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ブービートラップ 4.サイバー犯罪対策課

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ に戻る
4.サイバー犯罪対策課(このページ)
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香 次の章
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

4.サイバー犯罪対策課

 警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課捜査第一班の班長、猪狩泰之たちは、製薬会社の改ざんされたというホームページを見ながら腕を組んだ。
 犯行声明は、警視庁にも届いていた。技術調査班から、ウイルスなどがないことを確認後に捜査第一班に届けられた。技術調査班とは、サイバー犯罪調査研究、アクセス管理者指導及び支援、サイバー犯罪対策に係る電子計算機管理運用にあたる部署だ。

 犯人は、マスコミには名乗らなかったが、ブービートラップという名前を名乗っていた。猪狩には、ブービートラップという名前が引っかかった。
 ブービートラップとは、自陣に侵攻する敵の勢力に対し、撤退する部隊やゲリラ組織が残した警戒線に張っておく罠(trap)だ。ということは、薬害法案が廃案になったことにたいする罠(trap)ということなのだろうか?
 もし薬害法案が成立していたら、犯人は今回のハッカー事件は起こさなかったとでも言いたいのだろうか?

 送られてきたFAX用紙には、『鉄槌』とタイトルが書かれていた。名前の右横に、ブービートラップという名前が書かれてあった。

犯行声明文

 『今回の薬害に関して、副作用が指摘されてからも政府は何ら対策を立てるつもりもなく、責任を回避することしか頭になく、薬害と被害の事実関係を認めようとしない。そんな政府、とりわけ、厚生労働大臣として薬品を認可した現首相、前田明彦は結果、藤田彩乃との約束を法案の廃案で反故にした。よって、鉄槌を加えることとした。
 我々ブービートラップは、首相事務所と厚生労働省それに、薬害を取りざたされた製薬会社をハッキングし膨大な資料をマスコミなどに送付することで復讐を果たす。その中に薬害の証拠があるかないかは、警察諸君の努力の結果にゆだねる。膨大な資料は、メールで送付した添付資料を参照されたし』

 マスコミと警察の違いはあるが、文面は同じだった。マスコミには名前を名乗らなかったが警察にはブービートラップという名前を名乗っていた。

  メールの中には、製薬会社と首相のホームページのハードコピーが入っていた。被害にあったはずの、首相の事務所などからの被害届は出ていなかった。本来なら、被害があれば何時でも有無を言わさずねじ込んでくるはずの政治家の事務所が沈黙を守っていることを考えれば、単なる嫌がらせか愉快犯。ということもあり得る。メールで送られた内容から察するに、信憑性も高いような気がする。知らないだけなのだろうか? とも考えたが、さすがにそこまで無知ではないだろうと考えなおした。
 念のため製薬会社のホームページを閲覧しようとしたが、繋がらなくなっていた。首相のホームページも、工事中で繋がらなかった。

「まるで、本音のようだ」
 部下の宮下は、改ざんされたホームページを見ながらいつものように軽口を叩いた。
「そんなことは問題じゃない。これが事実なら、犯罪だということだ。こんな大規模なハッキングは、前例がない。犯人は、相当ITに精通しているはずだ」
 猪狩は、宮下の軽率な発言をいなした。
「犯人の目的は、何なんでしょうか? この文面を見ると単なる愉快犯ではなさそうですが…」
 もうひとりの部下は、暗に法案がポシャったための復讐だと思っているようだ。だが、誰が? 猪狩が思い出したのは、薬害の被害者として一躍時代の寵児となった高校生のことだ。その高校生の背後に、誰がいるというのだ?

「愉快犯だけではなく、復讐の線も視野に入れて捜査を始める。まだ被害届が出ていないんだ。慎重にな」
 猪狩は、部下たちに指示をすると、「捜査は明日からにする。明日午前中に被害届が出なければ、出向いて確認を取る。今日は、これで終わりにしよう」と指示した。

「メールの発信元は?」
 一人の部下が尋ねた。
「おそらく複数のサーバを経由して分からないだろうが、明日の朝発信元を技術調査班に確認してくれ」
 猪狩は、言ったもののそんなおめでたい犯人はいないと思った。素人でない限り、やすやすと自分のアドレスから直接送ってはこないだろう。なりすましメールという可能性もあり、世間を騒がせた遠隔操作ウイルスによるなりすましには、特に注意が必要だと感じた。いずれにしろ、明日には何かがわかるだろう。
「了解しました」
 部下は、言ってから、「お先に失礼します」と言って帰っていった。
 他の部下たちも、「お先に失礼します」と言って、帰り始めた。猪狩は、明日からの激務を考えると今日一日ぐらい部下たちに楽をさせようと考えた言葉だ。
 猪狩は、部下たちが帰った後に犯人から送られてきたFAX用紙を手に取って読み返した。

『警察諸君の努力の結果にゆだねる』とは、人を食った言い方だと猪狩は怒る前に呆れた。警察に対する挑戦か? この文面から察するに、マスコミにも送ったのだろう。明日になって、マスコミがどう報道するのか? 気がかりになった。報道如何によっては、捜査に支障があることも考えておかなければならない。

 次の日新聞各社は、沈黙を守った。どの新聞も、犯行声明は記事になっていなかった。新聞各社は、膨大な資料を引っ掻き回して証拠を探しているのだろうか? それとも裏が取れないため、裏を取る努力をしているのだろうか? いずれにしても、初動捜査に支障はきたさないと猪狩は胸をなでおろした。
 午後二時ごろ猪狩は、部下の宮下を伴って首相の事務所を訪れた。他の部下たちは、手分けをして厚生労働省や薬害が取りざたされている製薬会社に聴取に行っている。
 残った部下は、メールの添付資料を調査している。技術調査班は、メールの発信元を必死になって探してるが海外のサーバにやっとたどり着いたところだった。

 遠隔操作ウイルスによるなりすましではなく、海外のサーバを経由するというオーソドックスなやり方に猪狩は少し驚いた。遠隔操作ウイルスによるなりすましでは、送信したアドレスのパソコンを捜査せざるを得ない。そうなれば、アドレスを持っている人物に対して事情を聞かなければならない。犯人にとっては、捜査をかく乱できることになる。何故犯人は、なりすましをしなかったのか? これだけのハッキングをするほどITに精通している犯人なら可能なはずだが…。あえて海外のサーバを経由したのは、関係のない他人を巻き込まないという犯人の最低の良識ではないのか? と、思えてきた。

 対応に出た第一秘書の森田伸輔は、「誰です? こんな悪戯をするのは?」と、一瞬驚いた顔をした後で、改ざんされたホームページのハードコピーを見ながら、「まるで首相が馬鹿丸出しのような書き方だ。いたずらにしても度が過ぎる」と、怒りだした。
「しかし、首相のホームページは工事中ですし、製薬会社のホームページも閲覧できません…」
 猪狩は、偶然にしてはできすぎていると思いませんか? という後の言葉を呑み込んで、森田の反応を見た。
 馬鹿丸出しとは、言いえて妙だ。と、猪狩は思った。政治家のほとんどが馬鹿か愚かかそのどちらかでなくても詐欺師に違いないと思えてきた昨今を象徴はしている。内容がどうあれ、犯罪には違いない。

 被害届を出さないということは、ハッキングの事実を知らないおめでたい人間だからか? いやそんなおめでたい人間に、政治家の秘書が務まるとは思えない。
 何か、後ろめたいことがあるからか? それとも、本当に度が過ぎたいたずらなのか? 他に理由があるのだろうか? 少なくともこの男は、何かを知っているはずだ。
「単にホームページの更新ですよ。ハッキングされたからではなく、ホームページにセキュリティーの脆弱性が指摘されたから改善しているだけです。製薬会社のホームページが閲覧できないのは単なる偶然です」
 森田は、猪狩の予想どおりの答えを言った。
「偶然にしては、できすぎていると思うんですが…」
 今度は、宮下が発言して、探る眼を森田に向けた。

「どう答えたらいいんですか? ハッカー被害は、ありません。もしそんなことがあったら、今頃あなたたちを呼びつけて怒鳴り散らしていたことでしょう」
 森田は、言ってから、「我々だって忙しいんです。ここに来る暇があったら、いたずらをした犯人を捕まえてください。そうすれば、我々がハッカー被害に遭わなかった証拠になります」と、最後通牒を突き付けた。
 猪狩たちは、「ありがとうございました」と、型通りの礼を言って辞去することにした。これ以上話を聞く雰囲気でもなく、証拠がない以上突っ込んだ聴取もできないとなれば留まる必要もない。

 「ほんとうに、ただの悪戯なんでしょうか?」
 宮下は、事務所のビルから出て少し経ってからボソッと尋ねた。
「おまえはどう思う?」
「森田が言ったように、度が過ぎていると思います。他の文章や写真にしても、量が多いだけではなく一般人には入手できないような内容もあるようですし信憑性もあると考えます。単なる悪戯だとは、思えません」
 宮下は、珍しく熱く語った。
「お前の言うとおりだろう。しかし被害届が出ない以上、事務所の線からハッカーの捜査をすることができない。パソコンを、証拠として持ち帰るわけにはいかないからな」
「これからどうします?」
 宮下は、途方に暮れたという顔をした。
「そうだな。薬害被害者で首相とも面識のあった藤田彩乃の身辺から捜査することにしよう」
 猪狩たちは、その足で藤田美奈子の家に向かうことにした。

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