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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第4話

 六本木駅からクラブに向かって歩き出すと知った声に呼び止められた。

 「おい。加藤。何やってんだ?」

 相手は会社の同僚の谷山だった。

 「ああ。ちょっと映画でも観ようかと思って」
  これからクラブに行って、悪魔払いをするなんて言えるはずもない。
 「なんだよ。だったら一緒に飲みに来ればよかったじゃないか」
 「今日は色々あったからな。でも映画予約しちゃってたから。それで、山園との話はどうだったんだ?」
 「決まってんだろ。てか、ちょっと付き合えよ」
 

 谷山はかなり酔っ払っているようで強引に俺の肩を掴んだ。学生時代にラグビーをやっていたらしく、その力はかなり強かった。

「悪いな。今日はさ」
「いいだろ映画なんて明日行けば。話たいんだよ。今日くらいお前と」
 

 スマホで時間を確認すると21時だった。確かにクラブに行くには早すぎる時間ではあった。まあどうせ愚痴を聞かされるだけなのだろうが、断ると面倒臭そうなので時間もあるし付き合うことにした。

「わかったよ。少しだけだぞ」
「よし。行こう」  

 近くの居酒屋に入って、ハイボールを頼んだ。
「で?山園にはなんて言われたんだ?」

「とりあえず、会議室に入って向かい合った時からいつもの無言だよ。それで、なんですか?ってやっと喋ったから、すみませんが提案がありますので聞いていただきたいんですって丁寧に言ったんだよ。それで作った資料見せてちゃんと説明したんだけどさ。終わったら、これはできないねって一言。で、何がダメなんですかって聞いたら私の方針と違うからって。もちろん食い下がったよ。方針もわかるけど、今のままじゃダメだってさ。そしたらあいつ、いつもの無表情なラクダ顔で、私が言うんだから従わなくちゃいけないですよね?だって。そんな事言われたら何も言えないだろ?さらにその話は終了かと思いきや、俺が色々意見する事に対してそれじゃ何も任せられないからって仕事を干すみたいな事言われてさ。もう話にならないわけよ。別に俺が間違っているならわかるよ。でもさ、今日の提案は運用の改善案だし、間違った事は言ってないしみんなが仕事やりやすくなれば何のデメリットもないだろ?なのに何にも聞いてくれないんだぜ?どう思うよ」

 まあ予想通りだ。役職者は自分の部下が何を言おうと従わせる事ができる。方針が間違っていようとそうでなかろうと関係ないのだ。黒を白として生きて行くのが平サラリーマンの宿命なのだ。

 もう、言ってしまおうかと思った。「やめろ。そんな情熱や正義感は無意味だ」と。そして、「そもそもお前はなんのために働いているんだ?」と。
 しかしそれはまだ言う時期ではないと自分を諫めた。今の谷山の瞳には諦めが滲んでいないし、そんなことを言ったら俺も山園と同類だと思われてしまう。そうなると会社で過ごしづらくなるかもしれない。
 

 俺と谷山は同じ年に同時に中途入社した。中途入社の同期は何人かいたが、皆会社に同じような不満を持っていて、飲みに行くと会社を変えようと話すようになった。
 もちろん俺にそんな気はさらさらなかったけど、同僚は大事だし、そんな熱い中いるのも悪くはなかった。しかし同期と話を合わせて過ごしているうちに、いつの間にか俺も改革派のメンバーとして数えられてしまっていた。だから立場上、ここで「やめろ」とは言えなかった。

「当然、お前が正しいよ。ただ山園は古い人間だし部下の信頼もないし、あんなつまらない奴に俺達の新しい考えなんてわからないんだよ。とりあえずめんどうくさいから、しばらくは文句言うのはやめておけよ。仕事干されたらどうしようもないだろ」
「でもさ、変えたいんだよなあ。そうしたら絶対良くなるのに。どうしたらいいんだろうなあ」
「体制が変わるのを待つか・・・どうだろう」
「そんなの時間かかるだろ。なんかつまんねえなあ。辞めようかな」

 まあ、そうだよな。俺みたいに無で過ごすのに抵抗があるなら転職の選択肢を選ぶよな。それもありだと思う。ただ、次の会社でもあんな奴がいないとも限らない。
 谷山の愚痴はしばらく続き、気がつくと12時を迎えようとしていた。クラブにはすでにかなりの客が入っているはずだ。一応俺も昼間働いてから来ているのであまり遅くなると体力的にキツイ。ボランテイアで朝まで働くのはごめんだ。
「そろそろ行くか・・・」と締めようとするとかなり泥酔した谷山が言った。

 「おい。たまにはもっと付き合えよ。お前、いつも二次会とか来ないだろ?今日くらいはさ。な」
 

 その通り。俺は会社の飲み会には参加しても二次会には行かない。一次会で大体の話が出尽くしているのに、場所を変えて同じ話をする必要がないと考えているからだ。
 確かに家に帰ってもやる事はないし、皆も同じだから飲みたいのはわかるけど、だったら俺は一人でゆっくりしたい。それに今日は大事な趣味がある。しかし山園への憤りのせいか、この日の谷山はしつこかった。

「この時間からどこに行くんだよ。キャバクラとかはないぞ」
「バカ。キャバクラなんて女の子連れ出せないだろ。クラブだよ。クラブならうまくいけば女の子持ち帰れる」
「持ち帰れるってこんな日にか?」
「こんな日はさ、パーっとやりたいわけよ」
「てか今日は・・・」
「なんだよ。もう映画もやってないぞ。それにお前は彼女もいないだろ?」
 

 確かに俺には彼女がいない。実は会社に入った当初はいると言う設定にしていた。そうすれば行きたくない飲み会を断れるからだ。「今日は彼女と・・・」とか言えば断りやすい。
 しかし会社に入り3年。この歳にして長く付き合った彼女と結婚しないのも変に思われるので、この前別れたことにしてしまったのだ。

「ほら行くぞ。ここは俺が奢る。だから。な?」
 

 神父からの依頼の相手はまだ帰っていないだろうか。クラブのピークタイムはこれからだから大丈夫かも知れないが・・・とりあえずクラブに入ったらどうにかして別行動をして、一人で出てしまえば良いか。

「ちなみに、どこのクラブに行くんだよ」
「エデンだよ。今一番熱いらしいぞ」
「ああ。エデンね・・・」
 

 ややこしい事態に俺は少し自棄になってビールを飲み干した。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。