精神覚醒走女のオオサキ ACT.23「体力」

 左U字ヘアピンを抜けからの間の直線。
 熱ダレしたタイヤと雨の路面の影響でややダンス状態だけど、能力で一回り速くなった走りによる水しぶきをあげながら走っていく。

 それはワンエイティのリアを隠すほど多かった。

 直線の後の緩いコーナー。
 右だ。

 真っ直ぐのまま攻めているように見せるゼロカウンタードリフトで差を縮めていき、モミジのアルテッツァのテールライトが見える。

「よし、見えてきたよ!」

「くそ、着いてきたか……戸沢戦みたいに覚醒の力のオーラを纏ってボクとの距離を縮めてきた。こうなったら、ボクのフェイントを喰らえ! ジーニアス橙流<ザ・罠>!」
 
 おれとの差を再び広げようと、コーナーをグリップ走行で攻めながら<ザ・罠>のフェイントを使ってみたものの、おれはすでに対策を考えていた!
 
 さらに緩いコーナー。
 左だ。

 後ろを走るおれは右の景色を見ていた。
 よそ見しているではなく、向こうのヘアピンを眺めていた。
 コーナーをグリップ走行で攻める。

(見ないようにしよ……)
 
 おれがアルテッツァのテールライトを見なかったのか、ワンエイティは減速せず、そのまま走っている!

「くそ! ボクのフェイントが効かない!」

 技が決まらなかったことで普段冷静なはずのモミジは焦りの表情を見せる。
 
 この<ザ・罠>は相手がブレーキランプを見なかった場合、技が失敗に終わるのだ。

「すげーぜッ! ワンエイティ!」

「モミジのフェイントをびくともしなかったぜッ!」

 フェイントを喰らわなかったワンエイティを見て、ギャラリーから驚きと興奮の声を上げる。

 緩い左コーナーを抜けて2連ヘアピンに突入する!
 まず、1つめの左ヘアピン。

「抜きに行こう!
 対戦相手の姉・葛西サクラを倒したみたいに!」

「前には出させないよ!
 ボクがサクラ姉ちゃんの仇を取る!」

 先に入ったモミジはブレーキとサイドを使用してスライドを発生させながら、ヘアピンに突っ込んでいく。

 一方のおれは技を使わず、能力で上がった走りと車を曲げないゼロカウンタードリフトによる突っ込みで攻めていった。

 モミジは内側、おれは外側だ。

 ヘアピンでの対決は順位に変動がなかった。

 先行を守ったモミジはため息をつく。

「ふぅ、抜かれなかったぞ。次は<ロースピードドリフト>でブロックしようか」
 
「ウェヒヒ――アウトに入ったのはわざとで、追い抜くのは次だよ」

 だまし討ちだ。
 1つ目の左ヘアピンを終えると、バトルにある変化が起きる!

「雨が止んだぞ!」

 滴が降らなくなり、空に星空が出てきた。
 
「今まで降っていた雨は止んだ!
 ドライ用スポーツタイヤを履いているおれが有利になるね!」

「嘘だろ――雨が降り止んだ……!?」

 ドライタイヤのおれが有利になるかもしれない!
 空から雨の滴が消えるとすぐ、2台は2つ目のヘアピンへ突入する!
 入ったモミジは右足の力を緩めて速度を落とした。

「ラインの真ん中に突っ込むしかないね。<ロースピード・ドリフト>を使いながら攻めていくか」

 2つ目のヘアピン。
 右だ。

 入ったモミジは白い線の真ん中を線路をなぞるように走り、遅いスピードで車の角度を広くしながらブロックして突っ込んでいく。

 一方のおれはスピードを維持しながら、スピード全開で攻め、ハンドルは一瞬だけ右に切って攻めていく。

「またゼロカウンタードリフトで行く! 突っ込みでは技を使わず、立ち上がりで技を使おう!」

 おれも入った。
 さっき同様アウト側へ攻める。
 これも騙まし討ちだ。

「またゼロカウンタードリフトを使いながらアウトに行ったようだね。良くないね、こういうの。ボクには分かるよ。同じようなやり方で倒そうとするとは、例え馬鹿がやるようなやり方だよ」

 モミジはそう考え、楽勝だと感じた。
 ただしそんな彼女だけど、頭の良いにも関わらず彼女はすでに騙されているようだ。

「ワンエイティが内側にいる!? 嘘だろ!?」

 外側にいたはずワンエイティがワープするかのように内側にいた!
 <フライ・ミー・ソー・ハイ>を使い、疾風のごとく萌葱のオーラを纏って凄まじい速さで立ち上がっている。

「ウェヒヒ……頭がいいのに騙されたようだね!」

 外側から内側へ移動したおれはモミジの前へ出ることに成功した!

「ぬ、抜いた!」

「ワンエイティが前に出たぞッ!」

 順位の入れ替えにギャラリーたちの体は飛び跳ねる!

 赤城山スタート地点。
 メンバーがトランシーバーで雨原に報告してくる。

「こちら2連ヘアピンの2つ目です! モミジがワンエイティに抜かれました!」

「抜かれたか――恐ろしいぜ……オオサキの能力!」

「しかも、だまし討ちで追い抜きました!」

「頭脳派には頭脳戦か。やってくれるじゃあねーか」

 トランシーバーを切ると、ここにいるメンバーに今聞いたことを伝えた。

「――そうか……」

「モミジが抜かれたようね――」

「糞(シット)――どうすればいいんだ!?」

「バトルはもう後半――私はスタート前のモミジにこんなこと言ったわよ。「モミジ、体力は大丈夫?」と」

「モミジの弱点は体力の極端に低い体力の細さだ。運転には体力がいるぜ。後半それを失ったら勝つことが難しくなる。そして彼女は後攻のほうが苦手だ、本気を出し過ぎるとゲロ吐くからな……」

「モミジ――頭はいいけど……運動は苦手なんだよな。雨原姉ちゃんが矢沢戦の後モミジを引っ込めたのはモミジの体力を考えたことなんだぜ」

「そうだヒマワリ。あたしはモミジの体力のことを考えてモミジを引っ込めたんだ」

「モミジ――体力を使いすぎないように、ゲロを吐かないように走って」

 体力の細いモミジのことを母のウメは心配する。
 その心配は時の如く迫っていく!

 2連ヘアピンを終えると、直線を攻めていた。
 おれはワンエイティを350馬力ぐらいのパワーを全開に走らせていく!

「後攻に行ってしまったよ――けど諦めないよ。抜き返すまで! また<ベノム・トラップ>を喰らわせてやろう。さらなる熱ダレを起こし、オーバーヒートを発生させてやろう! <ベノム・トラップ>!」

 毒のようなオーラを纏い、先攻に罠を仕掛けた。
 
「前になんか罠がありそうだ」

 モミジの撒いた火薬の見えないおれは直感を使って回避していく!

 技を喰らわずに済んだようだ。

「やったか――? 熱ダレをしていない!? 毒になっていない!? ま、まさかァ――ボクの見えない技が破られた!?」


 その後、直線を抜けてサクラゾーン最後の曲線であるヘアピンに入る。
 左だ。

 先を走るおれは雨上がりの路面でゼロカウンターのスライドで素早く抜けていく。

 後ろを追うモミジのアルテッツァには再び火のようなオーラが包まれる。
 今度は別の技だ。

「ジーニアス橙流<空に消えていった打ち上げ花火>!」

 空に舞う花火の如く、闇を切るような速さでヘアピンを駆け抜ける。 
 
 しかし!

「いつもより速度が出ない? ということは、相性が悪かったのか」

 この技の属性は火。
 光・風属性のおれとは相性が悪く、技の速度は落ちてしまう。
 速度は一瞬だけ上げることができたものの、満足に距離を縮めることが出来なかった。
 
「くそったれ――く……体が苦しい――」

 モミジは自分の身体に異変を感じる。
 弱点が襲い掛かってきたのだ!

 サクラゾーンが終わり、第3高速セクションへ入る!
 パワー全開できる最後の区間ということもあり、おれとモミジはタイツに包まれた右脚でアクセルペダルを地面に着くように踏んでいき、ワンエイティのRB26とアルテッツァのスーパーチャージャーは全力でクルマを進ませていく。

「走れ!」

 先行するワンエイティは熱ダレによるグリップ力の低下やエンジンのヤレでいつもの調子を出せないものの、それを能力が補っている。

「覚醒の力を纏った走りで離してやるよ!」

「タイヤの熱ダレ、エンジンがヤレている分、遅くなっていると思う。しかし、離されている……さすが君の能力だな……」

 能力だけではないよ、RB26は高速が得意だからね。
 ワンエイティのリアウインドウからアルテッツァの姿が小さくなっていく。

「ゲフ! 苦しい……」

 モミジは弱点という名の魔物に襲われ、それは強くなっていく! 今、彼女を捕食しようとしているところだ。

「けど、抜き返すからね……」

 ピンチの中、モミジのやる気はまだある。

 
 赤城ダウンヒル最後の難所に入る。
 5連続ヘアピンだ。

「来たぞ!」

「ワンエイティが先行だ!」

 ここにるギャラリーが2つの光を眺めた!

「さぁ……いくぞ――!
 ジーニアス橙流<オーバー・ロード>!」

 2台は5連続ヘアピンの最初へ入る。
 右だ。

 大地のように輝くオレンジ色のオーラを纏い、速度を上げながら攻めていく!

「この技を喰らって混乱しろ! 後ろに出てやれ!」

 そう言ながら、モミジは技で得た高いスピードでコーナーの内側へガードレールとキス寸前に突っ込み、先行に戻ろうと考えた!

 しかしそれと同時に、魔物はモミジを捕食してしまった!

「ゲホ!」

 体力は限界になり、捕食した魔物はアクセルを踏むモミジの赤い脚をペダルから分離させた!
 技は失敗に終わり、アルテッツァは停止する。

 苦しんでいるモミジは手で口を押えながらガードレールを超えて森林に入り、目に滴を浮かべながら汚い物を出した。

「へぇ……ボクの弱点が出たか……」

 体力の低さという弱点に襲われたモミジの敗北が決まってしまった。
 姉・サクラの仇討ちは出来なかったようだ。

 相手が体力の限界で戦線離脱するという幸運を受けたおれは完走し、ふもとへ到着する。

「あのワンエイティ、また勝ったぞ!」

「すげー! サクラさんやWHITE.U.F.Oの走り屋に勝利した16歳の小娘が赤城の頭脳派に勝った!」
 
 おれの勝利をギャラリーたちは身体を跳ねさせながら、喜ぶ!

「モミジが負けた……しかも体力の限界から戦線離脱!?」

「モミジ……サクラさんの仇討ちは無理だったか……」

 一方の別のギャラリーやDUSTWAYのメンバーはモミジの敗北に身体が固くなる。

 スタート地点。
 ゴール地点での出来事がトランシーバーで伝えられる。

「モミジが負けました!」

「そうか」

 トランシーバーで切ると雨原は、さっき聞いたことを葛西一家にも伝える。

「モミジが負けたのね――!?」

「オレの仇は取れなかったか……」

「糞(シット)……!」

「芽来夜、私たちはモミジのところに行くわよ」

「オレも……」

「オレもだぜ!」

 モミジの敗北を聞いた葛西一家はそれぞれのクルマに乗ってモミジの元へ向かう。

 アルテッツァが停車している5連続ヘアピンの1つ目。
 口から汚い物を吐いて敗北したモミジの近くに葛西一家のクルマたちのライトが見えてくる。
 停車し、それぞれのクルマからドライバーが降りてきた。

「モミジ、負けたのね」

「母さん――サクラ姉ちゃん、ヒマワリ、負けてごめん」

「ドンマイ、気にしないでモミジ……まだヒマワリとサクラが大崎翔子にリベンジを挑むつもりだから」

「オレは今リベンジのためにクルマを強化しようと考えているところだ……」

「今度はオレの出番だぜッ!」

 一家は負けたモミジを励ます。
 姉たちのリベンジに対する期待のメッセージを伝える。

「そうだよね。次はヒマワリとサクラ姉ちゃんにリベンジしてほしいよ」

「今回のバトルで大崎翔子は能力をまた使ってしまったようだね――しかし、彼女の能力の弱点は知っているだろ?」

 能力の弱点はクルマの剛性が弱いとヤレの進み具合が進行する。
 おれのワンエイティは今回のバトルで能力を使ったことでまたヤレてしまい、性能ダウンが下がってしまったようだ。

 次のバトルは直線番長のマシンが来るということと次のバトルでヤレによるパワーダウンが原因で苦戦することはしらない……。

「速い奴だったよ大崎翔子……あいつはサクラ姉ちゃんをまた倒す。いや、雨原さんを超えるかもしれないよ……と言っても、そんなことボクが言ったら駄目だよね」

 おれの速さを見て、そんな予感がモミジの頭を通過していく。

 無事に勝つと、ふもとの末永姉妹とプラズマ3人衆に勝利を祝福されていた。

「オオサキさんおめでとう、頭のいいモミジにえげつない技を喰らいながらも良く勝利できたわね」

「よく勝てたね!」

「熱ダレしたと聞いたときは負げると思ったべ――」

「えげつない技たちに気を付けたね」

「無事に勝利できとって良かったで――」

「みんな、祝ってくれてありがとう……」

 お礼を言った。

 駐車場に2つの光が来て、もう片方は銀のボディを光らせている。
 智姉さんのR35とモミジのアルテッツァだ。
 それぞれのクルマはサイドブレーキの音と共に停車し、ドライバーが降りてくる。

 降りた智姉さんは勝ったおれを褒めた。

「良く勝てたな、オオサキ。お前は頭脳派相手にもがきながら勝てたな」

「ありがとうございます。自分の精神が毒に掛かった時、負けると考えておりました」
 
 負けたモミジはおれの健闘を称えてきた。

「中々やるね。ボクの頭脳から良く逃げ切れるとは……この調子でサクラちゃんたちと戦ってほしいね」

「うん、これからのバトルもこの調子で行くよ!」

 翌日、4月26日の12時――Maebashi市にあるSpeed葛西。
 今日もMaebashi市は雨が降っていた。

「母ちゃん――行ってくるぜ」

 ヒマワリが挨拶をして出ていく。
 ガレージにある他のクルマの中に混じっているSW20型トヨタMR2に乗ってエンジンを目覚めさせる。
 緑のタイツで包まれた脚で3S-GTEの楽器を演奏させ、ある場所へ向かっていく。

 雨の和食さいとう。
 ヒマワリは左足ブレーキとアクセルでSW20の荷重を調整させ、ドリフトで進入しながら駐車場に入っていく。
 猛スピードでバック走行して、白い枠の中に駐車させる。

「誰か来たな。エンジンは3S-GTEの音がした、車種はSW20だな」

「あの車は葛西ヒマワリ、姉と妹の敵討ちですかね?」

 その様子を智姉さんは耳で聞いていた。
 開いていく引き戸の音が響き、お客さんだと思われるヒマワリがやって来る。

「オレは葛西ヒマワリ、葛西3姉妹の次女で昨日大崎翔子に負けた葛西モミジの双子の姉だぜ。大崎翔子はいるか?」

「おれに用って何?」
 
 ヒマワリが来た理由について予想はできている。

「オレはお前にバトルを申し込みに来た。
 日程は今度の土曜日、5月3日に行う予定だ。サクラ姉ちゃんとモミジの仇討ちで挑んでやるぜ!」

 対戦相手になりそうなヒマワリについて智姉さんは解説する。

「葛西ヒマワリ……赤城ではミッドシップ(エンジンを車体の後方中央に置き、トラクション性能に優れる)乗りで有名なドライバーで、DUSTWAYでは雨原と姉のサクラに次ぐ腕を持つからな。運転の難しいミッドシップのSW20を上手く乗りこなしている走り屋だ。どうする?」
 
 解説を終えると、本当に挑むのか尋ねてきた。
 
 おれはどんな答えを言うのか――。

「挑むよ……このバトル! 君の姉と妹の敵討ち阻止してやるよ!」

 妹の敵討ちを受け入れるのだった。 

「分かったぜ、バトル決定だ! イィーネ! じゃあ5月3日の夜にはこいよ!」

 そう言葉を捨てるとヒマワリは玄関を去り、愛車のSW20に乗り込んで帰路に着いた。

 葛西ヒマワリ――新たなバトルの対戦相手が現れた。
 マシンはMRという駆動方式のSW20、この相手にどう戦っていけばいいのだろうか。

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