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【154.水曜映画れびゅ~】"The Zone of Interest”~観たいものだけ、観るな~

"The Zone of Interest"関心領域は、5月24日から劇場公開されている映画。

昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリ受賞、そして今年のアカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、2部門受賞しました。

㊗ アカデミー賞 受賞!!

★受賞
国際長編映画賞・サウンド賞
☆ノミネート
脚色賞・監督賞・作品賞

第96回米アカデミー賞 結果一覧

作品情報

マーティン・エイミスの同名小説を、英国の鬼才ジョナサン・グレイザー監督が映画化。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?

公式サイトより一部抜粋

アウシュビッツ収容所の隣で…

舞台は、第二次世界大戦中。

ドイツ軍の優秀な司令官ルドルフ・ヘス。彼の邸宅は、美しかった。庭は豊かな緑と花に囲まれ、小さいながらプールも備わっている。ルドルフはそこで、妻と子供とともに暮らしていた。

ヘス家の日常は、実に穏やかだ。ルドルフは忙しい仕事の合間を縫って、子供たちと過ごす時間を作る。妻のヘートヴィヒは、邸宅に友人を招き、優雅な時間を過ごす。

そんな穏やかな日常だが、”何か”がおかしかった。しかし、誰も"それ"を見ようとはしない。”何か”が聞こえていた。しかし、誰も"それ"を聴こうとはしない。

その邸宅は、アウシュビッツ収容所の隣にあった。

観たいものだけ、観ようとするな

昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールの次点となるグランプリを受賞。そして今年のアカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ2部門を受賞した鬼作が、先日ついに日本公開されました。

描かれるのは、アウシュビッツ収容所の隣に暮らす一家。しかしこの映画では、アウシュビッツ収容所の直接的な描写は一切ありません。スクリーンが映し出すのは、一家の穏やかな日常。

日本公開されるや否や、SNSの映画好き界隈を賑わせている本作。しかし意外なことに、その評価は賛否両論…いやむしろ「つまらない」という意見の方が多く目につきます。

確かにこの作品のストーリーは、表面的には何も起こりません。「それでも何か起きるだろう」と期待していても、別にラストシーンで劇的なクライマックスは待っていません。ただただ嫌な感じでヌルっと終わってしまいます。なのでストーリー性に関しては、確かに「つまらない」かもしれません。

しかし、それだけの理由で本作に「駄作」のレッテルを貼っているような人がいれば、私はこう反論したい。

観たいものだけ、観ようとするな。

この作品の最大の試みは、「人間の無関心」を描くこと。それは劇中の人物の描写に限ったことではありません。観客の無関心さ・・・・も、この映画によって試されているのです。

邸宅の壁越しに見える黒煙。それは何の煙なのか?

邸宅の近くを走る機関車。それは誰を乗せているのか?

ヘートヴィヒが着ている服。それは誰のものだったのか?

些細な描写や些細な会話のように思える部分にこそ、この映画の真意が隠れています。そのことを意識せずに、観たいものだけを観ている人が「この映画はつまらない」と語る資格はありません。

「聴いてくれて、ありがとう」

そして何よりも特筆すべきことは、本作の“音”。序盤は注意深くして聴いていないとわからないレベルなのですが、冒頭から一貫して、この映画では“何か”が聴こえます。それが“何か”は、やはり直接的には描かれません。でも、確実に“何か”が聴こえるのです。

実際に今年の米アカデミー賞で、本作はサウンド賞を受賞。(私の予想を含め)下馬評では「『オッペンハイマー』優性」であったなかでのサプライズ受賞となりました。

その受賞スピーチでのターンウィラーズ(本作のサウンドデザイナーの1人)の言葉が、とても印象的でした。

"We need to thank the Academy for listening to our film."
(私たちの映画を聴いて・・・くれて、ありがとう)

私も、“観たいものだけを観ている”

「観たいものだけ、観るな」と強い論調になってしまった今回の記事ですが、そう言っている私も、決して人のことを批判できるような立場にありません。

最近YouTubeで動画を観ようとすると、本編が再生される前の広告でユニセフの動画が結構な頻度で流れてきます。「ガザへの支援」、「ウクライナへの支援」を呼びかける動画です。しかし私は、他の広告と同じように、5秒経ったら動画をスキップしてしまいます。

そう…私も“観たいものだけを観ている”人間なのです。

なぜ、こんなことを書くか?それは別に、同じような人に「広告を飛ばさずに観ろ」と糾弾したいわけではありません。「寄付しろ」とか「現地に行け」とかって言ってるわけでもありません。ただ昨今の情勢によって、私たちの生活の“何か”が麻痺している気がするのです。私はこの映画を通じて、その”麻痺している感覚”に気づかされたのです。

現実は苦しく、残酷です。全てを直視すれば、おそらく常人の精神は崩壊します。だから、無関心が絶対悪とは思いません。実生活で“観たいものだけを観る”ことが誤りだとも思いません。

それでも、1日に1度、いや1週間に1度、いや1ヶ月に1度でもいいから、その自分の”無関心”に関心を向ける時間が必要ではないかと、思うのです。


前回記事と、次回記事

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次回の更新では、今年の米アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞した"20 Days in Mariupol"マリウポリの20日間を紹介させていただきます。