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和菓子作りと再起の炎

抜け殻。

憧れのレジャー会社を去ることになったわたしはすべてを失った気分だった。レジャーへの情熱は完全に消え去り、「日本の面白い遊びを広める」という使命感も失い、完全な抜け殻となっていた。

自分はこれから何をして生きればいいのだろう。まったく見当がつかなかった。

やることがないので近所を散歩するか、家でゲームをして過ごした。昔の引きこもり人間に逆戻りである。

わたしはレジャー業界に未練があった。今までに遊んだ体験の回数は90回に迫っており、このまま終わってしまうのは口惜しい。

結局、今までの活動を続けるしかないのだ。それは頭のどこかで理解していたことだった。

試しに会社のレジャーサイトを開いてみる。

もう自分はこの会社のメンバーではない。そう思うと胸が苦しくなり、思わずパソコンの画面を手で隠してしまう。

それでもサイトの閲覧を続けると、近場で体験できそうな遊びを探した。

見つけたのは和菓子作りの教室。

記事にはもみじや桜など、鮮やかに色づいた和菓子の写真が掲載されていた。

「これ、どうやって作るんだろう」

もみじの紅葉に桃色に染まった桜。クオリティが高くて、どちらも本物の花に見えた。

ああ、この感覚だ。気になる遊びを見つけると、心のどこかにスイッチが入るような感じがする。

気がつくとわたしは和菓子作り体験を予約していた。

「辞めた会社にすがりつくなんて未練がましい」

「会社の人がこのことを知ったら笑うのではないか」

そんな雑念が次々と浮かんだが、このまま腐って過ごすよりはマシだと自分に言い聞かせた。

体験日。わたしは徒歩で千駄木に向かった。冬のよく晴れた日だった。

教室は「谷中銀座」近くのマンションの一室にある。ドアをくぐると、中には清潔感のあるキッチンが広がっていた。

「ようこそこんにちは」

和菓子作りの先生は料理、茶道、お菓子作りをマスターしたというマルチタレントな人だった。今回の和菓子作りも、先生オリジナルのレシピを用意しするという。

この日は「寒椿」を作ることになった。
寒椿は11月~2月頃に咲く花で、深紅の花が幾重にも咲く姿はとても鮮やかだ。

寒椿なら知っていた。ちょうど最近、近所の庭で咲いているところを見たばかりだったのだ。

テーブルには材料の「練り切り」と「餡子」が置かれていた。練り切りは白いお餅のような見た目をしている。

「練り切りってなんですか」と聞くと、

「餡に求肥を混ぜたものですね」という答えが返ってきた。

ということは、材料の90%が餡子である。餡子だけでどうやって寒椿を表現するというのだろう、わたしは続きが知りたくなった。

まずは餡子をキッチンペーパーに当てて水分を抜く。水気が抜けることで、餡子が固くなって加工しやすくなるのだそうだ。

続いて練り切りを練ってやわらかくする。求肥が入っているので、人肌のようなもちもちした触感だ。

次は「色粉」という染料で練りきりに色を付ける。すると白い練り切りがほのかな紅色に染まった。

そのまま紅色の練り切りと白い練り切りを混ぜ合わせると、ピンク色の餡子が出来上がる。

ピンク色の練り切りで餡子を包み込めば「花びら」の部分が完成。

最後は花の中央にある「しべ」を作る。

しべの作り方はとてもユニークだった。

黄色く染めた練り切りを「茶こし」で裏ごしするのである。すると餡子が潰れて粒々になり、しべそっくりになるのだ。

作ったしべを花びらに乗せて寒椿の完成。

寒椿はとても愛らしい見た目をしていた。ピンク色の団子に黄色い「しべ」がちょこんと載った姿は、本物にそっくりだ。

この寒椿の材料が「練り切り(白あん)」と「餡子」だけということに驚かされる。和菓子には限られた方法で四季を表現する工夫が詰まっているのだ。

寒椿が完成したらお抹茶体験。茶道の経験もある先生がお抹茶の点て方を実演してくれた。

茶葉をお碗に入れ、お湯を入れる。そしてシャカシャカと茶筅を振ると、みるみるうちにお茶が泡立っていく。

自分もマネしてみたがうまくいかず、お茶は全く泡立たなかった。

お抹茶の準備ができるとさっそく寒椿をいただく。

一口食べると餡子の優しい味わいが口いっぱいに広がる。シンプルだが飽きのこない味わいだ。

お抹茶はほろ苦く、お茶請けによく合った。子供の頃は洋菓子が大好きだったが、大人になってようやく和菓子の良さを理解できた気がする。

この日は3人組の女性も和菓子作りに参加していた。一人の女性がうっかり屋さんで、残りの二人がフォローする様子はとても息が合っていて、一緒に作業していて楽しかった。

帰り道、わたしは「レジャー活動を再開しよう」と思った。

きっかけはレジャーサイトで和菓子を見た時に「これ、どうやって作るんだろう」と心を動かされたことだ。

今、あの気持ちの正体がわかった。

あの気持ちは「好奇心」だ。好奇心が火種になって、情熱の炎を再び燃やしてくれたのだ。

たとえ情熱が燃え尽きても、好奇心さえ残っていれば人はまた立ち直れるのだ。

こうしてわたしは活動を再開した。まずは復活の狼煙として、和菓子作り体験レポートをSNSにアップした。

すると徐々に会社の人との交流も復活した。ある先輩が飲みに誘ってくれた時は嬉しくて涙が出た。

やがてレジャーの体験回数が100を超え、「遊びのコーディネーター」という新しい仕事を始めるまでに至るのは、もうすぐ先のことだった。

エッセイ「大人の遊びのずかん」


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