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ブービートラップ 2.ハッカー

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌 に戻る
2.ハッカー(このページ)
3.マスコミ 次の章
4.サイバー犯罪対策課
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

2.ハッカー

  それは、『彩乃のおはなし』のアンケートが締め切られて、五分後に唐突に始まった。事前にハッキングされることは、当事者に分かるはずはない。分かっていたなら、対策を取られてハッキングすることができなかっただろう。巧妙にファイルに隠されたプログラムが、外部の指令によって覚醒した。

 首相の事務所と厚生労働省それに、薬害を取りざたされた製薬会社が標的にされた。
 首相の事務所のプログラムは、ごみ箱フォルダに残されているデータから送信し始めた。ごみ箱フォルダとは、フォルダやファイルを削除した時点で保存されるフォルダのことでフォルダやファイルを間違って削除した時に元に戻すことができる。反面、フォルダやファイルを削除したことで安心してごみ箱フォルダに残したままにしていることも往々にある。
 今回薬害に関するデータがパソコンに存在していたとして、削除したつもりでもごみ箱フォルダにまだ残っている可能性があったからだ。それから、他のフォルダを送信していった。
 プログラムは、画像ファイル・映像ファイル・ワード・エクセル・テキストファイルを選んで送信された。理由は、データが膨大になることと証拠が残されていれば前記のどれかのファイルに残されている可能性が大だったからだ。送信先は、本来の宛先を隠すために海外のサーバだった。海外のサーバから複数のサーバを経由して、本来の宛先に届けられた。ファイルを送信している間に、ホームページの改ざんを行った。

最後にハッキイングを行った旨を知らせるために、新しいウインドウを表示した。画面が一瞬固まったあと、画面の前面に小さなウインドウが現れた。

 ウインドウには、『愚かな為政者の仮面を被った詐欺師と、金の亡者への鉄槌』とタイトルが書かれており、悪魔の絵が右上に書かれてあった。悪魔の絵が笑うと、悪魔の笑い声が聞こえてきた。気がついた首相の秘書たちは、大急ぎで電源を切ったがそのあいだにも多数の文章や画像が流出した。
 厚生労働省のサーバーは、ウイルスが覚醒した時点でウイルス対策のプログラムがウイルスの存在に気が付きウイルスを駆除できたため少量のデータ流失にとどまった。
 一番の損害を受けたのは、製薬会社だった。不幸中の幸いというべきか、薬品などの極秘資料はハッキングから守ることはできた。製薬会社のサーバーは、ウイルス対策のプログラムがウイルスの存在に気が付くのが遅かったため、極秘資料の一部が流出しさらにホームページを改ざんされてしまった。

  流出した文章や画像は、マスコミやインターネットに脈絡もなく一方的に流され、首相の事務所の一部の文章は、『彩乃のおはなし』にも『鉄槌』というタイトルの書き込みという形で届けられた。『鉄槌』の中には、アンケート結果の画面と、アンケート参加者のコメントも添付されていた。

 ホームページの改ざんされた内容

 製薬会社

  ドクロの絵が書かれた毒性ハザードシンボルのマークが追加され、会社理念が改ざんされていた。

  我社は創業者一族を第一義に考え、多少の人的被害を恐れず利益を追求していく企業を目指します。
 政・産・学のトライアングルを死守し、国民を欺いても利益追求に邁進いたします。
 具体的には、かねてから深いお付き合いをいただいている現首相をはじめとする政治家の方々と、官僚の厚遇に答える形で持ちつ持たれつの関係を持続いたします。
 この度、我々が深く関係する新薬についての法案が廃案になったことを受け、これからも多少の被害を恐れず利益追求に邁進できると胸を撫で下ろしているところでございます。

首相のホームページ

  今回の薬害法案が廃案になったことを残念に思います。と、書いておこう。っと。だって、そんな法案が成立しちゃったら、自分の身も危なくなるじゃん!
 認可した時、厚生労働大臣だったし~。製薬会社から、結構もらっていたし~。突かれればやばいじゃん! 政治生命に関わっちゃうし~。でも、喜んでいるような顔したらおかしいじゃん。だから、苦渋に満ちた顔しちゃった。どう? なかなかの演技でしょ。これで国民を騙せれば、ずっと首相やってられるじゃん。と、胸を撫で下ろしているところです。 

 みゆきは、『彩乃のおはなし』を開いたままだった。新しい書き込みの中に、『鉄槌』という文字を見つけて、「『鉄槌』って、さっきのウインドウにあった書き込みがあるよ」と鈴香に告げて書き込みを開いた。
 難しい文章が並んでいた。みゆきは、難しい文章を読む気にはなれず、添付されている『ホームページのハードコピー』に気がつき、開いた。

「これは、受ける~」
 みゆきは、改ざんされた製薬会社と首相のホームページをスマホで見ながら、笑い転げた。
「呑気に笑ってる場合じゃないでしょ。これが事実なら、犯罪じゃ…」
 鈴香は、能天気なみゆきの態度に眉をひそめた。
 みゆきは、鈴香の態度を気に留める様子もなく、改ざんされたホームページの内容を読んで、「案外本音じゃねえ?」と、ハッキングが事実だと信じきっている様子だった。

「あなたは信じるの?」
「はいはい。私はどうせ落ちこぼれ。彩乃やあんたみたいに頭が良くないから」
 みゆきは、首をすくめて見せたが、「本当のことだったら彩乃は、製薬会社に殺されたことになるじゃん。これぐらいのことやって当然だと思わない?」と、逆に鈴香に尋ねた。
「それは…」
 鈴香は、はっとした。みゆきの言う通りかも知れない。薬害が事実なら、薬害を暴くためのささやかな彩乃の抵抗かも知れない。「でも、彩乃がハッキングできるとは思わない」と、事実をみゆきに告げた。

「誰かが、彩乃のためにやったとしたら?」
「今になって?」
「だから、薬害法案ができたら、他の被害者は救われるじゃん。それで、終わりにするつもりだった? かも? でも、薬害法案が、なんだっけ?」
 みゆきは、言葉が見つからないので鈴香に尋ねた。
「廃案?」
「そう。その、はいあんになったから、やっちゃったんじゃない?」
 みゆきは言ってから、鈴香の反応を見るように鈴香の座っている横に立って鈴香の顔を見下ろした。

「じゃあ、法案が成立していたら、ハッキングは起きなかったというの!?」
 鈴香は、厳しい眼で横に立っているみゆきの顔を睨みつけた。
「そんな怖い顔しないでよ」
 みゆきは少したじろいだあとに、自分の考えていることが正しいと確信は持てなかったが、「他に考えられないじゃん…」と、伏し目がちに控えめな声で答えた。
「そうだとしたら…」
 鈴香は、パソコンを小さなテーブルの上に移動させると、書き込みに添付されたファイルを開いた。
 みゆきも気になったのか鈴香の後を追うようにして鈴香の隣に座って、「どうするつもり?」と尋ねた。
 呆気にとられたみゆきに鈴香は、「薬害の証拠を探すの!」と、真剣な顔になりパソコンを操作し始めた。添付ファイルは圧縮されており、鈴香は解凍から始めた。

「ウイルスは?」
 みゆきは、いつも慎重な鈴香が何のためらいもなく送信者不明のファイルを解凍していることが気になった。
 鈴香は、ファイルがウイルスに汚染させているかも知れないとは、考えなかった。「彩乃のためにやったことなら、心配はいらないはず」と、答えてから作業を続行した。

 3.マスコミ 次の章


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