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持ち味を生かす、とは ?持ち味と行動の一致が 唯一無二になる。


今回も長文ですが、汗
若い学校の先生の言葉、最後のほうの項目まで読んでくだされば嬉しいです。
パーソナルスタイリングで最も大切にしていること、の一つが
その人の持ち味を生かすこと。強み、は人と争うニュアンスが含まれるが、
持ち味は 唯一無二な人生そのものをクリエートしていくもので
マインドフルと連動しているからこそ。

24歳の娘から突然。

『ママ 生まれたときと1歳くらい、3歳、とか5歳くらいの写真送って!、で、生まれたときの話と小さいころの話とか聞きたいから電話していい?』

とラインがきた。

わかった、とアルバムに貼った写真をスマホで撮り、何十枚か送る。

姪っ子の結婚式&幼いころの写真

わ~ たくさんありがとう。と喜んでいた。
そのあと電話があって、40分くらい子育ての思い出を語り、
とても丁寧な時間がすごせた。久々に母子手帳を出してきて、びっしり書き込んだ彼女の様子を伝える時間は 超絶マインドフルだった。

彼女は小学校の先生だ。
自身が小学校のときからの夢、学校の先生になる!を叶えた人だ。
その結果だけを書けば順風満帆。

たどり着くまでの紆余曲折

しかしそこにたどり着くまでは、かなり紆余曲折があったと思う。

親の私が『ファッション』という一見煌びやかな世界にいるわけだから
高校、大学くらいのときは、かなり影響を受けたようだ。

大学生の時には、アルバイトで家庭教師をやったり、飲食もやってみたり
するなかで、突然、服の販売員をやりはじめた。

そのころの様子 うん もちろん スタイリストになれないわけじゃない
自身の 似合うもよくわかってます

え、そこまで好きだったんだ、と正直私は驚いた記憶があるが
今思えば、親がやっている仕事に、自分なりに 少しは触れてみようという
気があったのかもしれないなと。

販売員のアルバイトも続けながら、就職活動に入る時期が来た。
大学の教育学部に進んだとはいえ、そのまま先生になる人のほうが少ないという。まぁそりゃそうよね。

で、どうするの?ということが直面したとき、彼女もすんなりとはいかなかった。

あるとき、服の道の進路だって少しは考えている、ということも言ってきた。そこから派生して、ブライダルにも興味があるという。

しかし、長年彼女を一番近くで見てきた私と夫は、子供たちの思い優先ですべての子育てをしてきた最終段階で、割と頭ごなしに反対した。

たぶんはじめて、子供の意見に反対したのだ。

公務員が安定だからとか、そういう世間一般的な理由などではなく、彼女の本質・持ち味を見てきたからこそ、私はたぶんこんなようなことをいった。

ファッションなめちゃいけないよ。
ママが好きなことだけを やってる思ったら大間違い。

家業を継いで欲しいと思いながらも


普通なら、事業を継いでくれることになるかも知れない可能性を喜ぶのかも知れない。それなら 会社も安泰ね、と。

しかし私は、パーソナルの分野を30年、追及してきた人間だ。
気がついていることに嘘はつけない。
人間にはそれぞれ持ち味があって、それが生かされることの幸せ
服を通じて何万人もの事例を見てきたわけだから。

娘の持ち味を22年間見てきた私に
「ママの仕事を引き継いで」とはどうしても、言えなかった。

もしいつか、そんな日がくるとしても、まずは自分の人生を自分でつかんでから。自分の持ち味を、自分なりに社会に生かす、その感触を得てからでも
十分遅くはない。

ファッションの道に本気で進むのなら、なおのこと、そう思っていた。

幼いころから察知してきた子供たちの特性。


彼女が幼いころ見た夢は 単なる夢ではなく
持ち味に直結しているということを、はやいうちから感じ取っていた私。

勉強がわからないお友達に 教えるその生き生きとした姿。
わかってくれたとき うれしいんだよね、教えるの好きなのかも、って笑ったその笑顔。
生き辛さを抱える兄と 一番 ナチュラルに接してきたことも、現代では3人に一人という 発達性障がいの人たちに、自然に対応できる能力になった。(我が家は彼女以外、特殊です)それこそ持ち味だ。

妹なのに、兄ちゃんが乗るパンキーを 後ろから一生懸命押してあげる、ああなただった。自転車の前の籠に座りたがる兄の我侭をすんなり受け入れて
自分は機嫌よく、後ろに座っていたね。
孤立しがちな兄のうしろにくっついて、特殊だったろう遊びにも、面白がって付き合う、明るくほがらかな持ち味が兄を救ってきたと思う。

仲良しです。こういう加工が流行ったことあったよなぁ これいつだろ。娘がくれた画像にはそのときの 今があった 不自然も、時代?


夫とは、掴み合いのけんかになるほど 進路についてバトって(笑)
ほとぼりが冷めたころ、気がついたら彼女は、教員試験に向かって、一層の努力を始めていた。

大学でも、比較的最後の最後のほうで決めたようで
準備期間は正直少なかった。
短期間での集中力と努力、そのときの彼女は、頼もしかった。
人間、マインドが自分の軸に繋がったとき、凛とするものだ。

小さいころからの夢。
大人になるにつれ、現実を知ったり、周囲の意見に流されたり、親の仕事も見たりしながら揺れ動くのも当たり前で、誰しもがそういう経験があると思う。

悩み切った挙句の果てに、彼女は小学校の先生になった。

人は条件で持ち味を発揮するのではない。

たくさんの悩みはあっても、4月には3年目を迎える彼女はもう新人では、ない。
水を得た魚のように、自身の持ち味を発揮して
生き生きと仕事をしている。

世の中は 学校の先生は地獄だとか、時間外勤務が多すぎ問題とか
負担のかかり方が尋常じゃないとか、
後ろ向きな報道ばかりされている気もするが

そういわれてしまうのは そういう問題も実際にあるからでしょう。

でもね、どんな条件だろうが こうして生き生きと、子供たちをしっかり
見てる先生達もいるよって
リアルを見ている母親としては、世の中に伝えておきたい。

持ち味が生かされている、からこそ 彼女は
【大変そう】な現場でも、腐ることなく人並み以上の努力も苦とはしていない。何でこんなに働いてるんだろ、と、言いながらも、うちに帰ってきてからも 明日の授業の準備。クラスの雰囲気がもっとよくなるように、あらゆることを考えて 寝る時間も惜しんで
一人ひとりの子供さんの持ち味について、まっすぐ向き合っていた。

時には相談を受けることもあった。(今は 一人暮らし)

将来の夢、を書いた小学校のときの絵
一人暮らしの物件探し 父娘。


私の場合も、、、
世の中になかった職業 パーソナルスタイリストの立ち上げ
会社経営、正直、泥沼の中を、はいつくばってきたような苦労もあった。

周囲がもの凄く心配しても、、実は本人
いつもどこか 面白かった。がんばることに、違和感がなかった。

私と娘は、違う道を進んだけれど、お互い自分の持ち味も
人の持ち味にも向き合って、教授していく、と言う意味では、同じようなことをやっているな、と思うことがある。


だから

人から見て大変そう、は自分の基準じゃない。

また 人目を気にしすぎる限り、自分の持ち味は育たない。


持ち味の本質の一つは、楽することなく、人並み以上に努力できることなんだろうと思う。
やれと言われてやるんじゃなく 自主的に。
頼まれたからやるというのではなく 自らが参画し、役に立とうとする行為。
そうした行動は、自然と周囲にも良い影響を与えていく。

彼女の2年間は、そんな2年間だった。
親ばかじゃなく これでも会社を経営してきた人間の、シビアな目から見ても そう思う。

もし、服をやりたい、まぁ いいんじゃないの、になっていたら
彼女はきっと 並以上の努力をするには 苦しかったとおもう。

持ち味と行動の一致が 唯一無二になる。

また長男の場合なら
世間がいう【絵でなんか食べていけるの?】という言葉に殺されていたら
わたしも子供も路頭に迷った可能性がある。


それを言う人が悪いわけでもなんでもない

人のせいになんか一つも出来ない事も私はわかっていた。
彼の持ち味を尊重するかどうか。
それは 愛を持って見守ることだけだった。
見守る行為は、忍耐でもある。笑

ただ、彼が白いキャンバスに向かう姿には 迫力がある。
持ち味と行動の一致=唯一無二を誰も邪魔することはできない。

小学生のころの 書きなぐり
中学生のころのノート 初の一人暮らしは あえて レトロなアパート
今はここからはまた、引越しをした




持ち味が必ずしも職業に直結していなくてもいい

そうなっている人のほうが少ない気もするし
職業直結だからこその苦しみもあるわけで

持ち味の生かし方は、自分が関わりたい、興味がある分野で
トップに立たなくともヘルプできたり、それぞれの持ち味を持ち寄り
起業することだって可能
だろう。

ただ大事なのは、どこで役立てるか?ということを
自分の持ち味を客観視できること。
そしてやってみて、反応を見ること。

最も大事なのは、継続していくことだとおもう。
アクションに責任を負うことだ。

愛を持ってやってきたことは、何か。

ファッション業界歴37年、パーソナルスタイリストを21年、
働きながら必死だった二人の子供の子育ても、職業ではないかもしれないが 母親暦も28年になる。今はもう二人とも手はかからない。
自立して 二人とも自身の持ち味を職業にした。

パッとした持ち味がない、と悩むひとにも、やってきたことの中には
必ずヒントがあり、またそれはどれだけ反省があっても
そこに愛があれば、必ず、誰かの役に立てる
ことがある。

この 内省を繰り返すことも 最も重要で
その先の進化は【持ち味】になると思う。

人と社会に役立つ持ち味のヒントになれば幸い。

▼弊社併設 MFJのオフィサーのポストにもヒントが。


パーソナルスタイリストは人育て

同時に自分も育てられる。

パーソナルスタイリストを続けることは、人育てであり
子育てをしてきたことは大いに役に立っていると感じる。
しかも育てにくい特徴を持つ長男を育てたことは
現代の多様性を深く理解できる経験になった。

最近では、発達性障がいの子供を育て上げた親として
アドバイスが欲しいという機会も増え、スタイリストの枠を超えての
活動
も始めている。
発達性障がいは 世の中に認知されるようになり、教育現場でも
その指導方法など、長男を育てた時代より格段に、手厚く守られ
認められるようにもなっている。

しかしまだそれもきっと手探りなのだろう。
その結果、持ち味が社会に生かされるかどうかまで、教育機関は責任を取らないだろうから。

教育機関が手厚くなればなるほど、社会に放りだされたとき厳しいのかもしれない。

実際 ひきこもったお子さんを引き出して欲しいというオファーは正直多いのだ。表には出せないところに真実は在る。
今まで、ファッションから引きこもりを外に出してきた、という経験はあったが、現在は、子育ての経験から親御さんの相談にものっている。

【マインドとファッションの学校】設立から得た経験を社会に還元することは、多様性が大きく注目されるだいぶ前から考えていたこと。

最近では 学校向けにも、ファッションと持ち味について、新たなプログラムを作成中だ。いずれ娘と共有できたらと思う。

生き辛さを抱える人にとって、ファッションはハードルが高かった。しかし彼らは感性が鋭く、ちゃんと自分を理解してくれていると言う人の話には耳を傾け、服を感覚だけではなく、知的に教授すれば
着替えたくなる=自分の本当の持ち味を外に滲み出せることができる、のだ。

一見マイナスに感じる特性を長所、唯一無二に変換させる。
これは すべての人に有効なメソッドであり
こんな画期的なアプローチはファッションがあってこそできる 新しいプログラム・未来だと感じている。

最後に 娘が言ったことは、二つ。

①ママ、学校の先生ってつくづくいい職業だなって思った。
小さいころの写真を見ながらあらためて親の話を聞ける。
授業でそういうことやることがなかったら あえてこんな時間、あったかな。
聞いたことがあったような話しも、大人になって聞くとまた違って聞こえる。ほんとうに、ありがとう。

②最近は、特徴があり、手がかかる子供ばかりが手厚くなっている傾向がある。
また なんでもかんでもいいよ、それは 相手を逆に認めていない。
駄目なものはだめと教える
その加減は教科書には載っていない。
甘いだけでは、可能性を潰すこともある。
同僚で、あきらめずにその行動に出た先輩先生からも学んだよ。

何度も何度も注意して、あきらめなかった。
そしてそのこは ちゃんと伝えたことができるようになった。
自信もついた。

そして自分は 育てやすいとされる普通にちゃんとしている子供たちを
忘れずしっかりみていこう
と思う。
手をかけずとも問題なくやれる子達をちゃんと褒めてあげたいの。

そのこたちのいいところが、埋もれてしまうことは
絶対ちがうから。


持ち味を大切にしようとする我が子の話を聞きながら
母は目頭が、熱くなった。

兄弟&夫(はしっこ)
成人式 妹を、撮る。


Z世代の感性が社会に生きてくる時代へ

多様性が当たり前な娘や、もっと若いZ世代にとって【持ち味】は特別なものではないだろう。
しかし子供の数が少なく、この狭い限られた友達間の中で 浮くことを最大限のリスクとして考えてきた彼らの常識もある。
自分が育った世界とはまるで違う生き辛さを、特別な特徴を持つ持たない関係なく、若者は強いられてきたことも事実だ。
ネットの誹謗中傷もあたりまえ
いじめの質も違っている
そんな中でも 生きる場所、生きる能力を身につけて
ひたむきに生きている

中にはそのすべてをぶっ飛ばして、大活躍していく若者も多く、目が離せない世代だ。
オリンピックを見ていても希望しかない。

ときどき ぎょっとするほど価値観が違うことに笑ってしまうが
その ハッとする感覚そのものが、ファッションであり、今なんだろう。

彼らと対話し、日常的にその生活ぶりに触れることから

私はまた、ファッションを前進させていく。















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