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【離島での夏休み】思い出は繰り返す

「昨日、島に子供らと帰ってきたよ」と弟からのライン。

「島」とは、父の生まれ育った瀬戸内海に浮かぶ小さな島のことだ。

スーパーも病院も学校も無い、今では島民10人にも満たない小さな離島。祖父母は漁師を生業としていたが、5年前に祖母が他界してからは家には誰も住んでおらず、父が2週間に1回程度、島へ渡りメンテナンスを続けている。

お盆を前に、父が弟と孫達を連れ、少し早めに墓参りに帰ったようだ。

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「あぁ、もうお盆か…」東京にいるとコロナやオリンピックやらで、すっかり失念していた。

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私の小さい頃は、夏休みは祖父母の実家で過ごすのが定番だった。

夏休みが始まると、まるで集団疎開でもするかのように、1ヶ月分の荷物をまとめる。島への交通手段は「番船」と呼ばれる定期船があるが、父が持っている小型のボートで親子4人で島へ向かう。近くの港から20分ほどで到着する。

お盆が近づくにつれ、親戚が島に集まるから実写版「サマーウォーズ」のようだ。


島の生活は自然とともにある。

毎朝6時に起床し、従兄弟達とラジオ体操をした後、涼しいうちに縁側で宿題を済ませる。昼からは、畑へ行って夕飯用の夏野菜を収穫したり、人っこひとりいない海で泳いだり、スイカ割りをしたり、釣りをしたり…

隠れんぼなんかしたときには、島中隠れるところだらけで、永遠に終わらない。毎日遊びが尽きなくて忙しい。

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夕方になると、祖父が漁から戻ってくるから、大人達は皆、急に慌ただしくなる。孫達は、祖父が獲ってきた魚を我先に見ようと、桟橋まで台車を走らせる。干し海老として販売する用の海老を、茹で上がった瞬間にハフハフしながらこっそりつまみ食いするのが至福の時間で、あれ以上に美味しい海老をまだ食べたことがない。

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そうだ。忘れもしない、小3の夏休み。「じぃちゃんの新しい漁船ができたから見にいこう」と父に連れられて、マリンに行った。

初めて見た陸にたたずむ漁船は、想像の何倍も大きかった。船の底ってこんなになってるんだ…と見上げながら、完成したばかりの船に手を触れると、思いの他表面がザラザラしていた。

凪いだ海に、船が浮かぶ。

みんな「おぉ!」と歓声を上げるなか、私は正直その小ささに拍子抜けした。陸で見上げた船は「巨大な怪物」みたいだったのに、広大な海に浮かんだ途端、まるで「お風呂に浮かぶ船の模型」みたく小さく見える。それでも白とブルーを基調としつつ、濃紺のラインが黒光する、祖父の新しい船は「カッコいい」の一言でしか表せなかった。

弟と先頭の特等席に座らせてもらう。船は大きいから、小さな波ではビクともしないが、目の前を巨大な貨物船が横切ると船が大きく上下する。遊園地でアトラクションに乗っているかのように水飛沫が飛んできて、弟とキャッキャと喜んでいた。

それから私は中学生、高校生となり、夏休みは部活やら受験やらで島に帰らなくなった。それに友達と街で買い物したり、遊園地に行ったりする方が楽しくなった。

それでも、島での生活はいまだに鮮明に憶えているから不思議だ。

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「めぐちゃん、じぃじのボート、乗ったことある?」

と5歳の姪っ子が私にたずねる。「じぃじのボート」とは父が島との行き来に使っている小型のボートである。祖父の漁船に比べたら、比較にならないぐらい小さい。

「じぃじのボートに乗ってね、大じぃじのお家に行って、お墓参りしたよ。あと、お魚も釣ったよ。」

どれどれ…と送られてきた写真を見てみる。

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あらら、随分かわいいメバルさん…ご愁傷様です。

姪っ子たちにとっては、じぃじのボートは、非日常の世界へ連れてってくれる魔法の乗り物のようだ。遊び疲れて、船に揺れられると眠くなるよね〜。

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短いながらも、島での小さな発見の積み重ねは、この子達の感性に訴えかけて、心を豊かにしてくれるに違いない。きっと大きくなったら、思い出すよ。

上京してから15年、一度も島には帰っていない。

コロナが終わったら、久しぶりに島に行きたい。


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