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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第1話

 同期の谷山が会議室から出てきた。予想していた通り、その表情には怒りと落胆が入り混じっていた。
 後ろに続く上司の山園は無表情だが、いつもより少し顎が上がっているように見える。「若造が。言ってやったぜ」的な雰囲気が滲みでいて、会議は山園の圧勝だった事が聞くまでもなくわかった。

 谷山。気持ちはわかるよ。お前が会議室に入る前に語った会社の体制やアルバイトに対する待遇の悪さは俺も思うところだし、お前の提案は正しい。正義だ。
 それに、上司の山園はクソみたいにつまんなくてめんどうくさい奴だ。この時代に転職を一度もしないで10年以上もこの会社にいて、一応は様々な部署のマネージメントをしているが、部下だった社員であいつの事をよく言う人間はいない。
 無口でコミュニケーションが取りづらくて何を考えているかもわからない。機嫌が悪ければ声をかけても無視。ロボットのように上司の言う事は聞くくせに、部下からの意見を聞き入れようとしない。新しい考えなど何も持ち得ていない小さい人間だ。

 それに比べて谷山。お前は顔もまあまあいいし、明るく臨機応変で同僚からの人望もあり正義感も強い。仕事に対する情熱もあるし後輩の面倒見もいい。誰からも好かれる人懐っこい笑顔には魅力もある。
 

 でも、お前の要望や意見は受け入れられなかっただろ?

 俺はお前が正しいと思っているよ。他の同僚もそうだ。お前の正義と、未来への準備の提案に間違いはない。ただ俺にはお前の提案が決して受け入れられないことはわかっていたんだ。

 理由は二つある。一つは山園の性格。あの男は聞く前から受け入れないと決めていただろう。
 メガネをラクダみたいな顔に乗せた背の低い男は友達もいなく趣味もなく、最近は嫁と子供に逃げられたなんて噂もある。そう言う男は若くて情熱に溢れ、皆の人気が高いお前みたいな奴は嫌いだよ。 
 だから何を言っても無駄なんだ。嫌いな奴の言う事はお前も聞きたくないだろ?

 それから二つ目はさらに重要だ。何よりもお前には、いや俺にも権力がないんだよ。管理職ではないからな。権力がなければこのサラリーマンの世界ではやりたいことはできないんだ。
 そんなの世の中の常識だろ?でもさ、全てを否定されるまではわからないんだよな。権力がなかろうと、正しい事であればきっと実現できるなんて思っていたんだろ?

 俺にもそんな時期はあった。前の会社を辞めたのはそれが原因だよ。お前みたいに正義感と情熱を持って、会社にいろいろな提案をしたり、上司の方針に逆らったりもした。
 でもな、その全てが受け入れられる事はなくこの会社に転職することになった。
その時、俺は悟ったんだ。もうやめよう。自分が力を持つ地位に付くまでは何かをしようと考えるのは無駄だってな。

 とは言え、俺達はもう35歳だ。焦るよな。他の会社にいる友人なんかはもう管理職になって部下がいたりするだろ?「仕事が楽しい」なんて言って活き活きと働いている奴を見ると、自分もそうなりたいなんて思うよな。最近はサラリーマン下克上のドラマが流行っていたりするし、影響もされるよな。
 だけどこの会社は中小企業でポストも少なく昇進の可能性は低い。山園ももう40代後半だ。そろそろ次のポストに移動して欲しいところだが上も詰まっているし、関連会社への出向なんて奇跡も期待できないだろう。
 例えば違う誰かが横からスライドしてきたとしても、そいつも同じようなものだろう。会社を見渡してみればわかるはずだ。

 つまり、俺達はこの会社にいる限り何もできない。どんなに不条理な事があっても何も変えられない。お前がしようとしていることが正しかろうと、周りの賞賛を集めようとなんの意味もないんだ。 
 山園がいる限り、いや、俺らが上に立たない限りは願いが叶うことはない。
 

 だから俺は静かに生きることに決めているんだ。大人しく、上司の言う事を聞いて何もしない。それが俺達みたいな中小企業に勤める浮かないサラリーマンの生きていく道なんだよ。
 だってそうだろ?喚いても喚かなくても何も変わらないんだ。だったら喚かない方が楽じゃないか?
 ああ。でもお前はまだわかってないな。その目にはまだ諦めが見えない。いいよ。またお前の要望が通らなかった時は飲みに行こう。お前の目が俺みたいに諦めに染まるまで付き合うよ。でもな俺はお前に言わなきゃいけないと思っていることがあるんだ。

 そもそも論だけど、お前ってそんなに会社好きなのか?いや、仕事したいのか?お前この前飲んだ時、毎日ジムだけ行っていたいとか、朝起きた時から会社行きたくないとか、遊んで暮らすために毎週宝くじ買ってるって言ってたよな。
 「金があればなあ・・・」なんて遠くを見たりしてさ。要するにお前は金のために、生活のために働いているんだろ?
 そりゃさ、意見が通って会社の業績が伸びて偉くなれば給料上がるけどさ、それができない状況なんだから、だとしたらとりあえず現状を静かに維持していた方がリスクが低くないか?
 無駄に騒いでクビになったら、ジムどころじゃないだろ。そもそも仕事に本当はそんなに興味ないんだから静かにしてればいいんだよ。俺みたいに。
 

 俺は会社の色々にはもう興味がないよ。そりゃお前や仲の良い同僚は好きだけど正直、今の毎年微々たるものでも上がる給料と、少ない残業時間と土日祝休みが維持できるだけでいい。
 お前には悪いけど、会社なんてどうでもいい。てか、このオフィスにいる大体の人間がそうだぞ。誰も好きでこんな中小企業で働きたいとは思ってないはずだ。
そもそも、お前の今の現状は子供の頃描いたものと一緒か?

 「将来は〇〇社の子会社の中小企業に勤めたいです」

 なんて卒業文集に書いたか?違うだろ。本当は夢があったはずだ。でもそれは叶わなかった。大企業にも行けず、とりあえずこの会社に入ったわけだ。まあそれは仕方ないよ。自分の好きな仕事に就ける奴なんてほぼいないからな。
 俺も含めてそれはみんな同じだよ。面白くもないし楽しくもない。でも金を稼がないと生きていくことはできない。その為に働いているわけだ。
 稀に理想の仕事に巡り合って「働くのが生き甲斐です」とか言っている奴もいるが、そんな運がないから俺達はこの中小企業で悶々とした日々を送っているんだ。

 だからさ、もっと正直に生きようぜ。やり甲斐や情熱を求めたくなる気持ちもわかるけど、一番楽なのは無だよ無。会社ではそれが一番。その境地でいればムカつく上司も面倒臭い仕事も、煩わしい人間関係も大したことではなくなる。

 時間が経って、俺もお前も管理職になったら好きなようにやればいい。ただその時は、俺らも山園みたいにつまらない男になっているかもしれないけどな。

 さて、そんなわけで俺はもう帰るよ。お前の酒に付き合うのはまた次の機会にしよう。ちょっと用があるんだ。じゃあな。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。