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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第11話

 いつものワインバーとは違う店で千里由美と待ち合わせた。アプリ利用者のみが使用できるSNSで1番人気の店だと男に指定されたのが理由だ。


 店の名前は「ドリームキャッチャー」。カウンターから少し離れたテーブル席に座った時に、そう言えば今までのワインバーでの領収書を神父に渡し忘れたのを思い出した。しかし嘆く間もなくバーテンが前に立って言った。

「何にいたしますか?」
 

 焦らず、俺はメニューを頼んだ。前の店では雰囲気に臆して「おすすめ」を頼んでしまったが、バーにもメニューがある事を俺は学んでいた。しかしバーテンは俺の学習をないがしろにした。

「うちの店はメニューはないんです。ご想像されたものを用意できますので」

 おいおい。なんだよそれ。要するに酒に詳しい男なら店の雰囲気でわかるでしょ?的な事なのか。さすができる男達が集まるバーだ。しかし、俺にはハードルが高すぎる。

「すいません。お酒には詳しくないのでビールをいただけますか?」
すると、妙な事を言ってバーテンが俺を見つめた
「あなたが欲しいのはビールではないでしょう?」

 なんだこの会話は。そんな小粋な会話をバーでする必要があるなんて。質問に臆して、何も言えないでいるとちょうど良く千里由美が一人で店に現れた。

「いらっしゃいませ」

 千里由美は俺に目配せをしてからカウンター席に座った。バーテンは千里由美におしぼりを出すために、俺の席から離れた。
するとすぐに千里由美からメールが入った。

「なかなかいい店じゃない」
「レベル高すぎるよ」
「何が?」
「注文の仕方とかね・・・まあいいや。今日もハイスペック?」
「もちろん」
「本当に結婚相手を探す気あるのかよ。どれもこれもいい男ばっかりだろ。そろそろ決めた方がいいんじゃない?」
「一般の女だったら満足するところよね。でも私には物足りないわ」
「じゃあ君はどんな男を求めているわけ?」
 すると、千里由美は一瞬顔を伏せた。
「そうね。私だけの問題じゃないし、難しいところね」
「いや結婚相手なんて自分で見つけるものでしょ」
「いいわねえ。一般人の仕事にやる気がないサラリーマンは単純で」
「なんだよそれ」
「さて、そろそろ来る頃だわ。お粧ししないと」
 

 千里由美は化粧を直すためにトイレに入った。
 例えば、俺が結婚相手を見つけるとしたら、どんな条件を重視するだろうか。見た目はもちろん良いに越したことはない。性格はとにかく自分を好きでいてくれて優しければ。あとはなんだろ?
 し歌詞千里由美の言う通り確かに単純な条件ばかりだと思った。そもそもこれまでに、自分がこういう女と付き合いたいなんて思っていた女と付き合ったことがない。
 出会い頭でなんとなくいいと思って成り行きで付き合って。過ごす時間の中で、なんとなく好きかも、みたいな暗示にかかって・・・でも出会いなんてそんなものではないかとも思う。
 条件や理想なんて突き詰めていたら誰とも付き合えない。理想通りでパーフェクトな相手なんていないこの世にはいないのだから。
 

 千里由美がトイレから戻ってきたと同時に、相手の男が現れた。また、いつもと同じなんでも持っていそうな、良いスーツを身にまとった男だ。
 なんと、俺が上手く会話をできなかったバーテンともすぐに打ち解けて簡単に注文もしていた。そう言えば、あれ以来俺に注文を取りにこないのはなぜかと思ったが、気付かれるまでは放っておく事にした。別に酒が飲みたくてこの店に来ているわけではない。

 それにしても、千里由美はこんな良い男達の何が気に食わないのだろうか。バカな丸の内OLなら涎を垂らして飛びつきそうな男達。
本当にパーフェクトかどうかは確かにわからないけど、とりあえず付き合えばいいのにと思う。まあ、俺が言えた筋合いではないが。

 楽しそうに話す千里由美を眺めていると、実はそんなに男と付き合った経験がないのかもと思い始めた。条件に凝り固まって奥手になる女性は特に結婚適齢期の女性に多い・・・と何かの雑誌に書いてあった気がする。そして、そんな女性はずっと相手を見つけられない。
 千里由美。それはダメだぞ・・・と偉そうにアドバイスを送りたいと考えているうちに店内の異変に気付いた。
 不思議なことに二人の座るカウンターから2メートル程度しか離れていないと言うのに、会話が全く聞こえないのだ。他に客はいないしスピーカーからはピアノジャズがかかってはいるが音量はそう大きくはない。
 そしてどこか薄ら寒い冷気を感じた。まるで悪魔が訪れる時の感覚と同じだった。
 悪魔が纏う地獄の業火は人間界では冷気に変わると神父から教えられていた。いよいよ来たかと、千里由美の相手を見るが、そこに悪魔の影は見えなかった。
 しかも今度は空間が歪んできた。ここに長くいるのはまずい。どうにかして店外へ千里由美を連れ出さなくてはいけない。すると、都合よく男がトイレに立った。俺はすぐに千里由美の元に向かった。

「出るぞ」
「何?まさか、あの男が?」
「いや違う。この店だ。何かおかしい。とにかく出よう」
「そんなせっかく盛り上がってるのに」
「いいから」
 

 俺は千里由美の腕を引っ張って店を出ようとした。するとバーテンが目の前に立ち言った。

「ようこそ。夢の世界へ」

 急に手に重さを感じると、千里由美もカウンターにいた男もすでに意識を失っていた。やがて俺も意識を失った。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。