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言葉

私が若かった頃には、セクハラやパワハラやモラハラなんて言葉はなかった様に思う。
セクハラに関しては、割と早くからあった様にも思うが、パワハラやモラハラなんて言葉は私の中ではごく最近耳にする様になった。

パワハラという言葉を聞いたのは、夫が会社勤務の頃、若い部下が夫の上司からパワハラを受けていて、それを庇ったために、今度は自分が標的になった、なんて言う事を聞いたのが始まりだと思うので、10年くらい前の事だと思う。

夫はそれをきっかけに随分と悩んだ末に会社を退職した。

夫の部下がミスをしたのだそうだが、それを半年以上も上司が責め続けて、その部下がついに会社から飛び出して、家に篭って辞めるといい始めたのが事の発端だった。

部下は、夫の部下なので、注意するなら夫を通して注意をするべきなのに、直接夫の上司がその部下を毎日責め続けたそうだ。

夫は、本社へ行って、そういう上司がいるという事を訴えた。

本社から、調査が入った。
結果、上司は何ヶ月かの給料減額処分となり、部下は配置替えになったらしい。
だが、それは、夫を窮地に追いやる事になる。今度は夫がやられる立場になってしまった。

毎日の様に、夫のパソコンに長文メールが届く様になり、それが他の人にまで同時に送られる様になったらしい。夫は、それを無視していたら、どんどんエスカレートして来たようだった。

私は、毎日会社から帰って来る夫から話を聞かされて、不安が襲って来たが、こればかりは夫の会社の事であり何もしてあげれなかった。

夫は、いつからか、辞表を胸ポケットにしまい出社していた。
それを、とうとう上司に出してしまった。

上司は慌てて、引き留め、それが受け入れられたかのように思ったらしかったが、夫の意思は変わらなかった。

私もその頃、丁度心を壊しかけていて、それが追い討ちをかけた様だ。

夫の父が亡くなり、その相続で、会社を辞めても何とかなると言う事も大きかった。

あの時、私が無理をせずに、心平穏な日々を過ごしていたら、どうなっただろうか?とも思う。

が、それは後から思う事であって、どうしようもない事だ。

夫と一緒に、昇格する為のセミナーに通っていた人達は、その後皆んなその会社の上層部へと昇進していった、と聞いた。夫も、あのまま引き留められるまま残っていたら、昇進していたのだろうか?と思う。

そうさせてあげたかった、とも思う。

夫の故郷へ帰ってもう9年近くになる。

最近になって、上京した時に、夫が慕っていた元上司と会って飲んだ時、その時の話になり、あの時は助けてあげれなかった、と言われたらしい。

そうか、その上司でも手に負えない相手だったのか、と思ったものだ。

そんなこんな、思い出すが、今になって夫の頑固な一面を見ると、そういう一面もあの時に災いしたのかなぁ?とも思う。

思い出しながら、無理をして、またあの時の様に心を壊したらいけない、と自分にも戒めている。

いつも、明るくて元気な友人から、私はいつも不安そうで、怒っている、と言われた。

不安な時に、その友人に相談しているからそう言う事になるのだろうとも思うが、いつも心を落ち着かせて、ドンと構えていられたらいいなと思う。

そういう事を思いながら、今日は過ごしていたら、仕事が割と上手く行った様に思う。

自分をご機嫌にする事は、とても大事な事なんだなぁ〜。

その為に、明るい話題の本を読んだり、心を明るい方向へと持って行ったら物事は上手く行くのかなぁ、と思った。

しかし、これは、個人のパーソナリティに関係して来るので、なかなかいつもいつもそうしていられるとは限らない。

家族の中に、機嫌の悪い人が1人いるだけで、何だか冴えないなぁと思う。

夫の頑固な一面は治らないだろう。

せめて、自分がご機嫌でいられたらいいな、と思う。

パワハラとかモラハラとか言うのは、この世から無くなったらいいのに、と思う。

言葉ではなく、本当にそういう事がなくなれば、平和な世の中になるだろう。

パワハラは、子供のいじめの延長線上にある様にも思う。

皆んなが、人の事を思いやれる世の中になれば無くなるのかなぁ?

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