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農業DX(デジタル・トランスフォーメーション)は、行政の変革から始まる 農林水産省の決意

「齋藤さん、農業のデジタル・トランスフォーメーション(以下DX)は、実は、行政改革なのです。農家さんに変革を求める前にまず我々が行動しなければなりません」

こう語るのは、農水省が推進するDXの旗振り役としてリーダーシップを発揮する農林水産省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官の信夫隆生(以下・信夫)。

農業人口の大幅な減少により、これまでの「人手に頼る農業」が限界を迎えようとしている。そこで求められているのが、アナログな農業からデータと技術を活用した農業への移行だ。

農林水産省では、ロボットやICTを活用した超省力・高品質生産や得られたデータを駆使した経営で、消費者のニーズに応える新たな価値を生み出す農業への変革をめざす「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」を推進。「2025年度までにほぼすべての担い手がデータを活用した農業を実践すること」を目標に掲げている。

農水省が農業のDXを進める真のねらいはどこにあるのか。信夫に、改革の裏側を聞いた。

DXは、農業の「思い込み」を解消する手段

ーー本題に入る前に、信夫さんが農水省に入省した経緯を教えてください。

僕は生まれも育ちも山形県新庄市で、実家は古い農家です。だから農林水産省に入ったわけではなく、むしろそういうところから離れたくて東京に出てきました。

でも、国家公務員になろうと思っていくつかの官庁を訪問している間に、子どもの頃に漠然と抱いていた農業への問題意識が自然に湧き上がってきて、同じように課題を感じている農水省の方と一番フィーリングが合ったんですね。もともとフィーリングが一番合ったところに入ろうと決めていたので、農水省に入ったというわけです。

ーー問題意識として現れた「子どもの頃の原体験」というのは、具体的にどういうものですか?

ひと言で言うと「思い込み」への疑問です。私は子どもの頃、「お前は農家の長男だから家を継ぐのは当たり前だ」とずっと言われていました。実際、小学4年生から高校3年生まで、毎日朝晩、牛のふんの片づけをしたり、週末は田んぼの手伝いをしていました。友達が遊びに行くのを横目で見ながら。

「農家の長男だからといって、なぜこんな辛い経験をしなければならないのだろう」と疑問に思いはじめ、そうしたら、多くの人が農業について当たり前と思い込んでいることも、「本当なのだろうか。違うのではないか」と疑うようになりました。農作業自体は今となってはいい経験ですが、ひょっとしたら、新しい農業を実現するためDXを進めようというモチベーションにつながっているかもしれません。

楽しく稼げる農業なら誰も辞めようとしない


ーー幼少期の経験が、農業のDXを推進するリーダー役としての今につながっているんですね。では、なぜ今農業のDXが必要なのでしょうか。

農業は他の産業に比べてDXを進める必要性が高いと思っています。日本の農業は、これまでとても高い品質の農産物を生産し、消費者に提供してきました。最近では、その素晴らしさに世界も注目しています。しかし、農業従事者の高齢化が急速に進んでいます。2018年のデータでは、ふだん仕事で主に農業に従事している「基幹的農業従事者」における70歳以上の割合は40%を超え、60~69歳までの割合と合わせると約8割となり、10年後には相当数の人がリタイヤすると想定されます。

少ない数の農業者で今ある農地を耕そうとしても、従来の労働集約的な農業のやり方では難しく、耕作放棄地がさらに増える原因にもなります。そこで、デジタル技術を使って農業のやり方そのものを変え、人手のかからない農業で、データを存分に活用して、これまで以上に消費者に素晴らしい農産物や畜産物を提供していく農業を目指すことが不可欠なのです。

ーーたしかに今は、「つらいから農業をやめたい」という人が多いような気がします。

楽しくて稼げる産業であるなら誰もやめようとしないし、むしろ、みんなこぞってやりたいと手を挙げるはずです。

若者に「農業には自己実現につながるフロンティアがある」と思ってもらえるようになることが大事です。これまでは、農業関係者の間に日本の農業が危機的状況であるという認識は広がりつつも、「どうしたらいいのか」がわからない結果、現状にとどまっている人も多いのではないかと思います。
デジタルでつながることで、農業に新たな価値を生み出す

ーー何もしないのがリスクとはいえ、「DXを進めたところで結局何も変わらないんじゃないか」「これまでも何も変わらなかった」という批判的な意見もあると思います。それについてはいかがですか。

デジタル技術の特徴は、広い分野に適用ができて、データで様々なモノやサービスをつなげて新たな価値をアウトプットすることができるところ。無色透明な分、使う側の目的意識や意欲、実行力が問われますが、自分の工夫で新しいことができるのが魅力です。みんながデジタル技術を使い、つながり始めると、農業で新しいイノベーションが起き、そのことがまた次のイノベーションを起こしていくのだろうと思います。

行政手続のオンライン化100%を目指す

ーー農業のデジタル化を進める上で大切なことはなんでしょうか。

国民の皆さんに食料を供給する役割を担う農業は、政策との関わり合いが強い産業です。現場でデータや新しい技術を活用した取組を進めることも大事ですが、農業のDXを進める上では、農業現場と政策でつながる農水省内部の変革が必要です。まず我々行政側が率先して変わらなければなりません。

例えば、現状では、農業従事者が補助金などを申請するための手続には膨大な量の書類が必要です。ある事業では、申し込みから完了報告までに必要な提出書類を積み上げると、厚みが50cm以上にもなるという実態があります。

農業DXを進める中で、農水省もデータでつながる重要なポイントになるわけですが、その一つが紙の事務作業を求めただけで、ものすごく情報や作業の流れが悪くなります。「こんなことやらされるのなら補助事業を使うのはやめよう」「今まで通りで作業をしよう」と農業者に言われても仕方ありません。

ーー時代の流れとともに、行政側の仕事のやり方も変革していく必要がありそうですね。

対策として、現在行政手続のオンライン化を実現する仕組みである「農林水産省共通申請サービス」を構築中です。2021年度から本格運用し、2022年度にはオンライン化率100%にしたいと思っています。農業者に負担を強いて価値を生まない事務作業を減らしていく一方で、その前提として行政の業務プロセスを改めるなど、役所の仕事のやり方を改めないといけないと痛感しています。

ーーDXは現場の農家に向けた取り組みのように見えますが、農水省内部に革命を起こそうという意味合いも大きい。外向けに「変えていこう」と言っていたけれど、実は「自分たちが変わろうぜ」という決意表明だったのかもしれませんね。

その通りです。農水省内部のデジタル化を先に進めない限り、農業DXは進まないと思っています。人様に「やったらいい」と言っているのに、自分たちがやらないのはおかしいと思います。

DXの推進にあわせて、農水省は農業界で今後どういうポジションを取って、どういう役割を果たすのかを改めて考える時期にきているのかもしれません。まず我々が行動して見せることが、農業のDXにおける成功の鍵だという覚悟を持って取り組んでいきます。

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