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キジトラ猫の別れ

会ったのは本当に久しぶりだった。
最初こそぎこちなかったけれど、
すぐに元どおりになった。
小さい頃から兄妹のように育った幼馴染だ。

お互いのことは何でも知っている。
いや "知っているつもり" だった。
だから2年前、
あいつが "俺と一緒に来ない"
選択をするなんて
考えてもいなかった。

簡単に人のことを信じる
素直で少し天然で、
でもちょっと頑固なやつだった。
俺の後ろをいつもついて歩いてきたし、
ケンカやエサ取りなど、
大変なことをなんでも代わってやった。

だからこんな時まで頑固を貫くなんて
”何言っているんだ” と
俺は焦りと怒りを感じた。

「お前、何考えているんだ?
 各段に生活が楽になる。
 なんの心配もいらないだろう。
 大人しいふりして利用してやればいいんだよ。」

俺がそう言っても、
あいつは首を横にふるばかりだった。

「私は・・・何よりも自由が好き。
 あいつはそう言った。
 人の顔色を見たり、
 ご機嫌を伺って態度を変えたり・・・
 もうたくさんなの。」


「俺は行く。俺と離れて暮らすことになってもいいのか?」


あいつは目をそらしたままで言った。

「あなたとなら、耐えられると思う。
 あなたがいれば、何を言われても
 あなたが受け止めてくれるから平気。
 でも・・・どうしても信じられないの。

 嫌でも顔色を見ちゃう。
 私は大変でも ”自分らしく生きたい。"

 あなたと過ごした時間があるから。
 私の心の居場所はあなたとの時間。

 温かくて柔らかくて。そんな私だけの場所。
 "生きるのに必要なのは 心の居場所"なんだと思う。

 それさえあれば、毎日なんとか生きていけるんだよ。

 例え何かあっても、納得できるんだよ。
 せっかく心にできたこの居場所を汚したくないの。

 だから、私は自由をとるわ。
 ありがとう。 元気でね。」

一度も俺の顔を見なかった。
俺は、何も言えずにただその後ろ姿を見送ってしまった。

離れ離れになって別の生活を送っても、
あいつのことを思い出さない日など なかった。


だから、偶然にあいつを見かけた時は
うれしくてすぐに声をかけた。

「久しぶり・・。」
久しぶりに会ったあいつは、前よりも痩せていた。

俺といた時だって大変だったんだ。
そんなことは当たり前なんだ。

「久しぶりね。どうしたの?」

笑った顔はそのままだった。
俺たちは時間も忘れて話した。

笑う声が可愛くて、
今度こそ一緒に連れて行こうと思った。
心配など何もいらない と言うつもりで、
楽しい話しをたくさんした。

あいつも、何度も目を細めて聞いてくれた。
でもやっぱり、答えは一緒だった。

「どうして行かないかって?
 あなたが一番よくわかっているでしょ。
 生活が変わって本人が何も変わらない
 なんてことはないのよ。」

俺がまた何も言えずにいると、
あいつは続けて笑いながら言った。

「私の中のあなたは、ずっとここにあるの。
 今のあなたは 今のあなたで新しいあなただわ。
 今のあなたももちろん素敵。

 でも私は、私の中にだけいる昔のあなたが好き。
 大事にとっておくわ。
 たぶん会うのはこれで最期になると思うの。
 遠くへ行くわ。今までありがとう。

 あなたの目は 昔も今も
 心の深くまで照らす 優しい目よ。」


同じように背を向けて歩き出す姿を
俺は今度こそ追いかけた。

でも、つかむ俺を見るあいつの目は
すべてを悟っている目だった。


「じゃあね」


今度こそもう会えないだろう小さな背中を見て、
俺はなんてことをしてしまったのだろうかと悔やんだ。
つかんだ手を放さずに、一緒に行く選択があったのではないかと。

でも、もう戻ることはできない。


俺を呼ぶ声が聞こえる。

二年.たった二年。されど二年。
俺は、声の元へ急いだ。

二年前の決断は間違っていないと信じて。
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二年前に保護した "きじとら猫さん" が脱走しました。
どこに脱走したのか探していると
当時よく一緒にいて、一緒に保護しようとしていた
可愛いねこちゃんと一緒にいるとこを発見しました。

その時の二匹の会話を想像しながら作ったお話しです。
でも結局、可愛い猫ちゃんは一緒には来てくれませんでした。

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