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アンフィニッシュト 43-1

サンデー毎日(毎日新聞出版)にて2017年秋まで連載していたミステリー小説を毎週火・木にnoteにて復刻連載中。
1960年代後半の学生運動が活発だった日本を舞台に伊東潤が描くミステリー小説。

 石山の部屋を辞した後、鑑識に向かった寺島は、一千枚近い写真の中から目当てのものを見つけ出した。
 その写真は、簡宿の隣の駐車場を写したものらしく、現場から火災風で飛ばされたとおぼしき「Disk Lord」の黒い袋が、はっきりと写っていた。しかも、袋の中のLPのジャケット写真まであった。
 ジャケットにあるバンドの名を調べると、あの夜、クラブパーチェでライブをやっていたバンドと一致していた。
 ――落ち着け。短絡的になるな。
 まず考えられるのは、簡宿の誰かがクラブパーチェに行っていた可能性である。
 だが簡宿に住むような者が、そんな趣味を持つだろうか。プレーヤーまで備えたオーディオセットを所有するような資力もないはずだ。
 ――やはり、石山は簡宿にいたんだ。クラブパーチェを出た後、誰かと出会い、簡宿へ行くことになったのではないか。
 点と点が細胞のように結び付き、一本の線が浮かび上がってくる。
 ――まずは福岡だ。
 LPの写った写真を鑑識から借り受けた寺島は翌朝、島田と野崎に経緯を話して写真を見せた。すると二人も、偶然の一致にしてはできすぎていると思ったのか、強い関心を示した。
 二人を粘り強く説いた結果、寺島は福岡行きの許可をもらうことができた。
 平成二十八年二月、福岡県県会議員の玉井勝也に会うべく、寺島は福岡に向かった。

 中洲の繁華街から少し外れた冷泉(れいぜい)町の表通りに、玉井勝也の事務所はあった。さすがに地元の名士だけあり、事務所自体は質素を装いながらも、場所は一等地である。
 玉井は、欧米人がよくそうするように両手を広げ、「ようこそ」と言いながら寺島を迎えてくれた。だが、その目には警戒心が漂い、「招かれざる客」が来たという感情があらわである。
「東京からでしたね。ご苦労様です」
「厳密には川崎からです」
「ああ、そうそう。川崎ね」
そんな些細なことは、どうでもよいと言わんばかりに、玉井は空返事をすると、傍らのソファに寺島を導いた。
 六十も半ばを過ぎたとおぼしき玉井の頭は禿げ上がり、腹も出ているが、長きにわたって政治家をやってきたというだけあり、食えない男という第一印象を持った。
「それで、石山君のことですね」
「そうなんです」
 寺島は事件の概要と、ここまでの捜査状況を当たり障りのない範囲で伝えた。
「なるほどね。つまり石山君が、火災に巻き込まれた可能性もあるんだね」
「そうなんです。しかも放火は確実なので、犯人が誰かを殺すために、多くの人を巻き添えにしたとも考えられるのです」
「つまり、その誰かが石山というわけかい」
「いや、石山さんがそこにいたことさえ、まだ確実ではないんです。それと――」
 寺島が思い切って言ってみた。
「石山さんは偶然そこにいただけで、石山さんが会っていた人物が、狙われていたのかもしれません」
「ということは、まだ不確定要素が多いというわけだね」
「そうなんです。まずは、石山さんが簡宿にいたという確証を得ることから始めねばなりません」
「その通りだ」
 そう言うと玉井は、胸ポケットを探る仕草をした。
「煙草なら気にしませんので、吸って下さい」
「いや、少し前にやめた。そういうご時世だからね」
 寺島はうなずくと、最初の質問をした。
「石山さんは、象牙のライターを学生時代から使っていたようですが、ご記憶はおありですか」
「ああ、覚えているよ。親父の形見とか言っていたな」
「これがそうですか」
 鑑識から借り出してきたライターをビニール袋ごと見せると、それをじっくりと見た玉井は、ぽつりと言った。
「懐かしいな。間違いない。石山のものだ」
 それが、玉井が初めてみせた人間臭い表情だった。
「石山は、東京にのみ込まれたんだな」
「のみ込まれた――」
「ああ、東京には欲望が渦巻いている。その渦に巻き込まれたら、抜け出すのは容易じゃない」
 神奈川生まれの寺島には、よく分からないが、地方で生きる人の中には、そういう感覚を持つ者もいる。
 確かに石山は欲望に取りつかれ、大都市東京の狭間に落ちてしまったと言える。
 ――だがそれは、欲に駆られた自分の責任じゃないのか。
 東京に責任を押し付けようとするかのような玉井の言葉に、寺島は反感を覚えた。
「石山も、こちらに戻ってくればよかったんだ」
「結果的には、そうなりますね」
 石山の安否は不明だが、たとえ生きていたとしても、その感想は大きくは変わらないはずだ。
「次の質問ですが、石山さんには簡宿に寝泊まりするようなご友人がいたか、お心当たりはありませんか」
「ちょっと思いつかないね」
「では、これを――」
 寺島は雄志院大学から借りてきた二冊の卒業アルバムを見せた。石山と玉井は一年のずれがあるので、寺島は二冊持ってきていた。
「ああ、懐かしいな」
 玉井は微笑むと、同期のアルバムからページをめくり始めた。

著者:伊東潤(Twitter公式サイト
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。日本アイビーエム株式会社を経た後、外資系企業のマネジメントを歴任。2003年にコンサルタントに転じて2006年に株式会社クエーサー・マネジメントを設立。2007年、『武田家滅亡』(角川書店)でメジャー・デビュー。2010年に専業作家となって今に至る。

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