見出し画像

精神覚醒ノ肥後虎 ACT.15「S.S.T」

あらすじ


 突如生徒会長室に呼ばれた虎美。
 勝手に部活を作ったことや箱石峠で部長決定戦をしたことは責められなかったものの、負けたら部に期待されないという全校レースという形で挑戦状を叩き付けられた。
 しかし、その挑戦状には元レーサーの祖父を持つ生徒会長相手には、覚とひさ子から勝ち目がないと責められる。

 土日の休みを終えた5月14日の午後4時。

 全ての日課を終えた麻生北3年B組の教室では、ホームルームが行われた。

「皆様にお話があります。今週の土曜日に全校ナイターレースを開催する予定ですが、紙に参加の是非を問います」

 担任の小日向佐助先生がその紙を一部を除く生徒全員に配る。
 うち、飯田ちゃん、ひさちゃんには配られんかったらしい。

 レースはうちらがターゲットやからな。

 生徒たちは紙に参加するか、しないかの答えを書いていく。
 表明する生徒がいる一方で、マイカーを所有していないという理由やレースに興味がない、腕がないという理由で参加しない生徒もいた。
 配られた生徒全員が書き終えると、紙は回収される。

 ホームルームが終わると、帰りの挨拶をして生徒たちは教室を出た。

 うちと飯田ちゃん、ひさちゃんは部室へ向かおうとした。
 前と同じ状況になる。

「3年B組の加藤虎美さん、玄関にお客様が来ております」

 アナウンスにまた呼ばれる。
 目的の場所へ向かうと、沙羅さんがいた。

「こんにちは、虎美」

「沙羅さん!」

「駐車場でお話しましょう。あなたへの用はこれですから」

 駐車場へ向かうと、記憶にはないクルマが止まっている。

「この車をしばらく運転してもらいます。聞きましたよ、生徒会と勝負をするんですよね。この日が来るまで、運転してもらいます。あなたを鍛えるためにです」

 クルマとは、ヴェイルサイド製のエアロとBLTIZ製のホイール、BRW03を身につけた薄いピンクのFTOだ。

「私がエボファイナルの前に乗っていたクルマです。伝説の走り屋、斎藤智と共に走っていました。その代わり、あなたのエクリプスを預かります」

「え、エクリプスば預かるんですか?」

 納得いかなかった。

「やっぱエクリプスは今のあなたにはパワーがありすぎます。
 一方でこのFTOは290馬力と十分です。
 車に慣れてから、エクリプスに乗るべきです。
 あと、運転をするときに着てください」

 沙羅さんはFTOの車内からからある布を取り出す。
 全身タイツであり、広げると人の形になった。

「サラマンダー財団スペシャルタイツ、略してS.S.Tです」

 うち、変な服を着るの?

「着れば、運転のテクニックを上げることが出来ます」

 本当なのか!?

「では、土曜日までに上手くなることを願います」

 沙羅さんは、ガルウイングが開くうちのクルマに乗り込み、去っていった

 しばらくはこのクルマが相棒か……。
 違う車かもしれんから、どう乗れるんか不安たい。
 両車のハンドルの位置が異なり、エクリプスが左ハンドルで、FTOは右ハンドルだ。


 さてと、沙羅さんから渡された服を手に持ち、女子トイレへ向かう。
 入ると、セーラー服と黒タイツ、下着を全て脱ぎ、S.S.Tを袖に通していく。

 うちは某番組のモジモジくんみたいな格好になった。

 着てみると、自由が効かんようになった。
 手や足は勝手に動きだし、イヤミさんのシェーみたいなポーズをせんと手足の暴走を止められん。

 しかも。

「こん格好、うすとろか(熊本弁で恥ずかしい)……」

 人の前に出らでんたい。
 仕方なく、勝手に動く身体と戦いながら自動車部の部室へ向かった。

 しかい、飯田ちゃんとひさちゃんの反応は最悪だ。

「何なのよ、変な格好をして」

「ひょうなか(熊本弁でおかしい、変)、ひょうなかたい!」

 2人に笑われて、さらに恥ずかしい!

 沙羅さんから貰った服を着て、どう運転すればいい?

 絶対死ぬ!

 夜9時……箱石峠で練習走行をする。

 飯田ちゃんのSVX、ひさちゃんのファミリア、そしてS.S.Tを身につけたうちのFTOが走る。

「虎ちゃん、ひょうなか。ついてきとらん」

「今日の虎美、遅いわね。後ろは森本さんだけしか走っていないわ」

 大分離されとる後ろのうちはというと……。

「どうすれば……よか? 身体が言うことば効かんけん、ハンドルの自由がなか」

 身体の自由を奪うS.S.Tに悪戦苦闘したいた。
 エクリプスとハンドルの位置が異なるのもあるけど、より苦労させたのはS.S.Tだ。

 実は学校の帰りも着たまま運転していたものの、身体が言うこと効かんけん、2度も他車の通行を妨害してしまった……。

 申し訳ない……。

 20分走ると、往路のゴール地点で車から降り、休憩に入る。

「虎美、普通に服を着ればいいはずよ。これが原因で身体が勝手に動くなら」

「いやぁ、沙羅さんからレースの日までこれば着んといかんと言われたばい。そん日が来るまで、こん服やないと運転できん」

 ひさちゃんが立ち上がる。

「わしゃ……飲みもん買ってくるばい」

「気をつけていきなさいよね」

 そのタイミングと同時に1台のクルマが来る。
 クーペの形をしているものの、5枚のドアに奇妙な形の前後のテールライト。
 クルマはランティスクーペと言い、マツダから発売されたスポーツカーだ。

 ボディの色は青緑色で、ファミリアGT-Rを思わせるエアロに、ルーフスポイラーとリアウイングが一体化したウイングが付いとる。

 1人の大柄な男が降りてきて、ひさちゃんの元へ行く。
 その男は180cmを超える身長に、うちの学校と思われる学ランを羽織っていた。

「なぁ、俺にも買わせろ」

「嫌たい」

「俺にも買わせろって言ってんだよッ! お金がねーからな!」

 ひさちゃんに絡んで来たようだ。

「森本さんが絡まれているわ」

「ひさちゃんのカツばあげんなと言わんとあかんたい」

「それを言うならカツアゲは辞めろでしょ!」

 ひさちゃんを助けるために、勝手に動くS.S.Tの動きに苦労しながら、彼女の元へ行く。

「ひさちゃんにカツアゲしようとすんな!」

「変んな格好に、ポーズをしやがって」

 イヤミさんのシェーみたいなポーズをしてしまう。

 緊迫した状況のときにしてしまうとは……!

 ひさちゃんば助けようとしたうちに対して、誘いを持ちかけてきた。

「俺の邪魔をするならバトルを申し込んでやる。負けたら俺の分のジュースをおごって貰おうか」

「よか! またひさちゃんのために挑んだるばい!」

 S.S.Tば身につけても関係なか!

「虎ちゃん、今の格好やと身体が勝手に動いて運転できんたい! さっきのタイムはわしらより遅かったし」

「下手すれば、今着ている服のせいで事故を起こすわよ! 私が代わりに挑んだ方がいいわ!」

「うちが挑むばい! 相手がうちにバトルを売られたけん」

「いいぜ! 改めて言うが、変な格好の女がバトルを挑むんだな。じゃあ、バトルを始めるから車に乗れ!」

 FTOに乗り込み、バトルの準備を整える。

「大丈夫かしら、虎美……」

「わしのためと言っとるばってん、心配ばい」

 ランティスからオーラが見えた。
 色は黄色とオレンジだ。

「あのランティス乗り……もしかして」

「覚醒技超人ばい」

コース:箱石峠復路

 加藤虎美(DE3A)

 VS

 ランティス乗りの不良(CBAEP)

 ランティス野郎の合図でいきなりバトルが始まった。

 先攻を取られた挙げ句、スタートすぐの右コーナーにて勝手に身体が動くS.S.Tのせいでアンダーを出した。 
 次の左高速ヘアピン、服のせいで逆方向へクルマは向かい、壁へ激突しそうになる。
 こんクルマ……借り物やけんぶつけない!

 操作のしづらい状況で、うちは考えた。

「う~ん、どうすればよか!?」

 先頭のランティスとの差はどんどん離れていく。
 ランティス野郎は勝ち誇っていた。

「弱いな。大したことない相手だぜ」

 復路スタート地点……。

「虎ちゃん……どうなっとるばい?」 

「あのFTOは借り物といえ、あのタイツのせいで壁に刺さっている可能性があるかもしれないわ。
 やっぱ私が挑めば良かったのかしら」

 暗闇の中、見覚えのあるクルマが2人の前を通りすぎる

「あのクルマ……」

「菊池会長のケンメリばい……」

 話は戻り、今のうちの状況ばい。
 うちとランティスとのさらに距離が離れていく。
 S.S.Tを着たままの運転にまだまだ苦労する。

「こん服を着んかったら……沙羅さんの……」

 苦戦していたものの、ついにバトルに変化が起きる……。

 うちは突如、力を抜いて運転をし始めた。

 道をライン通りにクルマは走り始め、コーナーでは勝手にアウト・イン・アウトを描き出す。

「なるほど、コツば掴めたばい」

 S.S.Tを着たままの運転が分かってきた。
 今までの苦戦が嘘だったかのように、S.S.Tに包まれた身体が勝手にコースのライン取りを熟知した。
 おかげで、ランティスとの差は縮まっていく。

「何!? FTOが来るだと!」

 緩い大きな右ヘアピンからの左ヘアピン
 前半にて、焦り始めたランティス野郎は透明のオーラに包まれ、技を繰り出す。

「<ハヤテ打ち>!」

 離そうとする相手に対して、うちの方は左ヘアピンにて……。

「FFでもドリフトで攻めたる! <片鎌槍>! 虎虎虎虎虎虎虎虎虎、虎ー!」

 超高速のFドリ(FF車で行うドリフトのこと)でランティスを追いかけ、コーナーの出口にてついに前へ出た。

「畜生……ってもう1台……!」

 四角いボディに丸い目が光るクルマがランティスに迫り来る。
 暗くて分かりづらいものの、色はグレーのボディのにレーシングカーのようなカラーリングをしていた。
 ボディの形から古いクルマと分かるばってん、音は年式に合っていなかった。
 21世紀のV8のサウンドにコンプレッサーが響いてくる

 クルマとは……。

「菊池生徒会長のケンメリたい!」

 クルマはS.S.Tに慣れるまでにうちが抜いたランティスを、苦労もなく前へ出て、さらにFTOまで追い抜いていった。

 一瞬の出来事だ……。
 会長の実力を見せつけられて、絶句した……。
 速かった……。

 うちらを抜いたケンメリは遠い彼方まで突っ走っていく。

 勝利:加藤虎美

 復路スタート地点。

 飯田ちゃんとひさちゃんの耳にエンジン音が聞こえてくる。

「来たわ!?」

「決着がついたばい!?」

 FTO、ランティス、ケンメリが2人の前にやって来た。

 車からドライバーが降りてくる。

「失礼。自動車部を見守りに来たばい」

「もしかして敵状視察ですか?」

「というより、自動車部がどんな練習しとるか確かめに来たばい。よくやっとるな。加藤、なんで変な格好をしとるん?」

 会長に経緯を話す。

「なるほど、腕ば上げるためか。上手くなれば刺激になるばい。頑張ってほしか」

 続いてランティス野郎とのバトルになった事についても話した。

「森本が嫌がらせを受けたやと? 許せんこっばい。謝ってもらわんと」

「チッ」

 ランティス野郎は反省の色ば見せずに、車に乗って帰っていった。

 またやりそうばい……。

「あんたらの練習を邪魔をしてすまん。もう1回言うばってん、よく練習しとるな」

「楽しんでやっていますよ。
 勝たなあかんという使命感もありますばってん」

「練習ば見れば、今週の土曜日が待ちきれんたい。私やって勝つ気でいるんやからな」

 本番まであと5日までの日がある。FTOとS.S.Tといううちのテクニックば上げる道具と共にこららの日を過ごさなければならない。
 ランティス野郎とのバトルを機に、勝手に身体が動くS.S.Tに慣れ、うちのテクニックばますます上昇していく。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?