63 ダレン・シャンの映画


 一年前「シネマティックサークル」なんて大層な名前の割にただファミレスで映画について話す会に入ったのは先輩の強引さによるものが大きかった。チャラそうな見た目は髪を黒くしてスーツを纏ったところで消えない。入会後すぐ別サークルに消えていった一年の存在は完全に無視して、我々は今日も駄弁っていた。ハリー・ポッターについて延々語っている先輩がふいに出してきた「ダレン・シャンの映画」について、私は聞かなかったことにした。流したのだから、察しろ。留めにドリンクバーに立ち上がろうとしたのにあろうことか加藤ちゃんまでもが映画の話を続けたからグラスを持った中腰をまた降ろすことになってしまった。彼女だって原作が好きだったはずなのに、世渡り上手はこんなところも上手く渡れるのか。もういいもういい、と息を切らしそうな私に先輩は確認するように不安そうな声で問う。
「あれ、お前ダレン・シャン好きだったよな?」
「ダレン・シャンではハーキャットマルズが好きなんですけど、映画なんてあったんですか」
「あったよ、ほら。ウィキにも載ってる」
「マジレスいらんっすよ」
「は? どういう」
「いやまぁ、いろいろね、あったんですよね。好き嫌い別れるっていうか」
 先輩原作未読だったんですね、と加藤ちゃんは先程より低いトーンになっている。確かにハリー・ポッターの時の熱が消えたように先輩は半笑いでコーヒーを飲んでいた。実のところ私より原作ファンの彼女は、喧嘩っ早い私と違って淡々と毒を吐いたブログを過去に投稿していた。知っているのは同期の中でも数名だけだ。もう一度グラスを持って今度こそ立ち上がった。サイダーみたいな喉が痛くなるものが飲みたくなった。
 ジンジャーエールを手に席に戻ると、話はまたハリー・ポッターに戻っていた。「自分は絶対にレイブンクローに選ばれたい」という主張を続ける彼にホッとしたものの、彼女があの話をどういう風に終わらせたのかは気になっていた。しかし「先輩アホなんで無理ですよ」と返している彼女の声から、ホットケーキが焼ける前の小さな気泡みたいなプツプツした怒りが見えてしまった。口いっぱいに炭酸を含んだ。
「加藤ちゃん冷たくない? 俺今日もお祈りされたのに」
「先輩の勇敢さはグリフィンドールっすよ」
 喉にぴりと刺激が一つ。先輩は何も知らずに感謝を口にした。目が合った加藤ちゃんはぎゅうっと目を瞑りながらくつくつと笑った。

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