JUNJI NAITO PHOTOGRAPHS

◆写真集 2010年 ロシナンテス『もうひとつのスーダン』/2012年 スピッツ『言葉…

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◆写真集 2010年 ロシナンテス『もうひとつのスーダン』/2012年 スピッツ『言葉ははかない』/2015年 カンボジアIKTT『いのちの樹』/ 2019年 ジャパンハート『ONE SKY』□基本は44年間音楽フォトグラファー・・浜田省吾、スピッツほか多くのミュージシャンを撮影

マガジン

  • 『もうひとつのスーダン』 ロシナンテスの活動

    2007年から撮影を開始した、アフリカスーダンで医療活動を行う国際医療NGOロシナンテス。その活動を追った写真集『もうひとつのスーダン』( 2010年刊) の撮影エピソード・・・医療はもちろん、旅先でのできごと、日常など様々な "もうひとつのスーダン" を皆さんにお伝えしてまいります。

  • 『いのちの樹 ~The Tree of Life~』

  • 『ONE SKY』 ジャパンハートの活動

    主にミャンマー、ラオス、カンボジアで医療活動するジャパンハート。2019年12月8日に写真集『ONE SKY』を刊行しました。写真集や撮影取材の話を綴っていきます。

最近の記事

【#010】東武鉄道 SLポスター

東武鉄道様とご縁があり、駅貼り大型B0ポスターに私が撮影したSL写真を使って頂きました。 「えっ、なんで内藤さんが、SL???」と思われる方が沢山いらっしゃると思います。実は私にとっては、新しい被写体ではなく、むしろ原点回帰であるのです。 これまでもSNSや写真集のプロフィール等などで触れてきましたが、親父はSLの機関士でした。私が親父から最初にカメラを渡されたのは小学4年生の時(1970年)。親父が勤める広島機関区へ遊びに行った際にフジペットというオモチャのようなカメラでし

    • 【#009】写真集『いのちの樹 ~The Tree of Life~』

      私の1st写真集『もうひとつのスーダン』、最新の写真集『ONE SKY』のエピソードを紹介してきたので、『いのちの樹 ~The Tree of Life~』についても紹介します。 2015年に刊行した写真集『いのちの樹 The Tree of Life IKTT 森本喜久男 カンボジア伝統織物の世界』(通称:いのちの樹) は、内戦によって消滅しかけていたカンボジア伝統の絹絣を復活させた森本喜久男さんを中心に、美しいシルクの輝きと、それを生み出す森の環境と村人の暮らしを捉えた写

      • 【#008】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.4 〈撮影アシスタント〉

        【#007】制作ストーリー Vol.3ではミャンマー初渡航時のエピソードを記した。その撮影には息子をアシスタントとして同行させていた。小学2年から中学〜高校〜大学とサッカー一色の生活を続けてきた彼は大学4年生の夏に引退、初めて時間ができ長期の旅を体験させた。ミャンマー渡航の前月11月にはカンボジア伝統の森に撮影取材。続く12月からミャンマーへ。 成田空港ですべての資金を渡し行程表を確認しあい、以降の交通手配、食事手配、お金の支払い、撮影段取りの全てを任せた。私は彼がわからな

        • 【#007】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.3 〈初めてのミャンマー、初めてのジャパンハート撮影〉

          2013年12月、初めてのミャンマー、初めてのジャパンハート活動地での撮影を行った。 初めての手術現場、血の匂い、電気メスによって皮膚が焼ける匂いでクラクラしました。 ジャパンハート活動の原点であるミャンマーザガイン・ワッチェ慈善病院。手術現場にカメラを持って立ち入ることには細心の注意がいる。 手首を入念に洗い消毒をし手術着に着替える。何より手術室の中ではドクターやナースたちの動線がある。 いつ停電になるかわからない不安定な電力事情、麻酔も最低限の中で、手早く確実に手術が

        【#010】東武鉄道 SLポスター

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          【#006】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.2 <吉岡医師との出会い・愛の世代>

          <吉岡医師との出会い> 吉岡医師と初めて会ったのは2013年7月。浜田省吾ツアー・大阪フェスティバルホールへご挨拶に来られた吉岡医師に、J.S.Fundation佐藤代表が浜田さんの楽屋前で引き合わせてくれた。 吉岡医師の活動は2005年頃から知っていた。しかしその頃はロシナンテス川原医師のスーダン渡航の準備にすでに取り掛かっていて、さらに2008年からはカンボジアIKTTの森本喜久男氏の撮影を開始、お会いするタイミングが掴めないでいた。 ロシナンテス ・川原医師の写真集を2

          【#006】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.2 <吉岡医師との出会い・愛の世代>

          【#005】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.1

          表紙は現地撮影を終えた帰途の機上から撮影しました。地球には多くの国境があるけれど空はひとつ、多くの病いがあるけれど命を救いたいという想いはひとつ。そんな思いを込めました。ジャパンハートでは吉岡医師始め、多くの医師、看護師、事務スタッフたちが、この空を感じ海を渡っています。 そして表紙タイトルには、ブルーススブリングスティーン3枚目のアルバム『Born To Run』(邦題『明日なき暴走』)と同じフォントを使いました。1975年、私が15歳の時に出会い、この人生を導いてくれた

          【#005】写真集『ONE SKY』制作ストーリー Vol.1

          【#004】 『ONE SKY』 & 12月8日

          ジャパンハート初の写真集『ONE SKY』は、2019年12月8日に発売しました。12月8日はジョン・レノンが1980年、自宅であるニューヨークのダコタアパート前で狂弾に倒れた私にとって特別な日です。また1941年の同日は、真珠湾攻撃による太平洋戦争が始まった日でもあります。 写真集の予約開始は2019年8月15日。その日は1945年第2次世界大戦が終結した日、そして1969年平和と愛の祭典記念すべきウッドストックロックイベントが開催された日。 平和への祈りや想いを、この写真

          【#004】 『ONE SKY』 & 12月8日

          【#003】 祈りある

          祈りある写真を撮りたい。 静かなる祈りある写真にたどり着きたい。 この想いは2001年4月13日にメモしたもの。 今もデスク横に貼りつけてある。 当時41歳、4年にも及ぶ浜田省吾ON THE ROAD2001ツアーとスピッツ純情〜隼ツアーに日々同行していた。 そして日記の半年後、2001年9月11日に同時多発テロが起こり世界は劇的に変わっていった。 1980年、20歳からプロのフォトグラファーとして活動を開始した。 日本、世界のロック音楽からほんとうにたくさんの感性を学

          【#003】 祈りある

          【#002】 ヒロシマで生まれて

          私は、広島で生まれ育った。 大人になった私は、1980年代から90年代にかけて、あてもなくアメリカ大陸に旅に出かけた。 アメリカ西部フォーコーナーズを旅していた時、旅の途上でふとっ、立ち寄ってみたくなった土地があった。 モノクロ写真の大地は、ヒロシマ型原爆の原料となったウランが採掘された跡地。80年経った今も人は誰も住んでいない。 私は車を止め、手をあわせ 深く深くお祈りをした。 憎しみも悲しみもなかった。。。 不思議と故郷に戻ってきたような落ち着いた感覚になった

          【#002】 ヒロシマで生まれて

          【#001】 note始めます! ょ

          この夏は たくさん光と水と戯れた。
 私にとって栄養となる大切な光を存分に浴びた。

 コロナ渦で世界中が大きな変革期を迎えている。
まだまだ渦中のまっただ中。

 2019年12月8日に7年間全力で撮り溜めてきたジャパンハートの活動をまとめた写真集『ONE SKY』を刊行した。同時にスピッツアリーナツアー、浜田省吾FCツアーを撮り続け2020年1月が終わり、『ONE SKY』プロモーションのためラジオに出演したり、2月には紀伊国屋書店新宿本店でのトークショーを行なった

          【#001】 note始めます! ょ