せなの?
 毎日すごく落ち着かないよ・・。」


お月様はちょっとだけ上を見上げて、
少し考えました。
お月様のまわりでは、
お星さまがたくさん笑っています。

「幸せか・・・。ぼうや。
 虹の橋って知っているかい?」

子猫は首をかしげてから、ぷるぷると体を震わせて首を横に振りました。

お月様はまた上を見上げて子猫の体から光を離し、
お月様よりももっと上を照らしました。

「ぼうや、見てごらん。
 あそこにあるのは、天の川だよ。
 あの天の川にかかっている橋が、虹の橋だよ。」

子猫は、お月様のまっすぐにのびる光の中で キラキラしているものをじっと見つめました。

「お星さまじゃないの?」

子猫がちょっとぶすっとしたように言うと、
お月様は大きな体をゆすって笑いました。

「そう。あそこに輝いているのはお星さまだよ。
 ぼうやにはまだ虹の橋までは見えないかな。
 ・・・ぼうや。あそこにはね、
 見えないけれど虹色の橋が架かっていて、
 そこには空に輝くお星さまとは
 また違うお星さまがいるんだよ。
 ぼうやが思い出したい大切なことは、
 虹の橋にいるんだ。」

子猫はまた窓ガラスにぺたっと張り付いて、
空を眺めました。

「本当に?
 そしたら僕その虹の橋に行きたいよ!
 落ち着かないのは嫌だもの!
 きっとそしたら幸せになれるよ!」

お月様は、虹の橋を照らすのをやめて
子猫のお手てをその優しい光でそっと握りました。

「それはできないんだよ。
 虹の橋は、ぼうやのように重たい子が乗ったら
 落ちてしまうよ。」

「僕そんなに重たいの?」

子猫はシュンとしました。

「もちろんさ。体の大きさに関わらずだ。
 ぼうやからは芽吹きの音がする。
 水を吸い上げ、
 緑の葉がゆっくり呼吸をするように。
 大地をどくどくと鳴らす芽吹きの音が聞こえる。
 その音の重みは何物にも代えがたい重さだ。
 その重みを抱えているのだから、大変なのだよ。
 だから、大切にしなくてはいけないんだよ。」

お月様は諭すように、
ゆっくりと子猫に話しかけました。

子猫は、少し考えてペタリと座りました。

「ぼうや。
 虹の橋はね。
 透けるような羽衣一枚ほどしかない橋なのさ。
 美しく特別な橋さ。
 その橋からぼうやには願いがかけられている。
 その願いこそが
 ぼうやの思い出すべきものなんだよ。」

「願い・・?」

子猫は首をかしげてペタリと小さな体を倒して
大きくあくびをしました。

「なんだか、お月様のお話しは難しいなぁ・・。」


お月様は、大きな体をゆすって笑いました。

「そうかそうか。そうだね、ぼうや。
 さあぼうやもうお休み。」

お月様が話し終わるか終わらないかという間に、
子猫は静かな寝息を立て始めました。

お月様は少しだけ体を上に向けて、
虹の橋を見上げてそっとうなずきました。

「ぼうや、忘れていいんだよ。
 ぼうやが幸せに暮らすこと。
 暖かい場所で安全に暮らすこと。
 それが、かけられた幸せの願いだよ。
 ママはきみの幸せをそう信じているんだ。
 例えぼうやが忘れても、
 そのぼうやの柔らかい毛並みは、
 ママとパパにそっくりだよ。
 きっと幸せだと信じられる時がくる。
 大丈夫だよ。」

お月様が金色の温かい光でぼうやを照らすと、
天の川に浮かぶ色とりどりの星たちの笑い声は
優しい音色を響かせ始めました。

いつしか星の音は優しい静かな歌声となり
子猫を包みます。
子猫の瞳から小さな涙が一粒こぼれ落ちました。
それから子猫は思い出そうとすることはありませんでした。

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