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ちいさな桜の木
川沿いに沿って咲く何百本もの桜並木が有名な町がありました。
その桜並木の中に一本だけ、
とても小さな桜の木がありました。
枝が折れ、今にも地面にもたれかかりそうになっています。
満開の見事な桜並木に隠れて、
ひっそりと痛みに耐える
その小さな桜の木に気づく者は誰もいません。
しかし、そんなある日のことでした。
この町に住む一人の少女が通りかかります。
少女は辛そうな桜の木を見つけて、
急いで家に戻り包帯を持ってきました。
そして折れた枝を包帯でぐるぐると巻き、
優しく枝をなでて、静かに祈りました。
その様子を見たとある記者が、
包帯の巻かれた桜を写真に撮り新聞に載せました。
すると幼い優しさが感動を呼び、
瞬く間にその桜の木にはたくさんの人が集まりました。
「かわいそうに」
「包帯をまくなんて子どもらしいわね」
「上手に巻けて木も喜んでいるわね。上手よ~。」
口々にあれこれとつぶやいては、また包帯を巻いていきました。
包帯が巻かれた枝を乱暴に手にとり、
小さな木に寄りかかって、みんなで写真を撮っては騒ぐ姿もありました。
小さな桜の木の枝は包帯でどんどん膨れ上がり、
その重みで桜の木はさらに苦しくなりました。
「優しさの桜」と名付けられたこの小さな桜の木は、
少しの添え木をされただけで、
包帯を巻いて写真を撮るための木となりました。
いつしか桜の枝のほとんどが包帯で覆われて、
桜の木は大切な優しい日の光を浴びることができなくなってしまいました。
桜の木は最初の少女のことも思い出せないほど、
悔しさに支配されてしまい、とても苦しくなりました。
光の当たらなくなった小さな桜の木は、
ただの重しとなった包帯にこもり、ただただ眠り続けました。
桜の時期も過ぎ、
冷たい雨が降り注ぎ、
強い日差しが降りかかり、
すべてを連れ去る力強い北風が吹き込みました。
その冷たい北風のおかげで、巻きつけられた包帯が程よく取れてきました。
お日様の光が久しぶりに小さな桜の木へ、そっと舞い降りました。
透明感のある、きらやかな冬の光は、小さな桜の木を静かに起こします。
包帯の中でぐっすりと眠り、いつの間にか木の枝も元通りになり、
小さな桜の木は、包帯の重みで上に成長することはできませんでしたが、その分、しっかりと根を地面へと伸ばすことができています。
小さな桜の木は、すっきりとした頭であれこれと思い返していました。
少女の包帯のこと、そして必要以上に巻かれた包帯のこと。
しかし、結果的にその忌々しく感じていた包帯のおかげで
ゆっくり何も気にせず休めたこと。
小さな桜の木は、包帯が緩くなっても上に背丈を延ばすことを止めました。
そして、さらに地面へと深く深く根をはっていきました。
それからしばらくして、桜の木の元には、
青々とした香しい香りが運ばれてきました。
小さな桜の木は、背伸びするように枝を伸ばし
しっかり地面に根付いた自分の身体を
よくよく確かめます。満足のいく出来です。
周りの桜の木々が赤く膨らみ始める時、あの少女がやってきました。
すっかりと包帯も取れて、弱弱しさが少しなくなった小さな桜の木を見て、少女は頬を綻ばせ、そっと木の枝に手を添えました。
そして静かに
「ごめんね・・。」
とつぶやきました。
とその時、待っていたように強い春風が吹きこみました。
顔をそむけた少女がバランスを崩し小さな桜の木に倒れこみます。
少女は驚いて立ち上がろうとしましたが、
小さな桜の木は枝いっぱいに力をこめて少女を支えます。
少女は小さな桜の木が両脇に伸ばした枝をそっとにぎりました。
「あら、まるでブランコみたいね。」
近くにいた少女の母親が写真を撮りながら言います。
「痛くない?」
心配そうに少女が尋ねると、
小さな桜の木はさらさらとつぼみをゆすってうなずき、
少女の目の前に一つ、小さな花を咲かせました。
少女は咲いたばかりの柔らかくて、つやつやした花に顔を寄せ
満面の笑みを浮かべました。
「ありがとう」
その春から「優しさの桜」は、桜のブランコにみえる桜の木として
多くの人を喜ばせました。
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