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小説「素ナイパー」第9話

 フランスでの仕事は上手くいった。久々に見た父の狙撃は、相変わらずの正確さと非情さを持っていた。
 土曜の市場に出店するために訪れる肉屋や八百屋や魚屋の車の音に紛れた銃声は誰の耳にも不自然な音として認識されず風向き温度、湿度を加味された弾道は寸分の狂いもなく、窓の前で大きく手を広げた売れないジャンキー役者の眉間を貫いた。

 現時点で父の存在が闇社会に知られれば間違いなくNO1のスナイパーとして今よりもっと引く手数多になるのだろうと朝の冷たい空気の中に薄っすらと見えた弾道に見とれながら直哉は思った。

 しかし残念ながら超一流の殺し屋一家の存在は百数十年間誰も知らない。しかしそのおかげで沖田家はここまで続いてこられたのだ。
 ほとんどの仕事の中で直哉は父のサポートとしての役割を任され自ら殺しをすることはなかった。しかし直哉は不満には思わなかった。
 それぞれの国の中で日本人の位置を見極め怪しまれないように行動する術や、様武器の仕入れ方。さらにはほとんど実践で使った事がなかった語学のネイティブな発音など覚えること学ぶことがあまりにも多かったからだ。

 一度だけ中国での仕事の時に急な標的の増加があって一人だけ殺したが身体がなまっていたせいか肉弾戦でてこずり終わった後は頭と身体の疲れで死んだように眠ってしまった。
 それに比べて父の淳也は無尽蔵かと思えるほどの体力と精神力で、訪れる仕事を淡々とこなしていった。

 アメリカ、ニュージャージー州。ニューヨークの隣にある州の二階立ての古びたモーテルの一室に直哉はいた。
 堅いベッドの上に寝そべりながら母が改造したほぼ全世界で通話が可能な携帯でメールを打っていた。相手は洋介だ。
洋介と一平には急な海外赴任と言って出て来ていた。洋介の「やっぱり彼女がいたほうが女にモテる」というくだらない自慢のメールの返信文を直哉は考えていた。

(あっそ。俺の隣には金髪の美女がいます)

 直哉は冗談交じりでそう送信し携帯をベッドの隅に投げた。くだらないメールの返信よりも直哉は眠りを欲していた。
 今回の仕事は夜実行する手はずになっていた。人目の多いマンハッタンでの仕事は難易度が高くいつものリハーサルも入念に行われた。それに対する疲れもあったのだが直哉を疲れさせていたのは隣の部屋の騒音だった。

 ボタンダウンのストライプのシャツをチノパンに入れているようなどう見てもイギリスのダサい旅行者風の隣に宿泊する男は毎晩娼婦を買っていた。
 男はその見てくれに相応しくなく女と一晩中ヤリ続けるので、モーテルの薄い壁の隣に寝る直哉には昔見た海外の裏ビデオのような声がまる聞こえだった。
 最初の3日は直哉も楽しみにそれを聞いていた。女の高いヒールが床を鳴らす音を聞くたびに興奮した。しかし3日を越えると飽きてしまいただの騒音にしか聞こえなくなった。

 夜十二時をまわった。もう男が娼婦を連れてくる時間を過ぎたので今日はないだろうと、直哉は安心して眠りに就こうとしていた。するとその安心も束の間、高いヒールの音と訛りのある英語で女に口説き文句を言う声が壁を伝ってきた。

「娼婦を口説く必要はないだろう。太夫じゃあるまいし」

 直哉はシーツを頭から被り毒づいた。しかし隣の部屋のドアが閉まり女がシャワーから出るとまたあのわざとらしい喘ぎ声が聞こえ始めた。

 「OH YES!OH YES!」

 男の喘ぐ声も聞こえるとさらに不愉快になった。アメリカの夜は映画と同じように長いと直哉は身に染みて感じていた。

 


僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。