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今日は怪我した話です。その手の話が苦手なかたは、読まないでね。

20代のある誕生日、姉に自転車を買って貰った。自転車で身体を鍛えようとは、思ってはいなかった。そもそも、運動神経ゼロ人間。自転車には小学校の時以来随分長いこと乗っていなかった。

じゃあなんで、自転車だったのか。
ビックウェンズデーという映画に出ていたジャン マイケル ヴィンセントという俳優がいた。ビックウェンズデーは、ざっくり言うと、サーファーの映画だ。

だったら、サーフボードじゃない?
いや、サーフィンには全く興味がなく、彼の出ていたCMが、かっこよかった。
彼が自転車に乗ってニューヨークあたりの街角を颯爽と走っている。すると彼は、あるビルの入り口から自転車に乗ったまま、するりとその建物に滑り込み、そのままエレベーターに乗り込むというシーンがあった。

めちゃくちゃ、カッコ良かった。

彼は、先にエレベーターに乗っていた人にクールに微笑む。金髪のサラサラした髪を揺らしつつ。
そこでCMは終了。それだけの映像だったのだが、ハタチの私を鷲掴みにした。
あれが、ニューヨーカーというものか⁉️
私も自転車でマンションの部屋にそのまま入ってみたい‼️

そんなわけで、自転車を所望してしまった。
カッコいいのは自転車じゃなくて、ジャン マイケル ヴィンセント。決して運動神経ゼロの私が乗る自転車ではない。

自転車がめでたく納品された翌朝、1秒でも早くジャンになりたい私は、朝食もそこそこに試運転してみることに。

行くあてもなく、ひたすら近所を走ってみる。椅子がかなり高い。
降りて椅子を下げるべきだった。
だが、ジャンはスポーツタイプの、前のめりになる自転車に乗っていた。

椅子は、高いからカッコいいのだ。

そう信じた私は、そのままカッコつけることにした。住宅街。ぐるぐるとただ走る。
なんだかちょっと安定しない。
しばらく走ると、T字路が待っていた。
さあ、右に行くか、左に行くか。
つきあたりに民家。玄関横にバイクが止めてある。
どっちだ?どっちに行く? 
道はゆるい坂道になっていた。
自転車は結構なスピードが出ている。

熱湯風呂を思い出して欲しい。
押すなよ、押すなよ!といいつつ、期待通り、熱湯にドボンと落ちるやつ。
あの時の私が、それだっだ。

ガッシャン。

期待通り、民家に突入してしまった。
正確に言うと、民家の玄関横に留めてあるバイクに突っ込んだ。

バイクが倒れる。
まずい。
壊してしまっただろうか。

とにかく、バイクを起こさなければ。
そのとき、ひざをすりむいていることに気づき、しばらくスカートは履けないなあ、、、と呑気に思った。
バイクを起こしていたら、シートに赤い液体がポトリポトリと落ちる。

あれ、私、怪我している?

そう思ったとき、この家のかたが出てくる音がした。

「どうかされましたか?」

振り向くと、大学生ふうのおタクっぽい青年が目の前に立っていた。

「ごめんなさい。バイクを倒してしまいました。壊れていないか心配です」

と、私は青年に告げた。

あー、あの、、み、、耳が!

青年は、そう叫んだ。
え?何?
左耳を触ると、手が血だらけになった。
耳を切ったのだ。

事の重大さをやっと知った私は、どうかしていた。

「すみません、私、今、ちょっとどうかしています。今から病院に行きたいのですが、ひとりでは怖くて、申し訳ないのですが、付いてきてくれませんか?」

と、言っていた。
なんて図々しい。
怯みながらも青年は、いいですよと言い、自転車を持ってくれた。病院は歩いて2〜3分のところにある。

青年は、私を見ようとしない。
時折、ああ、、、とか、
ううう、、、とか唸っている。
怪我をしたのは、私のほうなのに。

病院に着くなり青年は、
「ここでいいですか?もうこれ以上、血を見ていられません。お大事に!」

と、私の返事も待たず、風のように消えて行った。

「あらあら、彼氏、帰っちゃったけど、いいの?」

と、看護師さんに声を掛けられた。

「あ、彼氏じゃないんです。今、出会った人で。不安だからついてきて貰ったんです」

あらまあ、親切な人ねぇ。

その声を聞きながら、診察室にそのまま通される。私を見た医師が、即、言った。

「あー、うちじゃ治せないや。おっきい病院に行ってね。今、救急車、呼ぶから」

マジすか。

あっという間に私は救急車に乗せられた。
ピーポーという音に反応し、近所のおばさん達が何ごとか?と、表に出てきた。

いや、ちょっと、ジャン マイケル ヴィンセントになりたかっただけっす。

私は、総合病院に運ばれた。

形成外科だか整形外科だかの前のソファで、問診を受ける。
「今ね、先生は手術中なんです。もうすぐ終わるから、ここで待っていてね。すぐにあなたの手術をしますから」

手術、、、

それまで、割と平常心を保っていたはずの私が「手術」という単語を聞いて、やっちまった!
と、やっと自覚した。
手足から、すーっと血の気が引く。

やばい。
気持ち悪いんですけど。

看護師さんが、ソファに横にならせてくれた。


しばらくすると、手術を終えた医師がやってきた。私の耳を見るなり、

「派手にやっちゃったねぇ。麻酔するよー」

と、耳の大丈夫な部分に麻酔注射を3〜4本、立て続けに打った。
怪我したところより、注射のほうが痛い。

「先生、お願いです。
ちゃんとお嫁に行けるように治してください」

何を言っちゃってるんだろう、自分。
先生は、アタマ打ったかな?と、思ったに違いない。

ちっくん、ちっくんと、医師は切れた耳を縫い合わせていく。
ちっくん、ちっくん、、、かどうだったかは、実は分からない。麻酔をしているから、私の左耳がどういう運命を辿っているのかは、分からなかった。

アタマの中は、ジャン マイケル ヴィンセントではなく、違うヴィンセントのほう、ヴィンセント ヴァン ゴッホを思い出していた。彼も耳を切ったはず。

もう、私を向日葵と呼んでくれ。 

気づくと、助手の先生の腕をしっかり掴んでいた。怖かったのだ。

「はい、終了。一週間後にもう一度来てね。抜糸するから」

「先生、何針くらい縫ったんですか?」

「数えてないよー。沢山、縫ったからねぇ」

と、平気で笑う。

この時は気づかなかったが、耳は切れたのではなかった。裂けたのだ。
(今、血の気が引いたひと、ごめんなさい)

一週間が長かった。
作詞の仕事はラッキーにも入っていなかったので、ひとまず、バイク青年に菓子折りを持って謝りに伺った。
家からは、青年ではなくお母様が出てきた。

「息子から聞きました。大変でしたね」

「バイク、壊してしまったのではないでしょうか。本当に申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。元々、もう乗っていないバイクだったんです。気になさらないでね」

「あの、息子さんは?」

「今、出かけているの。戻ったら、伝えておきますね。ご丁寧にありがとうございました」

お母様は、そう言ってヨックモックのクッキーを受け取ってくれた。
なんて心の広い、優しい家族なのだろう。
バイクの修理代、めちゃめちゃ請求される場合だってあるのに。

もしかして、青年は家にいたのかな。
いたんだけど、あの血を思いだすから、会いたくなかったのかな。

なんてことまで考えた。
いずれにしても、私があの青年に与えてしまったショックは相当なものだっただろう。

耳は腕の良い先生のおかげで、見事にくっつき、今では、傷跡も殆ど残っていない。

しかし、嫁に行けたか?
と言えば、行けていない。
耳のせいでは、ない。

自転車には、あの日以来一度も乗っていない。駐輪場ではなく、ずっとマンションの部屋の中、テレビの横に置かれたままだった。

自転車で、うちの中にすんなり入ってしまう状態。

夢は叶ったのだった。


※今日は、サマーさんのイラストを使わせていただきました。ありがとうございました。

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