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ブービートラップ 5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ

4.サイバー犯罪対策課 に戻る
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香(このページ)
8.ジレンマ/9.報道 次の章
10.沈黙
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

5.藤田美奈子

 猪狩たちは、藤田美奈子が住んでいるアパートの階段で一人の男とすれ違った。男は、ダウンのジャケットを着ており、肩からカメラを掛けていた。週刊誌の記者か? 猪狩は、もうここまで取材に来ているのか? と、舌を巻いた。が、殺気立っているような顔をしていた。
 男は、二人とすれ違うと振り返って、「ブン屋さんか?」と、二人のスーツにコート姿から勝手に決め込んで、「無駄だと思うが、せいぜい頑張るんだな…」と、首をすくめてから足早に去って行った。猪狩たちは顔を見合わせた。
「あの調子じゃ、収穫はなかったようですね」
 宮下は、人ごとのような顔をした。
「報道の自由と称して、過剰に報道する輩のようだ」
 猪狩は、眉をひそめた。
 美奈子は、ちょうどパートから戻ったところだった。美奈子は、猪狩と部下の宮下の二人の刑事を自宅に招き入れ台所のテーブルを挿んで対峙した。
「早速ですが、昨日首相の事務所と厚生労働省、それに製薬会社のコンピュータをハッカーした旨の告白文が警視庁に届きました。関係者は否定していますが、何か心当たりはありませんか?」
 猪狩は、階段ですれ違った男のことが気になっていたが捜査に直接関係ないことを聞くつもりはなかった。
 猪狩の単刀直入な問いかけに、美奈子は驚いた。
「やはり、あのアンケートは本当だったんですね」
 美奈子は、困惑した顔だが納得したような口ぶりになった。
 美奈子の答えに猪狩たちは驚き、互いに顔を見合わせてから、「何かご存じなんですね」と、猪狩が代表して尋ねた。

 美奈子は、ありのままを美奈子の言葉で語った。その中には、『彩乃のおはなし』が彩乃の死後も続けられて、誰かが彩乃の代わりにブログを更新していたこと。それに、薬害法案が廃案になった時におかしなアンケート画面が表示されたことが含まれていた。
「アンケートに賛成したんです。罪になるでしょうか?」
 美奈子は、最後に尋ねた。が、おどおどした態度ではなく、どこかさっぱりしていた。
「事情は分かりました。しかし、何故そんなことを聞くんですか?」
 猪狩は、美奈子の態度が気になり尋ねてしまった。
「罪になるんなら、甘んじて罰を受けます。しかし、原因を作った政府や製薬会社にも、それなりの責任を取ってもらいます」
 美奈子は、毅然とした顔になった。

「罪になることはないでしょう。それに薬害は、我々の捜査範囲外です。残念ながら期待には沿えないのが実情です」
 猪狩は、言ってから美奈子の毅然とした態度に、自分たちが捜査対象になっているような錯覚を覚えた。立場が、逆転していることに気が付いたのだ。
「そうですね。残念です…」
 美奈子は、現実を悟ったのかため息をついた。
「そうでもないですよ。ハッカーが現実なら、ハッキングの被害を隠している首相たちに何か後ろめたいことがあるのでは? この捜査をきっかけにして、何か掴めるかも知れません。どうぞ、ご協力を」
 宮下は、言ってから頭を下げた。それから、横目で猪狩の顔を見た。
 宮下は、美奈子に同情したのか? それとも、捜査の進展を考えてのことか? 猪狩には、どちらにしても出過ぎたことを言ったと思えた。何故か、怒る気にはなれなかった。自分も立場が違えば、同じことを言ったかもしれないからだ。
「確約はできませんが、彼の言った可能性もあります」
 猪狩は、宮下の言葉を補足する形で言うしかなかった。これぐらいのことは言っていいだろう。と、思うことにした。
「そうですね。きっと、アンケートの通りになったんです。犯罪かも知れませんが、政府の犯罪を暴くお手伝いなら喜んでします」
 美奈子は、嬉しくなった。とんでもないことが突破口になるかもしれない。と、淡い期待を持った。

 美奈子は、犯罪にならないか念を押してから彩乃の友人たちの名前と住所を二人に教えた後に、「野村鈴香さんは、よく病院にお見舞いに見えていました。二人は、とても仲が良くて親友のようでした。それから、住所は分かりませんが、中野洋介さんという大学生が同じ病院に入院していて仲が良かったようです。彩乃の葬式に見えたのが最後です」と付け加えた。その時の光景が、美奈子に甦ってきた。「中野さんは、彩乃のために泣いてくれました」と、その時のことを言葉に出した。
「そうですか…」
「でも、犯罪を犯すような人ではありません」
 美奈子は、猪狩の態度で自分の失言に気が付き咄嗟に中野を庇うような口ぶりになった。 

6.中野洋介

  猪狩たちは、中野洋介から先に事情を聞くことにした。大学生ということが引っかかった。学部によっては、ITに精通していることも考えられたからだ。つまりは、容疑者の一人といっていい。
 住所が解らず、病院に寄って住所を確かめようとした。対応に出た看護師から、「中野洋介さんは、二か月前に亡くなりました」と、困惑した答えが返ってきた。念のため、住所を聞いてから病院を辞去した。

「犯人じゃなかったんですね。二か月も前に死んでいれば、犯行は不可能です。でも、二人はどんな関係だったのでしょうか?」
 宮下は、捜査以外の事に興味を持った。
「二人は恋人だったかもしれない」
 猪狩は言ってから、「そんな詮索より、真実を掴むことが先だ」と、宮下の余計な興味にくぎを刺した。
「すいません。ちょっと気になったものですから」
 宮下は、少しうな垂れた。
「まあ、関係ないことが真実につながることもある。そう腐るな」
 猪狩は、宮下の気持ちを察した。こんな仕事をしていると、様々な人のことを調べ上げなければならない。その中には、プライバシーも含まれる。宮下が、二人の関係に関心を持ったことも人として当然のことのように思われたからだ。 

7.野村鈴香

 野村鈴香の自宅は、マンションだった。
「かあさん、お客さん?」
 鈴香は、家に帰ると履き込んだ二足の革靴を見て尋ねた。
「警察の方が、鈴香に少し話を聞きたいそうよ。リビングで待ってもらってる」
 鈴香の母は、鈴香に告げた。
「かあさん、今行く」
 鈴香は、突然の刑事たちの訪問に驚いた。

 猪狩と宮下は、リビングのソファに案内されていた。二人の前のテーブルにはコーヒーが出されていた。鈴香が恐る恐る刑事たちの前まで歩いていった。
 二人の刑事は立ち上がり猪狩が、「鈴香さんですね。突然お邪魔して申し訳ありません。首相の事務所などをハッキングしたと犯行声明が届いたものですから、関係者の方に事情を聴いて回っています」と、簡潔に来意を告げた。

「警察が、捜査しているんですね」
 鈴香は、少し笑顔を見せて猪狩たちの前に座った。嬉しかった。これで薬害の疑惑が出てくれば、薬害法案が見直されるかもしれない。二人の刑事は、眼中から消えていた。が、慌てて「どうぞ」と、猪狩たちが立っていることに気づき席を勧めた。

「失礼します」
 猪狩たちは、ゆっくりとソファに座りなおした。
「昨日友達と証拠を探していたんですが、ダメでした…」
 鈴香は、昨日のことを話した。みゆきと夜半まで添付ファイルを見ていたが、直接の証拠を見つけることはできなかった。
「証拠と言いますと?」
 宮下は、鈴香の言葉に疑問を抱いた。
「彩乃のブログの書き込みの中に、『鉄槌』というタイトルを友達が見つけたんです。書き込みには犯行声明と、ファイルが添付されていたんです。添付ファイルの中には、改ざんされたホームページがありました。他には、文章や写真がいっぱい入っていました。何か証拠になるようなものが紛れ込んでいないか見てみたんですが、ダメでした」
 鈴香は、二人のために最初から説明した。
「書き込みの中に?」
 猪狩は驚き、「あなたは、犯行声明を信じるんですか!?」と、鈴香に尋ねた。
「はい」
 鈴香は、何のためらいもなく頷いた。
「警察は、どう思っているんですか?」
 今度は、不審に思った鈴香が逆に尋ねた。
「被害届が出ていないので、犯行声明だと断定していません」
 猪狩は、言ってから、「もし、あなたの知っている方でコンピュータに精通している人がいれば教えていただけませんか?」と、尋ねた。

「そんな…」
 鈴香は、目を白黒させて、「そんな人知っているはずはありません。彩乃の知り合いにしても、中野さんぐらいですが…」と、戸惑った顔になった。
 鈴香には、あの中野が犯罪を犯すとは考えられなかった。
 猪狩と宮下は、互いに驚き顔を見合わせてから鈴香に向き直り、「中野さんは、二か月前に亡くなられたそうです」と、事実を告げることにした。
 鈴香は、絶句した。気持ちを落ち着かせようとしているのか少しの間沈黙してから、「彩乃の葬式の時に会ったのが最後です。顔色が悪く、痩せた気がしていたんですが…」と、目を伏せた。
「ご存じなかったんですか?」
「はい。彩乃の知り合いだったし、葬式を最後に会っていませんから、亡くなっていたなんて…」
 鈴香は言ってから、「でも、そうすると犯人は、中野さんではなかった…」と、ホットした顔になった。が、気持ちは複雑だった。彩乃が愛した人が犯人ではなかったが、彩乃の後を追うようにして亡くなった。運命のようなものを感じた。

「ところで、犯行声明が書き込みという形で送られてきたんですね。迂闊でした」
 猪狩は、話題を戻した。少女の想いも分からなくはなかったが、少しでも多くの情報を集めたいと思った。念のためブログのアドレスを尋ねて、宮下に警視庁に残っている部下たちに調査させるために伝えるよう指示した。残っている部下たちは、メールの添付資料を調査していたが、無造作に送られてきたようで今のところ何の成果もなかった。
 宮下は、「失礼します」と言って席を外し、廊下に出て電話をかけ始めた。

「マスコミやインターネットに犯行声明とデータが流されたことは知っていましたが、ブログにまでとは知りませんでした。藤田さんには、おかしなウインドウが現れたことは伺いましたがその後のことは聞いていません」
「彩乃のお母さんに?」
 鈴香は、猪狩の言葉に驚いた。
「実は、藤田さんにあなたのことを伺ったんです。それで、何かご存じではないかとこうして伺った次第です」
「私を疑っているんですか?」
 鈴香は、少し身構えた。
「そんな…」
 猪狩は、戸惑って、「疑ってはいません。こんな言い方をするとあなたに失礼かもしれませんが、ハッキングが事実なら相手は相当ITに精通しています…」と、鈴香のために言葉を選んだ。
「私のような、高校生には無理だと?」
「はい」
 猪狩は、仕方なく頷いた。
「そうですよね」
 鈴香は言ってから、「じゃあなぜ? 私のところに?」と、疑念が湧いてきた。

「捜査を始めたばかりで、少しでも捜査につながる情報がほしいので伺った次第です」
 猪狩は、本音を言った。
「おかしなウインドウを見ますか?」
 猪狩は、鈴香の言葉に驚いて鈴香の目を見た。
「念のため、ハードコピーを取っていたんです。彩乃の最後のブログをアップした時にも、おかしなアンケートのウインドウが現れたのでハードコピーを取りました」
 猪狩の無言の問いかけに鈴香は、説明した。
「あなたが彩乃さんのブログを?」
 猪狩は、今までブログをアップしていたのが鈴香だと知って驚いた。
「はい。彩乃から、生前にブログをアップしてほしいと頼まれていたんです」
 鈴香は、真実を告げた。
「そうだったんですか…」
 猪狩は、複雑な顔になった。余命幾ばくもない少女が死を悟った後に、鈴香に後事を託したということか? 彼女にそこまでさせたのは、どんな理由があったのだろうか? という疑問が湧いてきた。

「ハードコピーを、見せていただけませんか?」
 我に返った猪狩は、疑問をひとまず置いて頭を下げた。
「今、印刷してきますから、少し待っていてください」
 鈴香は、言ってから立ち上がり自分の部屋に戻って行った。
 鈴香と入れ違いに、宮下が戻ってきて隣に座ると、「連絡しました。プロバイダに協力してもらって、おかしなプログラムがないか一応調べるよう指示しました」と言ったものの、そんなプログラムが残っているとは思えなかった。「そんな間抜けなハッカーは、いませんよね」とため息をついた。
「鈴香さんは、おかしなウインドウをハードコピーしたそうだ。今プリントアウトしてもらっている」
 猪狩は、事情を知らない宮下のために説明した。 

 鈴香は、数分で戻ってきた。

「これが、彩乃のお母さんが言っていたおかしなウインドウです。それから、こちらはブログをアップした直後に現れたウインドウです。もう一枚は、アンケート結果のウインドウです。ハードコピーを取ってペイントに貼り付けただけですが…」
 鈴香は、言いながらプリントアウトされたウインドウの画面を猪狩たちの方に向けてテーブルに置いた。
 猪狩たちは、テーブルに置かれた三枚のハードコピーを眺めた。
「すごい件数ですね」
 猪狩は、アンケートの非の件数に驚いた。一万件近くある。そんなに凄いブログだったのか? と、舌を巻いた。

「はい、いつもは二千件から二千五百件ほどです。彩乃のことが報道されてから今まであまり変わっていません。少し増えたぐらいです。それでも、ブログのアクセス件数の四倍以上になります」
 猪狩は、鈴香の説明にそれでも凄いブログだと感じた。藤田彩乃は、すでに亡くなっている。鈴香が代わりにブログを更新しているとしても、アクセス件数は変わっていないのか?

「参考になりますか?」
 鈴香は、ハードコピーを眺めている二人に向かって、恐る恐る尋ねた。
「これが犯人の仕業なら、ハッキングが事実のような気になります。犯人の気持ちが、現れている文章のようです」
 猪狩は言葉を選んだが、このウインドウがきっかけになったと確信した。犯人は、自分の思い込みだけではなく一般の支持を受けたうえで今回の犯行に及んだに違いない。

 決めつけは危険だが、単なる愉快犯がこんな手の込んだことをするはずはないだろう。ハッキングは事実で、被害者が何かの理由で被害を隠している。小さな証拠があるだけで、突破口になるのではないか? これからの、捜査の在り方を見直す時期だと考えた。「まだ分かりませんが、頂いてもよろしいでしょうか」と、鈴香に尋ねた。

「はい」
 鈴香は同意した。

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