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僕が出会った風景、そして人々(番外編その⑪)

遺跡の発掘現場で芽生えた恋

前回はT坂遺跡の現場開始にあたり、新メンバーを招集したところまでお話ししたかと思う。
 その現場はとにかく波乱万丈、僕の貧しい筆力では到底描ききれないほどエキサイティングで、しかも哀愁に満ちたドラマの舞台となったのである。

調査現場を仕切ったのは友人N君であったが、新しく入った面々はみなたいへん個性的かつマイペースであり、しかも(自称)天才ぞろいだったため、リーダーたるN君の苦労はひとしおであった。

なかでも俳優のH川氏は、背も高く声に張りがあり、いわゆる強面こわもてのお兄さんとして、その存在感は群を抜いていた。
 そもそもリーダーのN君は映画と芝居と音楽と女性をこよなく愛する男であり、黒澤明の映画を観て深く感動し、「フーテンの寅さん」を観て主人公の生き様にあこがれる、そんないい男であった。
 今回、発掘の新メンバーを募集するにあたり、例の「笑い仮面」ことK主任と一緒に面接官を務めた際にH氏の履歴書を見たN君は、彼が某劇団の中堅俳優であることを知った。しかも経歴のなかに「○○○○の少年」という映画の主演をつとめたと記してあったから大変だ。
 N君はそのマイナーな映画(失礼!映画史に残る貴重な作品です。)をちゃんと観ており、しかもそれは彼が大好きな映画のひとつでもあった。
 そんな経緯から、現場が始まるときからN君はH氏に一目も二目も置いていたのである。

さて、発掘調査が始まって間もなく、恒例の新人歓迎会が現場プレハブで催された。K主任はお堅い役所の人間ではあったが、反面、たいへんなロマンチストでもあり、ことのほか人と人のふれあいを重視していた。
 それで、何かというとすぐに飲み会を催して心の交流を図ったのだ。

歓迎会がたけなわを迎える頃、八王子市に住むK主任は、電車の時間を気にしてしぶしぶ退席した。

「うんうん、後は君たちに任せたよ」
 細い目をさらに細めてそう言うと、K主任はプレハブを後にした。

その他数人のメンバーも三々五々席を立ち、数人の猛者が後に残って飲み続けた。

やがて、N君はかしこまってH氏にビールを注ぎながら、こう切り出した。 「あの、Hさんは”オキナワの○○”の主演をされたんですよね。ボク、あの映画を観ました。とっても感動しました!」

すると、H氏は少し眉をひそめながら、沈痛な面持ちでこう答えた。

「・・・ああ、あれ観たの?・・・恥ずかしいなア・・・ヒドイ演技だったよね。」

「え?そんな・・・よかったですよ。」

「ふ・・・あの頃のオレって、何にも知らなかったんだよな。」

そして沈痛な表情のままで、深くため息をつきながらこう付け加えた。

「芝居ってモンを簡単に考えてたんだよな。あの頃のオレは。」

「そ、そうですか。」N君が真摯な表情でそう答えた。

「ふーん。まア、そんなこともあるよね。」

少し離れた席に座り、鼻毛を抜きながらビールを飲んでいた自称大天才画家のTムラが口を挟んだ。酒はそれほど強くないので、すでに顔が赤黒く変色しつつある。

「うっせえおめエ、だーってろよ!今、お二方がいい話してんじゃねえかよ!」

髪の毛を茶髪に染めたヤンキー青年のS戸君がTムラを睨んだ。彼はメンバーの中で一番の若造だが、一番イキがっていて、いつも尖っている。

「まあまあS戸、楽しく飲もうよ」
「はあ、すいませんAさん」
いつも人心の調和を心がけていた僕は、すかさず間に入ってS君をなだめた。何故か知らないが、現場に入った初日からS君は妙に僕に懐き、僕の言うことはよく聞いたのだった。

「ふーん。みんなアレだね。意外と真面目なんだねー。」

某アングラ劇団お抱え脚本家のY女子が、アンニュイな表情でつぶやいた。

「Aさんは、付き合ってる人とかいるんですかー?」

横に座っていたOさんが無邪気な表情で僕に話しかけてきた。年の頃は25、6歳、やや小柄だが一重瞼がよく似合う蠱惑的な女性で、出会った当初から気になる存在であった。

「え?・・・いやア、そんな。僕、ぜんぜんモテないんですよ」

「えー、うそー。とっても素敵ですけど。なんか落ち着いてて大人っぽい雰囲気だし。」

「Oさんこそ、美人だから彼氏、いるんだろうな」

「えー、全然。彼氏なんていませんよ」

そんな他愛もない会話を通して、僕たち二人は互いの状況を確認し合っていたのだろう。僕は彼女が現在フリーだと知り、俄然ファイトがわいてきた。そう、舎人以来、すっかり忘れていた恋心にスイッチが入ったのだ。

もっとも、僕は後で女性のしたたかさを思い知らされることになった。
 その時Oさんにはすでに数年越しで付き合っている彼氏がいたのである。 一緒に食事などをするようになってから、そのことを彼女から聞かされた僕は、それでもあきらめきれずにOさんの飲み友達として仲良くお付き合いをさせていただいた。

そんなわけで、舎人以来、僕の恋は連戦連敗であった。
 実らぬ恋を胸に秘めつつ、その思いを小説に投影させることで消火、もとい、昇華させるのだ・・・と、当時の僕は考えていたのだろうか。

しかしそんな可愛そうな男にも、ついにチャンスが訪れた。
傷だらけの(?)僕のハートを射貫いた天使は、Tさんという、某美術大学に通う女性だった。

といったところで、今回は終わりにしておこう。
忍耐強く心優しい読者諸氏よ。ここまで読んでくれたことに深く感謝申し上げます。
 続きを楽しみに待っててね。

『おいおい、発掘調査の話はどうなったんだ?』と思った貴方、次回はちゃんと書くのでお楽しみに・・・。

(続く)


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