「ラストマイル」間に合うか間に合わないか
見てきました。
気合いの金曜鑑賞です。記憶が正しければ「ミンナのウタ」以来。都合ついたのがタイミング良かったと言うそんだけですが、やはり映画を公開初日に、絶望的にネタバレのないタイミングで見に行けるのは幸せという他ありません。特に今回なかなか演者絡みのえぐいのありましたからね。誰も教えてくれなかったことに感謝でした。そりゃ2回め上映の時間に行ったら当たり前なんだよな
※この記事にはネタバレが含まれます。ネタバレしかありません。見る前に読むな。たぶん新鮮な感動が100分の1くらいに薄まる。勿体無いです。やめましょう。
※やめた?
※映画を見た人だけ読んでね。
※しつこいくらい言うけど未見への配慮はしてません。
※俺は言ったぞ
いや〜世界一贅沢な中村倫也の使い方を見てびっくりしました。
東京リベンジャーズの映画で真一郎くんが高良健吾だったときくらい変な声出そうになりました。
中村倫也と綾野剛を並べて見られるなんて白石和彌作品かと思いました。パーカーでジャンプするの後ろ姿だけで伊吹か? とか思ってごめんよ佑
ついでに言うとその伴侶(未遂)たるまりかさんが仁村紗和氏でアバランチと青天での名演を思い返して天を仰ぐなどしました。おとなしそうな雰囲気でとんでもねえことをやってのける底知れなさが納得の配役でした。ほんといつも役が贅沢。
主演の満島ひかり岡田将生ペアもあの…なんて言うんですかね 最高がすぎましたね 野木亜紀子バースならぬ坂元裕二のシンパとしてはこの配役が発表されたときからずっとすずめちゃんとシンシンを思い出して仕方なかったし、その仕事ぶりの凄まじさを思い返すと期待値は鰻登りなのでした。見てすらいないのに名作がわかるってこれはすごいことだな?
脇を固める阿部サダヲ、ディーンフジオカ、火野正平宇野祥平もそうですが「キャストを見た瞬間にどんな芝居がくるかなんとなくわかる、その上でその味が生きた想像を超越する物語が展開する」という、いい意味で裏切られる配役が本当に絶妙でした。うーん素晴らしい。
いくら役者ファンアカウントとはいえ役の話ばかりしててもアレなので話の大筋の感想。
仕事って思った以上に自分を規定するし、価値観も染めていくし、それが逆に自分の矜持になる部分もあり、人生を賭けるに値する重みもあったりして、その大なり小なりは人によりけりだとしてもみんな生業を持って(あるいは離れて見つめ直して)自分という根を社会に下ろしながら生きている、仮に根本を失ってもまた自分の足で違う置き場所を探せるように、という社会の賛美ともとれるテーマを受け取りました。たくさんの人が出てくる群像劇めいた舞台設計ながら話がとっちらからないのはこの職業倫理ともいうべき価値観がすべての登場人物に共通しているからで、共通指針であるがゆえに行動原理の矛盾が少なくなる。更にはその紙一重の状況が極端な選択をした人間(山崎)への心理的な同調へと近づけていく。緻密な作劇だな〜と思いました。労働に対して真摯な人間であることは、ある面ではこの上なく正しく、ある面では非常に危ういという二面性を提示された気持ち。召命観は宗教の救済を前提にしているはず。個人の良心への教育にただのりするのではなく。
無駄に日本人、と自己を嘆くエレナに根付いた善悪や価値観の判断基準もまたエレナが経てきた環境が醸成したものであり、仕事を、そして仕事をする人間を大事にしているからこそ、最後の決断に至ったのだなと納得尽くで見られました。人物の行動原理に説得力がある。野木脚本の最大の魅力だよなあと思いました。
前作、前々作と踏襲された「間に合う」「間に合わない」の話、もっとガワの話をすると「愛する人が何らかの形で喪われたときに復讐を成し遂げてしまうのか、超克するのか」という問いに大胆かつ強気なアンサーを提示したまりかの解を中堂が肯定し、ミコトは否定するという構造も素敵でした。無辜の人間が傷つくのを避ける終わり方も溜飲の下げどころとしては非常に納得のいく後味の良い終わり方。元メーカー勤務の渋さに痺れます。運送業親子、めちゃ良かったな。彼らが主演でも話が成り立つ作りで。70のベテラン父と40の新米息子のデリバリーミステリはあってもいい。イーストウッドの「運び屋」みたいに…(またちょっと違う)
また今作には「かつて全てが終わったと思った元高校生」が2人出てくるんだけど、ひとりは機捜に入って恩人と同じ道を歩み(年齢的に警察学校出て20〜21歳くらいで抜擢されてるのでクソ優秀なはず)、もうひとりはアルバイトでバイク便をしていて奇跡とも言うべき巡り合わせでなきゃいけないところに大事なものを運ぶ。間に合ってる間に合ってる! と大興奮したし、あの日死ぬ気でいた子が巡り巡って人の命を繋げた事実が嬉しい。どうでもいいけど望月歩氏、君か! ちょっと前まで新潟で書記官やってたな?! 岡田将生氏に引きずられた朝ドラの幻影が帰着してああ〜?! ってなりました。まっすぐな青年役が板につきすぎです。その後が垣間見れて本当に良かった。人生は続いていく。
あと今作の重要なテーマのひとつに過労自殺(未遂)というのがあって、エンドロール後のテロップもそうだけど素敵なはずの労働、人生と価値観を醸成する労働が時に当人の辛苦のすべてになってしまい、逃れるにはもう死ぬしかないという極限に至らしめることもあるという負の側面にも言及していて、フェアだなと思うと同時に現実の問題そのもの過ぎて唸りました。「アンナチュラル」のUDIラボの雰囲気の良さ、「MIU404」の強く堅固な捜査車両内の関係だけが労働ではない。こなしてもこなしても終わらない仕事、自分が死んでもなお止まらない歯車。積載容量を超過しても止まることが許されないベルトコンベアは、日本の過度に発達した快適なロジスティクスの隠喩であるのみならず、経済、労働、市場そのもののメタファーでもあるなあと山崎佑の目線で見ながら思うなど。言うほど五十嵐は平時からパワハラ上司ではなかったと思うんですが(コミュニケーション能力高くないと外資で出世できなさそう)、ここぞという緊急のときにまろび出る言葉がいちばん「染まりきってる」のが心底企業の上の人感あってホラーでした。ディーンフジオカ氏の品の良さも相俟っての説得力。タフネスの煮凝りみたいな特別堅牢な人間が直属の上司だと普通の人間は平時よりも摩耗しちゃうよね。これも見た光景すぎて怯えました。
自殺とまではいかなくとも、心身ともに耗弱し家から出られなくなる、仕事に行けなくなる、仕事が怖くなる。エレナもそうした経験があり、アメリカ本社での休職を経て復帰後のポジションが東京という設定でしたが、事情は違えど休職中の自分にはこの「休職」という足踏みの状況がなんとなくわかるのもあり、リカバリして立ち上がるの立派だなあと思いました。孔に関しても前職の苦い思い出と表裏一体の無二の技術を生かして物語をぐっと進めますし、傷ついて落ちてなお新たに歩み出す人間の強さがそれぞれの柔らかさと共に描き出される。そう、この映画は2時間の中で人間が立ち上がる過程を何度も描いている。ひとつの取り返しのつかない絶望から生じた事件と、その事件を経ながら立ち上がる人間を描き出す対比の巧さもさすがでした。ドラマ2作のファンのみならず、自分の職務を全うする全ての人にご覧いただきたい作品だと思います。
あとは細かいことですが、志摩一未だいすき人間としては前作から数年経過して枯れの増した(疲れてるかも…)志摩に心躍りまくりました。キモくてすんません。良すぎる。おじさん的有害さにうっすら自覚的な志摩一未。ツボ。相方のフォローが的確かつ慈愛に満ちた志摩一未。ツボです。
六郎も研修医になってて医療者が板についてたのがなんとなく嬉しくもあり寂しくもあり。レントゲンの前で説明する所作が完全にドクターでした。
知人に「みうとアンナチュラルだけでなくカルテットや大豆田とわ子、アバランチ、最愛、罪の声、ファーストラヴなんかを見た人には絶対見てほしい」と息巻いた後で「やべ、中村倫也シークレットじゃん、ファーストラヴ(映画)はネタバレじゃん」とあわてたんですが、First Love 初恋(Netflix)、満島ひかり主演、これでも意味が通じる私はやらかしてない、と平静を保ちました。苦しいな?
邦画邦ドラファンとしてはこれだけの作品が国内で作られ、日本語で製作されるという事実がもう嬉しいですし、新井塚原野木の御三方が組んだ作品の面白さはハズレがないなと改めて嘆息。10月スタートの日曜劇場も楽しみです。昭和を描いた日曜劇場って「華麗なる一族」なり「天皇の料理番」なりだいたい名作なんだけど、その伝統を御三方の革新がどう超越していくのか見ものですね。きっと名作が生まれるんじゃないでしょうか。
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