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6月はKimono Beat

 足立区の「六月」という地名が気になってる、じゅんぷうです。

 6月を歌った曲といえば、あらゆる意味で異色で印象的なのが松田聖子「Kimono Beat」(1987)。

 作詞:松本隆/作曲:小室哲哉

 フックの効いたAメロのリフレイン、サビ前の転調、麻薬的ループのサビという、文句なし黄金のTKクオリティ。TK氏といえばこの前年に渡辺美里の「My Revolution」が大ヒットして、渡辺美里のプロデュースに加えて中山美穂や堀ちえみなどアイドルへの楽曲提供に乗り出し始めた時代。その中でも「制約なしに簡単に曲が書けた」とのちにおっしゃるほど、聖子ちゃんの歌唱力があるからこそ自由に仕事をされた曲が「Kimono Beat」なんですね。

 で、何が異色かって「Kimono Beat」という言葉がまずものすごく強い。

 松本隆先生がそれまで描いてきた聖子ちゃんの世界の中には「Kimono」も「Beat」もなかったわけです。そこへきて歌い出しが

紫陽花の花の色 ぼんやりと霞む雨

 なのでこれは梅雨、6月の歌と認識しますが、まず聖子ちゃんに紫陽花というのが、おや?となりますよね。この光景、絵としては浮かぶけれど聖子ちゃんが歌うと、いつものお花と何か違う。すみれひまわりフリージア、スイートピー、野ばら、プルメリアの世界とちょっと違うやん?「え、何を歌うんだろう?」とものすごく気になっちゃうんです。そして聴いていくと、これ、着物を着てお見合い中、気になって尾行してきた彼と逃げ出しちゃうという歌なんです…!

 聖子ちゃんが着物を着てお見合い

 そんなのないよ!

 紫陽花 晴れ着 竹林 義理のお見合い 振り袖 牡丹

 聖子ちゃんの世界にそれまではなかったワードが散りばめられていてびっくりします。天国に手が届きそうな青い椰子の島にいた聖子ちゃんが「竹林」? TKサウンドとのギャップがすごい世界観ですが、サビのフレーズは

Kimono Beat 逃げ出そうよ 指と指を絡んでね
Kimono Beat 未来くらい 自分の手で選びたいの
Kimono Beat 頑固すぎる パパとママはあわてても
Kimono Beat かまわないわ あなたと生きたいの

 Kimono Beatというフレーズは強調されるものの、これは違和感のない聖子ちゃんの世界観。2番では、

Kimono Beat 細い路地を 走り抜けて砂浜へ
Kimono Beat 一張羅の 晴れ着なのに台なしだわ
Kimono Beat 雨上がりの 光の矢に包まれて
Kimono Beat 振り袖から 牡丹が風に舞う

 果たしてこの砂浜は、白いパラソルや渚のバルコニーや小麦色のマーメイドと同じ海につながっているのでしょうか…? 違いますよね、振り袖着てるから。竹林から走ってきたから、わかんないけどイメージは鎌倉? そして「雨上がりの光の矢」。この描写って「瞳はダイアモンド」

幾千粒の雨の矢たち 見上げながら うるんだ瞳はダイアモンド

 を思わせます。<雨上がりの光の矢>/<幾千粒の雨の矢>に<ダイアモンド>の光。時間の流れやその速さを表すときに使われる<矢>ですが、どちらの詞もものすごく映像的でいてその瞬間は永遠に切り取られた静止画にも思えます。
 クライマックスは「振り袖から 牡丹が風に舞う」。あでやかな牡丹柄の振り袖を風にはためかせながら、砂浜を走る聖子。今は紫陽花の季節で、もう牡丹の季節は終わった。パパやママに強制される季節は終わった。お見合いなんて古典的な儀式の時代は終わったというメタファーと理解しました。それまでの聖子の世界では見たことのない新しい世界。だからこそ聞いたことのない言葉「Kimono Beat」と表現されたのかなと思います。しかも、梅雨時に牡丹の柄着ちゃうってどうなんだろ?「一張羅の晴れ着」だから選びようがなかったのか、自分の気持ちは決まっていた(終わっていた)から、終わった季節の花を着たのかな。

 この曲が収録されているアルバム「Strawberry Time」は聖子出産後の復帰作なんです。25歳。今思うと、当時の25歳の女ってこんなに夢見てちゃいけないような空気だったかもしれません。

 それに「Strawberry Time」自体がものすごいアルバムで。作詞はすべて松本隆先生ですが、作曲陣は大村雅朗さんをのぞいては初起用のミュージシャンばかり。これの前のアルバムも大沢誉志幸や来生たかおなど男性ミュージシャンが名を連ねていますが、TK氏、バービーボーイズのイマサ、米米CLUB、UP-BEATの広石さん(スキ)、大江千里などなどこうして名前を並べるだけであのころの「PATi・PATi」の目次かなというような布陣。しかもシングルカットされた「Strawberry Time」はレベッカのキーボード土橋安騎夫さん作曲で、TK氏はのちのインタビュー記事で「くやしかった」と語っています。聖子ちゃんのシングル曲を担当するのは作家として勲章だと。それがのちのち女性ボーカルプロデュース業につながっていくわけですね。わたしの思うベストTK楽曲「JINGI・愛してもらいます」(中山美穂)についてはまたの機会に。


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