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「リップヴァンウィンクルの花嫁」を見て派閥争いから離脱する話


 お久しぶりです。
 忙しかったと言い訳すると月並みですが、朝から晩まで仕事をしているとこう物理的に時間がなくなって、何か見ることはできても何にも書けないみたいなのが続いています。
 ロシア界隈に詳しいお友達から『巨匠とマルガリータ』という戯曲を借りたので、これもゆっくり読みたいのに。。
 世の中が悪いわ世の中が、と天に唾吐くように文句を言いながらなんとか日々を過ごしています。

 それはいいんですが、昨今ツイッターを見てるとなんか我らが綾野さんのラブコメなんて求めてねえチンピラこそ至高みたいな議論で割れてるらしいじゃないすか。
 綾野さんは綾野さんとしてそこに存在してあのお仕事をされている時点で世の中の幸福が約束されているのに、身の程を弁えず文句言う人いるんだーふーんと強火オタクの姿勢を崩さず半笑いで見てたんですが、ふとその最中で気になったことがあったんですよね。

 安室行枡ってチンピラなの? ラブコメなの?

 第1回怪文書ことヤクザと家族から綾野剛にハマりました! という拙エントリで書いた通り、綾野さんの演じたキャラの中で最も自分の性癖に突き刺さったのが「リップヴァンウィンクルの花嫁」という作品に出てくる胡散臭さの塊みたいな男、その名も安室行枡。絶対本名じゃない。オタク界隈で現在最も有名なあの「安室さん」とおそらく元ネタは一緒なんですが、考えたらこの人も作中トリプルフェイス(見た目的な意味で)みたいなとこあるので、その筋の人にもプレゼン打てそうなんですが…

 今回のこの不毛な議論で安室の名前さえ出てこなくて笑ってしまったし、「綾野剛概論の履修終わってないんじゃないの?」と思いました。
(※綾野剛出演作品を片端から見てレポートにまとめる行為を大学の授業よろしく「綾野剛概論」と銘打っています。1と2があります。ちなみに該当作は2の第2回課題です。)
 きっと安室行枡のことを知っていたらラブコメ求めてない! チンピラしか勝たん! みたいなこと言えなくなると思います。
 
 ラブコメにしてチンピラ。光にして闇。メフィストフェレス的でありながら、救済の福音を与える預言者でもある。
 清濁の両方を矛盾なく共存させている男。鼻を噛むように土下座をし、息をするように嘘をつく。
 うまく世の中を渡りながら、結構お人好しで依頼人に甘い。依頼人って以上の密度で肩入れするし、その割には情報を殆ど開示しない。
 何して生きてんの、むしろ何をしたらそうなるの、そもそもこの現世で生きてます……? みたいな非実在性と、実際世の中に存在している(おそらく存在することを詳かにされることのない)ドロドロに汚れきったところにいるような剥き出しの闇をうっかり抱えてそうでもある。
 もう現実世界では絶対関わり合いになりたくない、何か接点を持ったら骨の髄まで利用されて休みの日とか駆り出されて結婚式参列させられるんだろうな……でも縁を切る気にはならない、絶対この人脈もっといて得しそう、と思わせる何か独特の求心力があるような気がする。
 謎の男を菅田将暉がやったら久住になるけど、綾野剛がやったら安室行枡になるんだなあ。という、まさに怪演。
 これ結構中級者向け綾野剛だと思うんですが、各種サブスクで配信されてて見やすかったので、割と沼の初期に触れやすいのも特徴です。
(どうでもいいけどNetflixのサムネは詐欺だと思います。涙目で結婚式参列して拍手してるやつ。なんか感動もののラブストーリーだと思っちゃうじゃん。綾野さんとヒロインの。ミスリードもいいとこだよ!)

 ということでこの映画(ドラマ)はもう安室行枡の怪演を目の当たりにするだけでも十分お釣りが来るしお腹いっぱいになれるんですが、話の主題はそこではないし、それも込みですごくいいところがあったのでその話をします。

 黒木華さんすげーーーーーな。いや他の作品でも見てたんだけど、よくこんな難しい女を演じきるなあすご……と思いました。
 この作品の中で一番実在性が高いのって黒木さん演じる主人公の七海だと思いますし、調べてみたら岩井監督が「黒木さんを見て七海を造形した」そうで、役がハマるとかじゃなくてこれご本人のお人柄が投影されて描かれてるのか……と逆に甚く納得しました。
 セリフを発していない間とか、快不快を表明するときの些細な表情変化とか、戸惑いの表象とか、戸惑いつつも足を踏み入れる未知へのアプローチとか、尋常ならざる精度で描き出されていて、そこにはもう黒木さんはいない。七海しかいない。七海としてものを感じ、傷つき、受け入れ、前に進む姿。最初は本当に、地味で保守的で閉鎖的で、魅力のある人間ではないんですがそれがだんだん変容していく過程が抜群に良くて。それこそ安室の手引きでいろんなことに手を染めますし、半ば拉致に近い形で住み込みのホテルから連れ去られたりもするんですけど(あそこは屈指の名シーンだと思っている)、お屋敷に来てCoccoさん演じる真白さんと生活を始めるあたり、アアア……と声にならない官能がありました。いやほとんど脱いでもないし性的な描写も極小だったんですけど、あのメイド服とベッドの絵面に性的な目が介在してないというのは欺瞞だろうと。成人女性同士で、なんなら設定として真白さんは大病を患っていて余命幾ばくもないセクシー女優という「普通ではない女」のガン盛りみたいな人なんですけど、七海のお友達になっていく、それも一人で死ぬのがこわいから手を握ってくれるようなお友達を作りたいと願う、その姿に途方もない純真さが垣間見れて、何回か見てるとあの広く散らかったお屋敷を二人で歩いているシーンだけで泣きそうになるんですよね。
 性と死と、縁と嘘と、近くて遠いものが一緒くたになってぎゅっと生きる二人を取り巻いている。変な生き物を飼育する設定は、おそらく命に向き合う(意識的にせよ無意識的にせよ)彼女らの暗喩であって、ここでの安室行枡が狂言回しなのもまたいい。
 安室行枡は終始、すごく重要な役なのに、決して話の根幹を占めない。その冷笑的で、でもそれは「クライアントが望んだから」という姿勢を崩さない、何か職人気質のようなものは演者(綾野さん)が普段から言ってることとどこか類似するようでもあり、脇役に徹する美学のようなものを見た。でもそれを「本当はこうしたかったんですよ」的な説明は一切つけないし、微細な表情の変化にも、大袈裟で感情を爆発させてるような挙動にも、実は一切真意がないんじゃないか? この人のやることなすことは全て大嘘なのではないか? と思わせるような底知れなさが大変良い。
 また安室の話してたわ。要はつまり、綾野さんを役者として好きで崇拝する真意のようなものが、この安室行枡という男には全部詰まってるんですよね。

 なのでこの作品とこの役を吟味してなお「チンピラの綾野剛しか許せない」というのであれば、それはもう個人の感じ方の問題なので何も言わないけど、何となくルックスや見た目の雰囲気でだけそういうこと言ってるなら「まずはリップヴァンウィンクルから見たら?」と言うようにしたい、という話でした。

 考えたら「閉鎖病棟」「影裏」「楽園」の綾野剛三部作、さらには「怒り」なんかの役回りは、真白的でもあり、七海的でもあるのだよなあ。
 全部一人の人間の引き出しから成ってるってことが途方もなく恐ろしいことに思えてきた。
 こういうの全部追っかけたくなるから沼なんだよな。先達の方々が「沼」って呼称してたのめちゃくちゃわかるわ。

 はい。ということで、盛大な意見表明文だったわけですけども。
 まあなんせ色々な情緒をかき乱されるお話なので、アマゾンでもHuluでもNetflixでも何でもいいので見て欲しい、です!
 なんか先日ツイッターで見たけど、もうすぐ七海の誕生日みたいで、企画があるそうです。要チェックです。
 便乗したわけじゃないけどいいぞ!!!!と言いたくて書きました。
 
 派閥争いに消耗した人は安室行枡を見て心を癒すといいよ。
 黒でも白でもない、それが安室行枡。

 今日はこの辺で。またよろしくどうぞ。では。

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