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日本経済の活力を取り戻すために(冨山和彦さんの講演から)

 2月21日(火)の新しい資本主義実行本部・経済成長戦略委員会の会合では、経営共創基盤・IGPIグループ会長の冨山和彦さんから講演をいただいた。
その内容が「「ひざポン」(注)だったため、備忘録としてここに書いておきたい。
 なお、ここに記載することは、概ね冨山和彦さんの講演の内容になりますが、一部私自身の考察が入っていることはご留意の上、ご容赦ください。

(注)ひざをポンと叩きたくなるようなこと、我が意を得たりの意。

1.日本経済の停滞の要因

 現在は、「古い資本主義」のモデルが機能しなくなって久しい。
 「古い資本主義」のモデルとは、「昭和の日本型モデル」と「90年代以降の米国モデル」である。
 前者は、「カイシャ資本主義」によって工業化を進め、「1億総中流サラリーマン」を産んだ。
 後者は、「株主(デジタル)資本主義」によって知識産業を推進したが、格差という副作用も産んだ。
 こうした「古い資本主義モデル」からの転換を意識して、岸田総理は「新しい資本主義」という枠組みを提唱したのではないだろうか。

 これらの「古い資本主義」のモデルが機能しなくなった背景としては、デジタル革命とグローバル革命によって、時代の変化が早くなったことがある。
 この時代の変化に対応するためには、破壊的イノベーションによって産業構造を絶え間なく変容させていかなければならない。
 1990年代以降の日本経済の停滞の真因は、こうした大きなゲームチェンジに臨んで、日本の経済社会が、産業レベル・企業レベルでダイナミックな新陳代謝力を持てなかったことにある。

日本は新陳代謝(開業率・廃業率)の点で主要国比で大きく見劣りし、結果的に平均賃金も低迷

2.日本経済の新陳代謝を進める「社会共助システム」

 日本の経済社会がダイナミックな新陳代謝力を持てなかった理由は「会社内共助システム」にある。
 日本のセーフティネットシステムでは、「終身雇用+年功序列賃金」をベースとした日本型正社員を前提として、様々な保障や支援を提供してきた。
 リーマンショック、東日本大震災、新型コロナと続く危機にあっても、低失業率と低犯罪率を実現していることは奇跡的と言える。
 一方で、産業や企業の新陳代謝が遅れ、各国が新型コロナから力強く回復している昨年においても、低成長・低生産性・低所得に加えて、財政の悪化という大きな代償を払うことになった。
 現在のような変化の早い「破壊的イノベーション」の時代には、新陳代謝が機能しない経済社会は成長できないし、所得も増えない。
 さらに、終身雇用や年功序列賃金が崩壊し、パートや非正規雇用、シングルマザー等の多様な働き方が拡大した現在においては、過去に機能した「会社内共助システム」でカバーできるのは全体の2割程度まで低下している。
 一方で、米国型の「激しい新陳代謝+自助型モデル」は、格差と分断を固定化し、環境問題などにも対応できないことが明確になりつつある。
 つまり、「会社内共助システム」に依存した日本のセーフティネットシステムは、時代の変化に対応した新たなセーフティネットシステムへシフトすることが求められている。
 それが「社会共助システム」である。

 「社会共助システム」は、以下のような特徴を持つ。
・新陳代謝型産業モデル
スタートアップエコシステムをさらに磨く一方、生産性の低い既存産業・企業の退出・再編を容易にすること。加えて、ガバナンス改革の実効性を高めて企業自身の新陳代謝とトランスフォーメーションを促すモデル。

・「中抜き」「中立的」「包摂的」社会共助型セーフティネットモデル
雇用政策、少子化対策、社会保障等を全て包摂的(全世代・全国民)かつ多様な生き方・働き方を認める思想のもとで作り直し、デジタル技術やマイナンバー等を活用して個人を直接支援するモデル。

・多様で流動的な労働市場モデル
人手不足なのに賃金が上がらない背景にある「日本型正規雇用モデル」や「メンバーシップ型雇用モデル」から、「ジョブ型雇用モデル」にシフトする。さらに、不当解雇に対して裁判による金銭救済を認めない現行制度やリスキリングを企業に行わせる政策は見直す。

・官民の立体的役割分担
官はイノベーション促進型のルールデザインと執行に集中し、規制改革と競争政策を強力に進めることに注力すべき。変化の激しい現代において、官の役割を財政の乗数効果論や分野を特定した産業政策支援に求めれば、失敗する可能性が高い。

3.地方と中堅・中小企業の重要性

 GDPの7割、雇用の8割は「ローカル経済圏」と「中堅・中小企業経済圏」から生まれている。そしてその比率は、今後も上昇し続けるだろう。
 このセクターの「労働生産性の低さ」と「マネジメントレベルの低さ」こそが逆説的にいえば「成長の機会」である。
 つまり、地方と中堅・中小企業には「伸び代しかないわ♪」
 新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵略などによって「グローバル化の終焉」を迎えた今、ローカルの重要性が高まっていく。
 地方における、医療・福祉・運輸・小売・公務員・教員といったエッセンシャルワーカーこそが、今後のコア中間層となるべきであり、政策もこの産業の推進にフォーカスすべきである。
 こうした地方のエッセンシャル産業において、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めて効率性を高めていくことこそが日本の成長力を高める近道となる。
 これが岸田政権の掲げる「デジタル田園都市国家構想」の意義である。

4.北欧型モデル?

 上記のような新陳代謝モデルを推進していけば当然痛みを伴う。
 その解決策として考えられるのが「北欧型モデル」である。つまり、産業・企業の新陳代謝による痛みを、北欧型の包括的セーフティネットによって受け止めるべきである。
 北欧のように、スタートアップによって新たな成長産業の芽を育てると共に、離職者・失業者に対する包括的セーフティネットとリスキリングの機会を用意することで、労働力の柔軟な移動を可能にする。
 さらに、構造的な人手不足社会において、低賃金産業・低賃金企業が自然と淘汰(事業承継やM&Aを含む)されることで「構造的な賃上げ」を実現し、さらに多極集住(地方・農村における大規模な集住)への緩やかなシフトを促し、地方のエッセンシャル産業の成長を後押ししていくべき。

スタートアップがイノベーションを担い、既存企業が深化させる「両利きの成長論」

5.補足(質疑応答より)

・リスキリングは既存企業にやらせても実効性は高まらない。正規雇用の非効率を温存するだけ。変化の早い時代には、リスキリングは個人が選択できるようにし、産業間の移動も個人の判断に任せるべき。
・雇用の流動化を進める政策は順序が大事。まずは、今のセーフティネットが機能していない8割の労働者(パート、非正規雇用、シングルマザー等)にしっかりとセーフティネットを用意して、その後に、雇用の流動性を高める政策を導入する、という順番が望ましい。
・地方の活性化のためには「よそ者」「若者」「馬鹿者」を商工会議所の役員に入れることが大事。リモートワークしている人たちが地方の意思決定に参加できるように。
・さらに、地方の企業が「昭和から令和に」アップデートすることも必要。女性や多様な人が多様な働き方をできるように、まずは女子トイレや更衣室を整備する、といった発想が地方企業にこそ求められる。

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