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24時間歩けますか。100kmウォークに参加した話

東海道を歩いて京都まで行った経験は、わたしに歩くことへの自信を付けてくれた。

「もっと自分の力を試してみたい」

そんなことを考えていたら、茨城県で「100kmウォーク」というレースが開催されることを知った。霞ヶ浦を歩いて一周するというのだ。

歩行距離は104kmで、制限時間は28時間。不眠不休で歩くため「地獄」と噂のレースだった。

「東海道を歩ききった自分ならゴールできるはずだ」

己の限界にチャレンジしてみたかったわたしは躊躇せずに申し込んだ。

その日から100kmウォークに向けたトレーニングが始まった。平日は自宅の3駅前で電車を降り、歩いて帰った。

休日は20kmほど歩いて長距離ウォークに体を慣らす。レース1週間前は東京から横浜まで40km歩いて、リハーサルを行った。

レース当日。わたしは茨城県「土浦」駅で電車を降りると、「川口運動公園」にある会場で受け付けを行った。

スタート時間になるとサイレンが鳴り、119人の参加者は一斉に歩き始める。

驚いたことに他の参加者たちの歩行速度はとても速く、気が付けばわたしは最後尾を歩いていた。

しかし100kmウォークは耐久レースである。焦らず自分のペースで歩くことにした。

3月の暖かい日だった。のどかな田舎道を歩いていると、あちこちで桜や菜の花、つくしなど、春の風物詩が目に入る。

10km、20km、30kmとひたすら歩いた。コースには約10kmごとにエイドが設置されており、エイドごとに休憩を取った。

夕方、ようやく霞ヶ浦を一望できる道に出た。広大な湖の景色は、疲れた心を少しだけ癒してくれた。

時刻は午後5時。これから日没を迎え、その後も歩き続けるということを考えると気が遠くなるような思いだった。両足はジンジンと熱く、筋肉はパンパンに張っている。少しずつ足取りが重くなっているのを感じながら、ひたすら前へ進む。

体は疲れていたが、精神はまだまだ余裕があった。

「絶対にゴールしてやる!」「自分の限界に挑んでやる!」

といった負けん気が闘志を燃やし、歩く力を生み出すのだ。

午後9時、50km地点を通過。ここでようやく全行程の半分を歩いた。

この時は腰の痛みが限界を迎えており、軽くつまづいただけでビキビキッと電流が走った。

リタイアする気は全くないが、「もし今リタイアして家で休めたら、どんなに楽だろう」

という考えが何度もわたしを誘惑する。

深夜0時、65km地点を通過。かなり辛い時間帯だった。疲労&不眠のダブルパンチで、意識が朦朧とする。

気温は0℃を下回っており、寒さがじりじりと体温を奪っていく。

それでもひたすら歩いた。辛いときは大声で歌を歌ったり、好きな人の名前を叫んだり、とにかく声を出すことで自分を励ました。

そして午前5時。ついに夜が明け始めた。辺りが薄明るくなると、太陽の光が湖をキラキラと照らす。

朝日を見た感想は一言。

「つらい!」

一睡もせずに朝を迎えるのは最悪の気分だった。体内時計のリズムが狂って、急激な眠気を感じる。

ふと、自分の前を一人の男が歩いていくのを見かけた。白髪の男性で、両肩にボロボロのトートバッグを下げている。

彼の足元を見て驚愕した。彼はボロボロのサンダルを履いていたのだ。

背中にゼッケンを着けているので、間違いなくレースの参加者である。彼はここまでサンダルで歩いて来たようだ。

午前7時30分、7番目のエイドに到着。この時点で歩行距離は89km。

ここまで来ればリタイアはありえない。とにかく焦らず、安全にゴールすることだけを考えた。

しかし、ついに右足が限界を迎えることになった。膝の筋肉が疲労のあまり硬直し、曲がらなくなってしまったのだ。

さらに左足にはマメができた。こうなるともうまともに歩くことなどできず、ずるずると両足を引きずって歩いた。

午前10時20分、最後のエイドに到着。ゴールまであと7km。

エイドではインスタントの味噌ラーメンが振る舞われていた。くたくたに煮込まれたラーメンはとても食べやすくて、涙が出るほどおいしかった。

ゴールはとあるスーパー銭湯に設置されている。市街地に入ったので、近くに銭湯がありそうな気配は感じるのだが……。

最後のエイドを出発してどれくらい経っただろうか。もう痛みも疲れも感じない。心は虚無の状態で、ひたすら這うように進んだ。

とある陸橋を渡ると、向こうに「ゆ」と書かれた看板が見えた気がした。ゆ?

それが銭湯を示すマークであり、ゴール地点だとわかった時の嬉しさといったら。

「着いた!」

丸2日間歩いてゴールが見えた時の喜び。それはもう言葉に尽くせないほどだった。わたしはバンザイしたり、奇声をあげたり、踊ったりと、全身で嬉しさを表現した。

わたしは吸い寄せられるようにゴールテープをくぐった。
ゴールに着くとスタッフの人から「完歩証明書」をもらう。この世界に100kmの距離を歩ける人間がどれほどいるだろう? わたしは誇らしい気持ちになった。

タイムは25時間43分。初めてにしてはまぁまぁのタイムだった。順位を聞いてみると「計測していないためハッキリしないが、70位くらい」とのこと。

わたしはよちよち歩きで目の前の銭湯に向かった。服を脱ぎ、浴場に入ると、体を洗うのもそこそこに露天風呂へ。
湯船に浸かった瞬間、体が泡になってじゅわーっと溶けていくような、とろける気分を味わった。

頑張って良かった、諦めなくてよかったとしみじみ感じた。

大人になると周りの人間が優秀な人ばかりで、「自分に人より優れた部分なんてあるのだろうか」という気持ちになる。

それでも、わたしは100kmウォークをゴールして「自分は歩くことが得意」ということを証明できた。

たった一つでも特技があると、自分に自信を持てるのだと実感できる体験だった。

エッセイ「大人の遊びのずかん」


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