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完璧な表。不安定なフィルム。

今日、電車の中で音楽を聴きながら色々なことを考えていたら、涙が溢れてきた。周りにたくさんの人がいる中で涙が止まらなかった。咄嗟に俯き、涙が止まるまで両手で顔を抑えた。

特に何かがあったわけではないし、ここ最近で悲しいことがあったわけでもない。涙する数秒前まで平然と電車に乗って過ごしていて音楽を聴きながら写真のことを考えたり、ある人のことを考えたりしていた。今この文章を書いている夜になって、なぜあの時に涙が溢れてきたかももうよく覚えていない。ただ、唯一思い出せることは、後悔してることに気付いたからだと思う。もう修復できない、取り戻せない時間に後悔していることに気付いたから泣いたんだと思う。


今年の12月に4年ぶりの個展が決まったことで今までにないほど写真のことを考える日々で僕の頭の中はごちゃごちゃしている。自分の部屋で印刷した写真を見つめては考え、デスクに座りパソコンの中にある写真を見つめては考え、また床の上の写真を見つめる。そんなことを何度も繰り返している。

12月の個展は全てフィルム写真で展示する予定だ。僕がフィルムカメラを頻繁に使い出したのは近年のミラーレスなどのカメラは写真が綺麗過ぎて撮っていてつまらないという理由からだった。使っていて性能もよく、その性能によってさほど失敗することもない。素晴らしい描写だけど、なんか味気ない。そんな理由だった。もちろん仕事の面では失敗のない機材、極限まで揃えられた性能がベストだと思っている。でも自分の作品やプライベートでそんな性能のカメラは必要なのだろうか。失敗しないことがいいことなのだろうか。自分にとって何が大事な要素なのか。そんなことを考えていた僕は仕事以外ではデジタルカメラを一切使わなくなった。

自分の部屋の床に散りばめられた写真を見つめ、フィルムの良さはなんだろうと考えていた。昔から機材やスペックなどはあまり気にならず、自分の直感や気持ちを優先しているので単純にフィルムって、なんかいいよね。ぐらいにしか考えてないなかった。人々が今でもフィルム写真に魅了される理由。それは人それぞれにあるだろう。そんな中でふと自然と僕の頭の中に浮かんできたのが「フィルム写真は不安定」という言葉。12月の個展のために撮りためている写真はあるテーマを持って撮影している。そのテーマ性や自分の写真がそう思わせるのかもしれないが、フィルム写真は少しバランスを間違えると崩れてしまいそうな危うさ、そして儚さがあると思う。

人は誰でも心の奥に何かを抱えて生きている。普段の生活や自分がいるコミュニティーの中では表の顔がその人の印象や人間性を周囲に形づけ、そこから外れることもなく、内面の深い部分はなかなか表には出てこない。自分が本当に心許せる相手にそれを話すこともあれば、誰にも言えないことがあったり、当の本人でさえまだ気づいていない感情が心の中には隠れているのかもしれない。また、人の本当の美しさとは外見の完璧さや秀でた能力ではなく、どこか欠点となる部分がありつつも見えてくるその人の愛くるしさや人間臭さなど、良い部分も悪い部分もそのままで全てをひっくるめてそれがその人の魅力になると思っている。それらは人も写真も同じことが言えるのではないだろうか。フィルムもデジタルのように完璧ではなく、不完全だからこその美しさがある。そしてフィルム写真が持つ不安定さは人の温もりが通った跡を感じさせてくれるのではないだろうか。人の温もりや美しさや儚さを不安定で不完全なフィルムで切り取るからこそ人々は、人とフィルム写真を無意識に重ね合わせ、今でもフィルム写真に魅力を感じるのだろう。 

不完全な美、不安定な儚さ。

僕はそんな温もりのあるフィルムであなたを写したい。


石橋純

東京を拠点に様々な国や地域の自然に触れながら登山活動をする写真家。 山岳写真をはじめ東京・南青山にあるジャズクラブ BLUE NOTE TOKYO では国内外のトップアーティストを撮影し、ファッション雑誌やアルバムジャケットの撮影やコラム執筆など幅広い仕事を行っている。
またユネスコの無形文化遺産であるブラジルの伝統芸能「カポエイラ」を26年間学び、LAを本部に置くCapoeira Batuque カポエイラバトゥーキではContra Mestre(副師範) の位を持つ。20年近く子供から大人までを教えながらTVやCM、アーティストのMVや広告などでカポエイラの監修や指導をしながら自身もパフォーマー兼モデルとして活動する。2022年に写真集「Life is Fleeting」を刊行。

Jun Ishibashi is a Tokyo-based photographer. He travels around the globe, engaging in mountaineering and other nature-related activities. His wide range of work includes writing columns and photographing mountains, fashion, album covers, and top artists worldwide̶including ones in Japan’s BLUE NOTE TOKYO, a famous jazz club in Tokyo. He also studied Capoeira for 26 years, a traditional Brazilian art form that is listed in UNESCO’s Intangible Cultural Heritage. As a certified Contra Mestre in the LA- based group Capoeira Batuque, he has been teaching people of all ages for over 20 years. Furthermore, he is a performer and model, supervising and teaching Capoeira on TV, such as in commercials, music videos, and advertisements for artists.

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