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ブービートラップ 3.マスコミ

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌
2.ハッカー に戻る
3.マスコミ(このページ)

4.サイバー犯罪対策課 次の章
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

3.マスコミ

  大朝新聞の社会部は、12版(22時頃)の締切に向け忙しくなり始めた頃だった。突然、FAXが動き出した。スクープか? と、騒然となったが何の連絡もなく、FAXだけが動き続けていた。FAXに一番近い加藤雄輔は、他の先輩たちに促されFAXの一枚を手に取ると一瞬固まってから、編集長のところまで慌てて小走りに走り出した。

「スクープか?」
 編集長の大垣淳一は色めきだった。が、「これを見てください」と、目の前に示されたFAX用紙を受取って眺めると顔色を変えた。
 編集長の顔色に気がついた副編集長の河野は、気になり編集長のデスクの前に立つと、「どうしました?」と、尋ねた。
 編集長は、無言でFAX用紙を河野に渡した。が、明らかに困惑した顔つきだった。

 そのFAX用紙には『鉄槌』と、タイトルが書かれていた。こういう手合いは、何かインパクトのある名前を名乗りたがるものだが、名前はなかった。その下に、少し小さな文字で文章が書かれてあった。
『今回の薬害に関して、副作用が指摘されてからも政府は何ら対策を立てるつもりもなく、責任を回避することしか頭になく、薬害と被害の事実関係を認めようとしない。そんな政府、とりわけ厚生労働大臣として薬品を認可した現首相前田明彦は、結果藤田彩乃との約束を法案の廃案で反故にした。よって、鉄槌を加えることとした。
 我々は、首相事務所と厚生労働省それに、薬害を取りざたされた製薬会社をハッキングし膨大な資料をマスコミなどに送付することで復讐を果たす。その中に薬害の証拠があるかないかは、マスコミ諸君の努力の結果にゆだねる。膨大な資料は、貴社にメールで送付した添付資料を参照されたし』
「右翼ですか?」
 河野は、訝りながらも少し小さな文字で書かれた文章を読んで、「そんな情報は入っていません。これが事実なら犯行声明ですよ」と、首をかしげた。が、事実なら大きな問題に発展する可能性もある。

 「メールを調べろ! 事実関係を調べろ! 13版(24時頃)に間に合わなくても、最終版には間に合わせるように記者の尻をたたけ!」
 編集長は、副編集長に命令した。このFAXが犯行声明であれば、他の新聞社にもFAXが送られているはずだ。
 我社だけのスクープとはいかないまでも、他社に先起こされることだけは避けたい。真実か単なるいたずらか、見極めることが最低限必要だ。と思いながらも、副編集長にこの件は任せ12版の締切に向け作業を再開した。

 「おい。なんだこの記事は」
 週間トップの編集長林寛治は、最後の原稿をチェックして記者にダメ出しをしたところだった。
「何が駄目なんですか?」
 記者の萩原俊介は、不本意だという表情を隠そうとはしなかった。自信はあった。週間トップが週刊誌の中ではまともな方だと思っている萩原は、それに見合う記事を書いたと自負していた。読者の好奇心だけではなく、感性に訴える記事のはずだ。

「インパクトがなさすぎる。こんなんじゃ、地方紙の新聞記事にも負ける」
 編集長は、子供の作文だとは言わず地方紙の記事を引き合いに出した。編集長が、ある程度この記事を認めている証拠だった。が、また書き直しか…。と、ため息をつきたい心境になった。
 その時、FAXが動き出した。FAXは、編集長のデスクから取れる位置にあった。何でも自分が最初に情報を得たいと思っている、編集長の思惑によって置かれていた。編集長は、萩原の記事を机の上に置くと、「今頃なんだ?」と、興味を抱きながらFAXから吐き出された用紙を手に取った。

 萩原は、机に置かれた原稿を取ると、「もう一度書き直します」と、編集長に従うことにした。
「待て。そんな原稿は後回しだ。来週に回せ」
 編集長は、FAXを無造作に萩原の目の前にかざすと、「締め切りまでに記事にしろ!」と、有無を言わさず命じた。
 萩原は、呆気にとられながらもFAXを受け取って内容を見て、「いたずらかも知れませんよ」と、最初に感じたことを言葉に出した。
「そんなことは問題じゃない。いいか? この文面から察するに、これは復讐だ。首相と面会した少女。なんて名前だったかな…?」
 編集長は、いつものように一方的だった。

「藤田彩乃さんです」
 萩原は、困惑しながら彩乃の名前を出した。
「そうだった。その少女の関係者による復讐に違いない」
 編集長は直感したのだろう。が、何も根拠はない。
「でも、これが本当なら、今頃ニュースで報道されているはずです。それに、我々にも何らかの情報は入ってくるはずです」
 萩原は、困惑を隠す余裕もなく事実を伝えた。
「そうかもしれない。が、メールの内容を見て、少しでも信憑性があれば記事にしろ!」
 編集長は、有無を言わせぬ顔になった。

 ジャーナリストの端くれでもいい。まともな記事を書くと、日頃から思っていた萩原は、「とにかくメールを見ます。それから記事にしますが、追加の取材はやらせてください」と、最低の条件を提示した。メールの内容を鵜呑みにして記事にするのではなく、追加取材をすることで記事の信憑性を少しでも上げたいという想いからだった。
「分かった。記事を書き終えたら、早速取材に行って来い」
 編集長は、あっけなく同意した。彩乃の件で、過激な記事を書かなくって良かったと内心ほっとしていた。それも、萩原に任せたからだ。他の記者だったら、もっと過激に書いていたに違いない。物足りなかったが、萩原の記事を載せたことで後悔しなくて済む。
 他の週刊誌は、過激な記事を載せたことで取材にも応じてもらえないだろう。編集長は、複雑な気持ちになった。週刊誌という媒体の、これからの正念場になるのかも知れない。そんな考えが、頭をよぎった。
「はい」
 萩原は、最低の条件を呑んでくれた編集長に感謝して頭を下げた後に自分のデスクに戻っていった。

  松竹出版の編集者河出修は、少し恐縮しながら美奈子の入れてくれたコーヒーをひと口すすると、「お嬢さんのブログは、すごい反響です」と、本題に入った。河出は、ラフな格好というより、どこかのクラブで踊っていそうな若者に見えた。が、年齢は三十を過ぎていた。チャラチャラした、三流大学のドラ息子のような格好に美奈子には思えた。
 言葉遣いは丁寧で、仕事はできそうな気がした。編集という職業柄か、スーツにネクタイでなくとも仕事には差し支えないのだろう。見方によっては、おしゃれにも見える。
「おかげさまで、あの子の拙い文章を多くの方に読んでいただいて喜んでいます」
 美奈子は、心持ち顔をほころばせた。
「御嬢さんが亡くなってからも、ブログのアクセス件数は変わっていない。少し多くなっているようですが、誰かが代わりに書いているのでしょうか?」
 河出は、少し意地悪な質問かもしれないと思いながらも確かめたいことを尋ねた。
「毎週土曜に…。更新って言うんですか? 更新されている文章は、彩乃の文章に違いないと思います。恐らく、友達の誰かに頼んでいたのでしょう。それから、彩乃以外に親友だという人の文章は、同じ友達が書いたのかもしれません」
 美奈子は、正直に答えることにした。今更嘘をついても始まらない。

 河出と初めて会ったのは、彩乃の葬式の時だった。河出は、生前にお会いできなかったのが残念です。と、言った。その時河出は、彩乃のブログを出版したいと言ってくれた。美奈子は、死んでからも彩乃が人様の前に好奇な目で晒されるのはたまらないと言ったが、河出はその後度々美奈子の元を訪れていた。
 美奈子は、固辞し続けていた。彩乃が生きていたら、何と答えただろうか? という想いもあったが、踏ん切りがつかなかったというのが現実だ。
「今日、お嬢さんのブログを読んでいて、おかしなウインドウいや画面が現れたのでお話を伺いたいと思い夜分遅くお邪魔した次第です」
 河出は、本来の来意をやっと告げた。彩乃の母が、真実を知っているとは思っていなかった。しかし、これをきっかけにして出版に繋げられないだろうか? という淡い期待も持っていた。

 河出は、彩乃の存命中に彩乃のブログを見始めた。彩乃のブログが、注目を集め始めて少し経った頃だった。初めは、端にもかけなかったが見ているうちにもしかすると? と、考え始めた。早速編集長に話を通してから病院に見舞いかたがた訪れた。
 その時彩乃は危篤状態で、彩乃に会うことは不可能で美奈子に会うことも憚れた。結果的には、彩乃の葬式の時に初めて会うことになった。もっと早く会っていたら…。と、悔やんだが、美奈子の気持ちも理解できたので美奈子の気持ちを優先することにした。
 彩乃の死後もブログは閉鎖されておらず、彩乃の文章は生前より迫力を増していった。『彩乃の親友』という女性の文章が登場して、ブログに重みを加えてきた。河出は、出版するなら薬害法案が決まってからだと確信した。薬害法案が廃案になったのを受けて、どんな内容のブログだろうか? と彩乃のブログを見たら、おかしなウインドウに遭遇したのだ。

「分かりません。彩乃は、私よりパソコンには詳しかったですが、あんなことできるほど精通はしていないはずです」
「やはり。では。親友の誰かが、行ったかもしれないということでしょうか?」
「さあ?」
「ところで、お母さんは、アンケートに投票しましたか?」
「え!?」
 美奈子は、驚いて河出を見た。
「いやあ、私は思わず投票しちゃいました」
 あっけらかんとして、河出は事実を告げた。
 何という浅はかなことをしたのだろうか? 美奈子は、自分の事は棚に上げて河出を見た。「犯罪に繋がるかもしれないんですよ」と、危惧したことを口に出した。自分の行った行為がわかっているのだろうか?

「さあ? もしあの通りになったところで、我々が罪に問われることはないでしょう。善意の第三者ですから。実際昨日の廃案には、驚かされました。茶番という言葉が、ぴったりです。あれでも、一国の総理だというからお寒い限りです」
 河出は、眉をひそめた。
「私も、投票しました。それで罪に問われるなら、構わないと思って投票しました。でも、おかしいですよね。悪いことをして責任も取らない人間もいれば、いいと思って投票しただけなのに罪に問われるかもしれない人間がいるんですから」
 美奈子は、余計なことを言ったと後悔したが、もう口から出たからどうにもならない。「でも、犯罪になったら彩乃のブログを出版するどころではないのでは?」と、別な話を持ち出した。

「犯罪の内容によるんじゃないでしょうか?」
 河出は、お茶を濁した。事実。何が始まるかは分からない。始まると、決まったわけでもない。単なる憂さ晴らしの可能性だって捨てきれない。
「そうですか…」
 美奈子は、複雑な心境になった。犯罪に関係したことで、ブログが出版できないかもしれない。出版を固辞している身にはどうでもいいことだが、どこか寂しい気がした。娘に申し訳ないような気になった。私のわがままで、出版を固辞していただけなのだろうか? という疑問が頭をもたげた。

 河出は、美奈子の寂しそうな顔を見逃さなかった。

「彩乃さんの最後のブログ読みました?」
 河出は、話題を変えた。
「ええ…」
 美奈子は、視線をテーブルに落とした。河出が言いたいことが分かった。
『今では、死んだ私に代わっておかあさん私に何ができるか考えて』
 彩乃のブログの文章が、彩乃の声になって頭に飛び込んできた。彩乃の、訴えるような顔も見えてきた。

 河出は、「やはり、出版すべきではないでしょうか?」と、遠慮がちに、言った。
「でも…」
 美奈子は、躊躇した。
「これは、モノになりますよ。ベストセラー間違いない」
 河出は、胸を張って見せた後に、「御嬢さんの言ったように、政府が何もしないのなら私たちだけでもやりませんか?」と、言って美奈子の反応を確かめるように美奈子の目を見た。

「わたしたちだけって?」
 美奈子は、困惑した顔になった。河出は、何を言いたいのだろうか? わたしに、何ができるというのだろうか?
「印税の収益を、薬害被害者のために使うのはどうです? 『彩乃基金』みたいな基金を発足させて、薬害被害者を助けるのです。編集長に掛け合って、我社もスポンサーになります。そうすれば、彩乃さんの最後の願いをかなえられると思いませんか?」
 河出は、言ってから上目づかいで美奈子の困惑した顔を見た。

 美奈子には、河出の言ったことが理解できた。そんなことになればなんと素晴らしいことだろうか? 彩乃の意思を継げる。しかし、売名行為とか、またマスコミに叩かれはしないだろうか? という危惧も捨てきれなかったので、「売名行為とか、パフォーマンスだとか言われないでしょうか…」と、心細そうな声を出して河出に尋ねた。

「そんなことですか?」
 河出は笑ってから、「言いたい奴には言わせておけばいいんです。『彩乃基金』で、実際に救われる人が出てくればマスコミの態度も変わるはずです」と、全く意に介していないようだ。
「ならいいんですが…」
 美奈子の不安は、払拭されなかった。自分だけではなく、彩乃が…。亡くなった後も、彩乃が世間から非難を浴びるのは本意ではない。河出が言うように、救われる人間がいるなら多少の非難は甘んじて受けてもいいのかもしれない。ただ、『彩乃基金』が、発足してから、彩乃の想いとかけ離れたところに行く可能性も否定できないような気がした。

「少し考えさせていただけませんか?」
 美奈子は、河出に言った。
「もちろんですとも」
 河出は、言ってから、「何か、気にかかることがあれば言ってください」と付け足した。
「あの…」
 美奈子は、今のうちに聞こうと思った。
「何ですか?」
「『彩乃基金』のことですが、本当に実現可能なんでしょうか? それに実現しても、基金ができてからちゃんと必要な方にお金が使われるのでしょうか?」

「だいじょうぶです」
 河出は、気にかける様子もなく、「理事長は、あなたがなるのですから御嬢さんの想いが台無しになることはないでしょう?」と、言ってのけた。
「私が!?」
 美奈子は、驚いて河出の顔をまざまざと見た。この人物は、何を考えているのだろうか? 今初めて思いついたようなことを言っていたが、もっと前から考えていたのだろうか?
「驚くことはありません」
「でも素人の私が…」
 美奈子は、呆気にとられたが、「まるで実感がわきません」と、現実離れした河出の申し出に戸惑っていた。

「もちろん出版がうまくいってからのことです。彩乃さんの意思を継ぐのは、おかあさん。あなたしかいないではないですか」
 河出は、これでなんとかなる。いや。出版にこぎつけられると心の中でほっと胸をなでおろした。
「そうですよね。しかし、少し考えさせていただけませんか?」
 美奈子は、そう言ったが、決心はついていた。本当に、大丈夫なのだろうか? 出版できるのだろうか? と、別な心配が頭をもたげた。

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