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精神覚醒走女のオオサキ ACT.12「ヒルクライム・バトル」

 ふもと……。

「今柳田が相手を抜いたらしいな」

「そうみたいですね」

「様子見のために後ろを走っていましたけどね」

「そうだ。このバトルはアウェーでの戦いだから、5連ヘアピンまでは後攻で走るように伝えている」

 他のWHITE.U.F.Oのメンバーたちにも柳田の追い抜きを伝えられる。

「サギさんが抜がれたべ~! 480馬力相手に抜がれたら後がねーだ~!」

 プラズマ3人娘もおれが抜かれたことを知り、クマさんは地団駄を踏んでいる。

「落ち着けや、クマはん! まだ負けたっていうわけやあらへんで!」

「そうだよ、クマさん! 川さんの言う通りだよ!」
 
「川畑と小鳥遊の言う通りだぞ。オオサキはまだ負けたと決まっていない、柳田は後で自分の首を自分で締めるだろう。私はそれを狙うためにあいつに作戦を立てた」

 川さんとタカさん、智姉さんはおれが抜かれても状況を冷静に見ていた。

 緩やかなコーナーを挟んだ直線を抜け、2台は左U字ヘアピンに入る。
 サクラゾーンだ。
 
 柳田に抜かれた後、車の加速が遅くなっていることに気づく。

「ワンエイティが遅くなっている……⁉ 抜かれた技の仕業か……⁉」

「さっき使った<啄木鳥の突撃>というは加速を下げるという効果もあるじゃん!」

 やっぱりさっきの技の影響か!

 けど、抜かれた後もコーナーのグリップ走行で縮めることができると思うよ!

 緩い右高速コーナーを抜け、左低速ヘアピンに突入する。
 柳田はサイドブレーキドリフト、おれはグリップ走行で攻め、Z33のリアに接近した。
 
 次は直線、パワーのあるZ33のほうが有利で、おれのワンエイティとの距離を離していく。

 2連続ヘアピンが来る。
 先週のバトルでおれがサクラを追い抜いた場所だ。
 1つ目の右ヘアピンに突入した。

「ここで引き離すじゃん! <コンパクト・メテオ>!」

 おれの<コンパクト・メテオ>は“フットブレーキを左足で一瞬踏み、ドリフトする”という感じだ。

 しかし、柳田の場合は“サイドブレーキを使い、アクセルを全力で踏みながら"行っている。

 技を使った柳田のコーナリングはとても速く、追い付けなかった。

「また使うぜ!」

 先を走る柳田はここも<コンパクト・メテオ>で抜け、20m離されているおれもここに入った。
 技を使わないグリップ走行なので柳田より遅く、さらに10m離れていく。

「さーて、あれを使うか」

 2つ目の左ヘアピン。柳田は引き続き覚醒技の技を使うが、別の技だった。

「ノーフットブレーキング流<サイドブレーキアタック>!」

 時速210km/h以上のスピードで走り、サイドブレーキとアクセルだけのドリフトをしながらコーナーを攻める!

「こんなに本気を出すとは久しぶりじゃん! 相手は覚醒技を使わないサイドブレーキに着いて行くグリップ走行をするなんて逃げられなくなってきた! 覚醒技を使うあたしのZ33に、ついてきな!」
 
 さっきの技でおれを離し、その差は55mになった。
 柳田の走りはさらに本気を出していく。

「速いね……さらに離されたよ……けど焦りは禁物、覚醒技を使うのは後半からだよ!」

 現在柳田がリードしているものの、彼女は悪夢が近づいているのは知らなかった……。

 その悪夢を知っている人はいる。
 スタート地点にいる智姉さんだ。

「オオサキにグリップ走行させたのはタイヤのグリップ温存が目的だ。今日のバトルに合わワンエイティをグリップ寄りのセッティングにした。だが、真の目的は柳田の弱点を知っているからだ。私は彼女が自滅することを知っている」

「柳田の弱点ですか?」

「柳田の弱点とは……タイヤに負担を与えるようなサイドブレーキとアクセルだけでコーナーを抜ける走り方だ。ただしこれだけでは弱点とはいえない、彼女はさらに本気を出すと弱点が襲い掛かってくる……今はバトルは後半が来るようだな。もうすぐタイヤの悲鳴を感じてくるときだろう」

 智姉さんが言っていた通りだった。
 現在おれを60mを離す柳田は右U字ヘアピンに入ろうとしていた。
 だが、ここに入ると同時あることを感じる。

「どうした、Z33?
 スピードが遅くなってんじゃん!?
 コーナーも遅くなってるし」

 Z33の性能も少しダウンしていることに気づき始めた。

「まあ気にせず、ここは<サイドブレーキアタック>で抜けるじゃん」

 ここを時速210km/hのドリフトで抜けていく。

 しかし、後に気にするだろう。
 そんなことになることは柳田は知らない。

 U字を抜けると次は左S字を挟んだストレートを駆け抜けていく。
 S字ストレートが終わるとサクラ・ゾーン最後のコーナー、ナイフや包丁などの刃物の形をした左ヘアピンに突入した。

「ノーフットブレーキング流<マッハ・ドリフト>!」

 左ヘアピンをサイドブレーキを使ってアクセルを踏みながら、時速180km/hのスピードでコーナーのインをガードレールギリギリのドリフトで攻めていく。

 柳田がこの技を使ったことで柳田とおれの差が離れていき、70mになった。

 一方、柳田より遅れておれは右U字ヘアピンとS字直線を抜けて、刃型の左ヘアピンに入る。

 今、おれに何かがよぎった。

「智姉さんは後半から覚醒技を使ってもいいと言ったよね。
刃物型左ヘアピン(ここ)を通ると後半だね。
ここから技を使おうか、<ハヤテ打ち>!
 イケイケイケイケイケェー!」
 
 技の封印を解かれた160km/hの赤い戦闘機がグリップ走行で攻める!
 攻める!
 攻めるゥゥー!!
 

 刃型ヘアピン後の向こうにある第2高速セクションにいる柳田はこんなことを考えていた。

「もう技を使うことは控えるじゃん。
 気力と力の温存のためじゃん」

 序盤から本気を出したらこうなったと思う。
 これはラッキーだ。

 長い直線である第2高速を終えてその後の左ヘアピン。
 このコーナーを予告通り技を使わず、サイドブレーキとアクセルだけのドリフトで抜ける。

 前にこれを使った時より遅く見えた。

 差の離れているおれも第2高速セクションを終えて左ヘアピンに入る。

「小山田疾風流<ズーム・アタック>! イケイケイケイケイケイケェー!」

 柳田との差は65mに縮まった。
 
 技を使うようになったおれ……。
 ――ここから逆襲が始まるのであった……。

 左ヘアピンの後も右コーナーがやってきて、両者とも技を使わず抜けていく。
 次は長い直線の第1高速セクション。
 ここならパワーのあるZ33のほうが有利だ。

 そのように見えた。
 
 けど、Z33はワンエイティを離せなかった。

「480馬力のZ33がワンエイティを離せない! どういうことだ!」
 
 Z33の性能ダウンが原因か?
 そうかもしれない。

 スタート地点の駐車場。

「ピッ! こちら第1高速セクション!
 柳田さんのZ33の走りが前より遅くなっています!」

「やっぱり来たか、柳田の弱点」

 Z33の速度が遅くなっていることが戸沢に伝えられる。

「柳田の奴、熱ダレ(タイヤの温度が上がりすぎてグリップ力を失うこと)を起こしたようだな」

 Z33の性能ダウンの原因はこれだ。
 アクセル踏みっぱなしや、サクラ・ゾーンで本気を出し過ぎたことがタイヤへ負担を与えすぎてしまい、タイヤが悲鳴を上げたようだ。

 頂上では。

「私の予想通りね。柳田の自滅が始まり、タイヤを殺してしまったわよ」

「前半オオサキは技を使わなかったが……後半から技を使って逆転していくだろう……」

「いよいよバトルの状況が大きく変わるぜ!」

 熱ダレにより弱体化したZ33に乗る柳田と、ワンエイティに乗る技を使い始めたおれの終盤戦が始まる!

 480馬力のVQ35と350馬力のRB26の音が夜空を交差するヒルクライム、どっちが勝つのか!

 第1高速セクションが終われば右ヘアピン。

「ここはノーブレーキで行くじゃん!」

 柳田はノーブレーキのドリフトで突入した。
 50m~60m離れているおれも突入し、<ハヤテ打ち>を使って攻める。

「速い! 現在差はすごい開いているけど、このままだと柳田さんが抜かれてしまうぞ」

 50m以上開いている差はどんどん縮まっていく。
 次は左S字ヘアピン、右U字ヘアピンがやってくる。

「くそぉ」

 3連続ヘアピンに入った。

 柳田は3つ全てで技を使わなかったものの、おれは3つ目のヘアピンで<ズーム・アタック>からのグリップ走行を使って抜けていく。

「ヤバい……差が縮まっていくじゃん……! 後ろのワンエイティが大きく見えている、見えている、見えているじゃん!」

 3連続ヘアピンの後は直線だ。

「何度も言うが直線では勝てるじゃん」

 けど柳田の言葉とは裏腹に、熱ダレによるグリップ力低下でおれを離すことはできなかった。

 直線が終われば幅広のコーナーに入る。
 柳田に何かが起きた!

「アンダー(直線安定性を持ったクルマが一定の速度を上げていった際、前輪の設置摩擦力が遠心力に負けてコーナーのアウト側に行くこと)を出しちまったじゃん!」

 アンダーステアで柳田Z33はガードレールに接触し、スタートから1度も離していなかったアクセルを一瞬だけ離してしまい、Z33の速度は60km/hに低下する。

 おれとの差は接触ギリギリまで縮まってしまう。

「このままだと抜かれるじゃん! 最終ヘアピンでは第2高速セクションから封印してい技を使ってブロックするじゃん!」

「いよいよ最終ヘアピンだよね、ワンエイティ。<ズーム・アタック>を使いながらあの走りを使って柳田マリアの追い抜こう! 智姉さんの言うことを破るかもしれないけど……」

 実はある走りと合わせて抜こうと考えている。
 グリップ走行ではないけど、ドリフト走行でもない技だ。

 そして2台は最終コーナーに入る。

「ノーフットブレーキング流<サイドブレーキアタック>!」

「小山田疾風流……<ズーム・アタック>!
 イケイケイケイケイケイケイケェー!」
 
 萌葱と透明のオーラがぶつかり合う!

 柳田に襲いかかる突っ込みをするおれを見たギャラリーたちは驚きの声を上げる。

「なんだあのワンエイティ⁉ あの走りは⁉」

「すげェーぜ! ワンエイティ!」

 おれの走りはドリフト走行のような豪快さはなく、グリップ走行のようなタイムを求めるような走りではなかった。
 けど、理想的なラインで走っていく。

「この走りは!」

 この走りは“ドリフトとグリップの中間の走り” と言い、所謂(いわゆる)“第3の走り”だ。
 
 2台のクルマが最終ヘアピンを攻める!
 超高速のサイドブレーキドリフトと、ガードレールギリギリのドリフトとグリップの中間の走りがぶつかり合う!

「勝ったぜ!」

 突っ込み勝負では互角ながら速度のあるコーナリングをする柳田が前に出たものの、

「う!?」

 立ち上がりでは柳田は熱ダレによるアンダーを出すと同時に<ズーム・アタック>による精神ダメージを受ける!
 おれを前に出すことを許してしまい、ヘアピンを抜けるとZ33を追い抜いた!

「くそ!」

 抜かれた悔しさから声を上げる!

「抜かれた! 榛名最速ヒルクライマーの柳田さんが!」

「赤城(ここ)でも強かったのに!」

「ヒルクライムで350馬力のクルマが480馬力のクルマを抜くなんてありえねええええええ!! サーキットのレースでもそんなことはなかったのにィィィィ!!」

 ヒルクライムで柳田Z33が抜かれるということはありえないことに、ギャラリーたちは驚いてしまった。
 リードを許した後は直線でおれを追うが、最終ヘアピンで立ち上がりで負けてしまった影響で離されていき、ついにはアクセルを暖めてしまった。

 おれはそのまま突っ走ってゴールインした。

「柳田さんが負けました! 葛西サクラに勝ったワンエイティ乗りが勝ちました!」

「残念だったな……あいつはやっぱ強いな」

 スタート地点にいる戸沢にも柳田が負けたことを報告される。
 報告のあと、戸沢はトランシーバーを切った。

「あいつと今度勝負するのは俺だ。柳田の仇を取ってやろうか。ヒルクライムではなくダウンヒルで」

 そう戸沢は言い残して、ガルウイングが開くDC5に乗り込んで赤城を去って行った。
 雪のように白く集まったWHITE.U.F.Oのメンバーたちも帰っていく。

 一方のおれ側の智姉さんとプラズマ3人衆は……。

「またお見事だったな」

「葛西サクラ、おらたち3人、そして今回……柳田マリアを倒しましたッ!」

「さすがだね、サキちゃん!」

「やったわ、サキはん!」

 みんな、おれの勝利を喜んでいた。

「おれが来たら帰ろうか」

「帰るのはサキさんの勝利を祝ってからだべ!」

 頂上の駐車場。

「また勝ったか……オレの予想通り最終ヘアピンで追い抜いた……」

「私の言うとおり、柳田は自滅したわね」

「ったく、またやりやがったぜ!」

 これから3人は今回のバトルを振り返る。

「今回のバトルだけど、オオサキは終始グリップ走行(ただし最終ヘアピンのみグリップとドリフトの中間の走り)だったわね。あれはタイヤを温存するためなのよ。オオサキは前半、覚醒技を使っていなかった、これも精神の温存のためよ」

「なるほど」

「一方の柳田は激しいサイドブレーキドリフトや覚醒技を使ってオオサキから逃げたけど、途中から覚醒技を使わくなり、激しい走りが原因で熱ダレを起こしてしまったわ。前半で力を温存して後半でその力を出したから柳田に勝つことができたのよ。あと、赤城のヒルクライムは前半はコーナーが少ないけど、後半はコーナーが多くなるから逆転しやすい後半で勝負を仕掛けたこともあるね」

「――そうか……」

「うまく作戦を立てたな……」

 次はドリフトとグリップの中間の走りについて説明する。

「さらに最終ヘアピンでオオサキはドリフトとグリップ中間の走りをしたと聞いたわ。あの走りは究極の走りで、この走りはスライドしてるけどカウンターを当てていにから進むスピードを殺さず走ることができる技なのよ」

 つまり、ドリフトとグリップの長所を持った走りだ。

「今日も先週みたいにワクワクしたぜ。
 あたしもオオサキちゃんと戦いたくなったよ」

「私もワクワクして手が震えたけど、芽来夜は強すぎるから勝ってしまうから戦うのは無理ね」

 あと、サクラはおれに対するリベンジへの意欲を心の中で語った。

(大崎翔子……また勝ったな……オレの次は柳田マリアを倒すなんてやばい走り屋になったな……怪物らしいぞ……)

 今日も星空の輝く夜
 苦戦すると思われた柳田戦が終わりヒルクライムで柳田マリアがおれに敗北した。
 現在公式のバトルでは2連勝となった。

 そして3日後、4月7日の火曜日の夜(具体的な時間は20時)のこと。

 Takasaki市のとあるレストランにWHITE.U.F.Oのトップ2がいた。

 右側の席にリーダーの戸沢、反対側の左側の席には柳田マリアが座っている。

 戸沢はある重大な発表した。

「実は……あのワンエイティ乗りに俺も勝負を挑みたいと思っている」

 これに柳田は……。

「ほ、本気じゃんか!? あいつは速いじゃんよ! ヒルクライム勝負でもあたしのZ33に着いてきた挙句の果てに抜かれたんじゃん! 一旦離してけど縮めれらたし……」

 オオサキに負けたから柳田は彼女の恐ろしさを知っている。

 ただし戸沢は……。

「あいつの走りを見てオレもビビった。お前だけでなく、葛西サクラまで倒している走り屋だからな。ダウンヒルバトルではオレはほとんど負けたことがない、けどあいつならオレより強そうな奴だからな。この見た目は小学生のような女の子だが中身は怪物というワンエイティの少女を相手に俺は挑んでやろうかと考えている。そしてお前の仇を討つためにな」
 
 と勝負への意気込みを見せる。

「マ、マジじゃん!?」

「マジだ。覚悟はできている。勝負の申し込みについてだが、明日は水曜日だからチームの活動が休みなので明後日にする」

 ただしオオサキには対人面にてある欠点が存在する。

「けど、ワンエイティの少女こと大崎翔子は男性恐怖症と聞いたじゃんよ?」

 ただし、彼女には男性恐怖症という問題点(車に乗っているときは別)がある。
 男性を見るとナンパだと思ってビビってしまう……。

「手紙で送るよ。明日手紙を書いてそれをオオサキの住む和食さいとう宛てに送って勝負を挑んでやるよ。同時に豆腐1か月分を送ってやる、ドラゴン急便経由で」

 戸沢の男性恐怖症対策はこれだ。
 これなら、オオサキでも受けるだろう。

(大崎翔子――次は俺が相手だ。俺の覚醒技、WHITE.U.F.O.ミッドナイトドライブ流と俺の愛車、DC5型インテグラType-Rで勝負してやるからな。今度の土曜日に赤城のダウンヒルスタート地点で待っている)

 戸沢の愛車・DC5型インテグラType-R。
 サクラのJZA80やプラズマ3人衆のC33とHCR32……A31、そして柳田のZ33ターボと6気筒ターボのFRに勝負をしてきたオオサキにとって初めて戦う直列4気筒で自然吸気のFF車だ。
 彼の覚醒技はクルマを闇の中に消して走る覚醒技らしい。

(待ってろ……オオサキ)

 次の相手はWHITE.U.F.のリーダーのDC5乗り、戸沢龍に決まったわけだが、話はここまでだ。

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