見出し画像

博士とイヌ

小さい頃から機械が好きだった男がいる。
物心ついた時にはすでに機械をいじっていた。

腕時計にテレビ、掃除機、なんでも分解して、中身を見たい衝動を抑えることはできなかった。父親に重要な会議があり、早く起きなければいけない朝なのに、目覚まし時計を分解して動かなくしてしまい、こっぴどく叱られたこともあった。

誕生日プレゼントに買って貰ったラジコンは、走らせるより、分解するほうが好きだった。
そんな機械いじりに没頭していた少年だが、大人になるにつれ、世の中に役立つモノを発明したいという想いを抱くようになった。
歴史に名前を残したかったのかもしれないし、自分のことを疎んじている両親を見返したかったのかもしれない。そんな機械好きの男は、近所の子どもたちに「博士」と呼ばれていた。

発明に1日のすべてを注ぎ込んでいるそんな博士が、唯一心を開いている相手が「イヌ」
中型犬で、日本のどこでもよく見かける雑種。博士は「イヌ」と呼んでいた。
いつの頃からか博士の家の庭に居つくようになった。首輪はしていないがいつまでも庭に居座り、男が夕飯を食べ始める時間になると近くに寄ってきて、「少し分けて」という顔して、何も言わずに食べ、何も言わずに寝ている。

もう十年以上そんな関係が続いているので、「イヌ」がご飯を欲しがっているのか、眠たいのか、機嫌がよくないのか、なんとなくだが分かるようになっている。
眠たい時は「話しかけるな」という顔をしていて、機嫌がよくない時は「疲れた」という顔をしている。

そんな博士が今取り組んでいる発明が、犬の表情を読み取ることができる装置。
というのも「イヌ」の表情で、唯一分からない表情があり、それを解読したいという、自分のためでもあるが、世の中の役にも立つ発明だ。

その表情は最近よく出るようになってきていて、夜、博士が寝る前に「イヌ」を見ると、この顔をしていることがある。最初は「おやすみ」的なことを伝えたいのかと思ったが、それよりも、哀しみや喜びが入り混じった表情に見えるのである。

それからも博士は、毎日「イヌ」の伝えたいことを理解するため、発明に没頭していた。「イヌ」はいつからか、毎夜あのなんとも言えない、いろんな感情が入り混じった表情をするようになった。
早く読み取って上げたいと思い、博士は寝る間も惜しんで発明に心血を注ぎこんだ。

そして、ようやく完成した。「やったぞ~」
博士は生まれてから一番大きな声を出した。
犬の表情を読み取る装置は、ゴーグルの形で、そのゴーグルに付けられている特殊レンズ越しに犬を見ると、表情からなにを伝えたいのかが耳に付けられているイヤホンを通して声になって聞こえてくるといった機械だ。
その声は、喜びなら喜んだ声で、怒りなら怒った声で聞こえてくるようになっている。

早速試してみようと、ゴーグルを付け「イヌ」のところに行くと、そこには、静かに横たわり、息を引き取っている「イヌ」の姿があった。
顔を見てみると、あのいろんな感情が入り混じった表情をして静かに眠る「イヌ」の姿があった。

不意にイヤホンから、優しく、穏やかな声が聞こえてきた。
「身体に気を付けて。ありがとう」


この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪