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東日本大震災と原子力発電を取り巻く環境の変化(2)

〜前回からの続き〜
世界に衝撃をもたらした福島第一の事故を契機に、法制度の整備が進められます。

完璧な制度なぞこの世には存在しないこともあり、制度はその時にできる技術的なことや現実的な落とし所、多くを踏まえて設定されます。
耐震設計を例に取ってみましょう。
全ての建物を震度7(現行震度の最大値)が起きても無傷となるよう、頑丈に設計しましょう!という決まりを作れば、安心できますよね。
でも、それには多くのコストがかかることは間違いない。
震度6まで持つ5000万円の家
震度7まで持つ2億円の家
どちらか選べ、と言われた一般的な金銭感覚をお持ちの人は前者でしょうし、お金があって安心安全はお金を払ってでも買いたいといういう人は後者になるでしょう。選択が可能ということは、一概にどちらが正解とはいえないわけです。
自分が法律を整備する側だったらどうするか?難しいですよね。

地震大国の日本は耐震設計の基準が他の国と比較して高いのですが、これも基準が制定された時から高かった、というよりも過去に起きた大きな地震を契機に、徐々に改善がなされてきて今の形になっているという認識です。なので、現状のものも将来変わりうる可能性は十分にあります。


過去に起きた地震を教訓に耐震設計の基準が見直し、強化なされたのと同様に、原子力に関する規制も見直しが図られました。いわゆる、ニュースなどで時々耳にする「新規制基準」というやつですね。
(ちなみに、規制側の独立性を確保するために、規制の母体が経済産業省から環境省に移ったりといった対応も取られています。原発を推進しよう、という親(経済産業省)のもとにに子(規制側)がいたら、親の顔色を忖度した判断をしてしまうんじゃないの?という意見を反映して独立を図った話。その辺の話はとりあえず置いておきます)

基準の主な問題点としては、
・地震や津波等の大規模な自然災害の対策が不十分であり、また重大事故対策が規制の対象となっていなかったため、十分な対策がなされてこなかったこと
・新しく基準を策定しても、既設の原子力施設にさかのぼって適用する法律上の仕組みがなく、最新の基準に適合することが要求されなかったこと
などが挙げられていましたが、今回の新規制基準は、これらの問題点を解消して策定されました。

ということで、細かい変更点を挙げるとキリがないほど大量の変更がなされたわけですが、大きくは 
”これまで自然災害への認識が甘かった。厳しくした。”
”新しく基準を作ったらの、過去に遡っても適合することを要求するように制度化した(バックフィット、というやつ)”
ということです。
2点目は当然じゃないの?という意見も聞こえてきそうですが、実生活レベルで見ると厳しいことを言われているのがなんとなくわかるかと。
例えば、普通免許を保有している人はそれなりの割合いるかと思いますが、「自動運転技術が導入されたことに伴い、試験問題が変わりました。なので、免許保有者は全員試験を受け直してください。不合格だったら免許は没収します。」と言われているのに等しい。
ただ、原子力発電所のような極めて高い安全性が要求される施設・設備で、かつ安全性に影響をもたらしうる知見により制度が変更になったのであれば、電気を利用する側からも、バックフィットであって欲しいと思うかと。

電気料金の値上げ申請のニュースなどでも原子力発電所の再稼働の話が引き合いに出されますが、震災から12年を経過した今でも再稼働に至っていない発電所は多くある原因の一つは1点目によるものです。
ざっくりいうと、これまで「過去で一番大きい地震・津波が来襲しても安全であるようにしておきましょう」というような思想でした。(描写が粗めです)
で、例えば津波に関していえば、過去のことを色々と調べたら、最高で5mの津波が来ていたことがわかった。じゃあ、余裕をみて10mの敷地の高さにしましょう、という決め方です。
これはこれで、説得性がある決め方だと思います。
しかし、3.11地震は過去に想定していないような大きな地震でした。それを踏まえると、「過去の最大だけ考慮しても、危ないんじゃない?」というのは当然起こりうる議論であり、科学的に考えうる最大規模の地震・津波を考慮した設計にしましょうと、方針の大転換が図られたわけです。

さらにもう一歩、思考を進めてみます。
じゃあ、科学的に考えうる最大規模の地震・津波ってどうやって決めるんだ?という話になる。もちろん、事業者側にも規制側にもアンサーはないわけで、事業者は必死こいてこれが最大だと思います、という答えを準備して規制側に説明します。で規制側はここは納得いかない、とか、蓋然性が低い、といったことを指摘して、さらに事業者が方針を変えたり、検討を追加したり・・・・というのを繰り返します。地震も津波も(他にも火山なり、要因はたくさん)設計を行う際のベースになるものですので、これらが決まらないと実際の設計に移って行けない。

若干でも、理学・工学に触れたことのある人であれば、この
「考えられる最大を決める」
ということが、どれだけ難儀で労力のかかることか、想像いただけると思います。
歴史的に世界一身長の高い人(=過去の最大)はグーグル先生に聞けば答えがすぐ得られますが、”理論的に、人間の身長の最大は?”と聞かれると途端に難易度が上がる、そもそも答えがあるのかもわからない状態になるのは、なんとなくご想像いただけるとこかと。

次回は、少しこの辺を深掘りしてみます。

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