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Excelとスプレッドシートの違いから学ぶ、SaaSの3つの価値

最近は、仕事でも趣味でも「非エンジニアがSQLを学ぶための教材を作る」ということをやっています。(趣味でSQLの教材を作ってるの、客観的に見てやばい。)その活動の中で、SQLをわかりやすく教えるときに「Googleスプレッドシート」との機能比較で教えると結構いいんじゃないかという実感があり、スプレッドシートもちょこちょこ使っています。その教材の中では「スプレッドシートではこんなに大変だった作業が、SQLだとあら不思議!」みたいなトーンなのでスプレッドシートが悪者になりがちですが、同時に「スプレッドシートってめちゃくちゃよくできてるなあ」と感じます。

特にスプレッドシートの素晴らしさの一部は、SaaSならではの良さから来ていると感じます。そこで今回は、かつて僕が親の顔より見たExcelとの比較の中で、スプレッドシートの内に感じる「SaaSの価値」について書きます。

拝啓、Excelの国から

色んなプロフィールに書いているように、僕は2016年まで富士通という大手SIerで働いていました。富士通と聞くと家電やPCのメーカーというイメージがあるかもしれませんが、売上の多くはITシステムやソフトウェアの開発が占めていました。ご多分に漏れず、僕も自治体向けのシステム開発の現場で働いていました。

世の中でExcelを使い倒している会社の業種を2つ挙げろと言われたら、僕はコンサル会社とシステム開発会社と答えます。それくらい、SIerの開発現場にはExcelが毛細血管のようにあらゆる場所に浸透していました。僕のいた職場でも、作業手順書やシステムの設計書などは全てExcelで管理されていました。業務時間の半分くらいはExcelに向き合って作業をしていて、PCの調子が悪くExcelがフリーズすると「何もできない。。。」と途方に暮れるほどでした。

Excelが単なる表計算ソフトを超えた使われ方をしていることには賛否両論あります。ともあれその汎用性の高い機能によって、データ集計だけではなく精緻なドキュメント作成やマクロを使った簡易的なソフトウェア開発にまで使われていたことは、驚くべきことです。(なおシステム開発現場でのExcelの使い方については、書き始めると止まらなくなります。今回の本旨ではないので、気になる人は「Excel方眼紙」や「神Excel」や「Excelスクショ」で調べてください。)

参考: 「Excel方眼紙」と「神Excel」は違うのか? Excel方眼紙の賛否を問う「Excel方眼紙公開討論会」実施[PR] - Publickey

一方、Excelの辛い部分もたくさんありました。そしてその一部はExcel固有の機能に由来するものではなく、デスクトップアプリケーション全般に広くある課題でした。代表的なつらみを挙げると、「〇〇設計書.xlsx"と"〇〇設計書_new.xlsx"はどっちが最新なんだ!」みたいなつらみです。個人でデータをいじったりドキュメントを作り込んだりする分にはいいのです。それがチームでの共同作業になると、「それぞれのPCで好き勝手に編集されるファイルをどのように共同管理するか」という困難に苦しめられます。これはExcel固有の問題ではなく、編集データをPCに保存するタイプのデスクトップアプリケーションに共通のつらさです。

SaaSの世界に移住して感じたカルチャーギャップ

富士通をやめて入社したのは、BtoB SaaSを開発するスタートアップでした。SaaSを開発するだけではなく、自社でも数多くのSaaSを導入していました。人によっては対面コミュニケーション以外のほぼ全ての業務がSaaS上で完結するといってもいい状況で、大きなカルチャーギャップを感じました。

プレイドでは、社内のコミュニケーションを円滑にするため、アクセラレーターチームでもGithubを使います。その他、Slack、Asana、Zapierなどいろんなツールを使っています(以前調べた際には今までプレイドでは120ほどのツールを使っていました)。

100人超えスタートアップのHR施策を公開!プレイドの組織づくりにおける非常識とは|kaorijo|note

僕も慣れ親しんだExcelから足を洗い、表計算が必要なときはGoogleスプレッドシートを、ドキュメント作成が必要なときはesaやDropbox Paperを使うようになりました。

Excelとスプレッドシートの差分から、SaaSの価値を探る

Excelとスプレッドシートは、機能としてはとてもよく似ています。後発であるGoogleがスプレッドシートの開発時にExcelを参考にしなかったわけはないので、然もありなんという感じです。それでも、やっぱり僕はスプレッドシートが好きだし、Excelの世界に戻れる気がしません。

Excelの世界からSaaSの世界に移住した僕が感じた決定的なSaaSの価値は、3つありました。それを紹介していきます。

なお、この記事にはExcelがこれまで築いてきた功績を否定する意図は全くありません。この記事ではデスクトップアプリケーションの代表としてわかりやすくExcelを取り上げています。Excelにはすでにスプレッドシートと同様のオンライン版が提供されています。今はデスクトップアプリケーションとしてのExcelの方が普及しており機能もリッチみたいですが、いずれはMicrosoftとしても今以上に本腰を入れてSaaSシフトを進めていくんだろうと思います。

またソフトウェアの分類として、SaaSとそれ以外を厳密に分類し切るのはとても難しいです。この記事では、おおよそ次のようなものをSaaSとします。

SaaSの特徴
Webブラウザ経由で機能が使え、専用のデスクトップアプリケーションの利用を必須としない
編集データはローカルPCではなくクラウドサービス側のサーバーに保存される
利用企業が自社でサーバーを管理する必要がない

1. URLだけであらゆる情報を共有できる

はい。この記事で私が言いたいことの大半は、これです。よく設計されたSaaSは、あらゆる情報をURLの形で他の人と共有することができます。共有されたURLをブラウザで開きログインすれば、同じデータの同じ箇所を見ながら会話することができます。「このExcelファイルの〇〇シートの〇行目〇列目を見て!」みたいなコミュニケーションが要らないわけです。

日々SaaSを使っていると、「こんな細かい粒度で情報共有できるのか!」と驚くことがあります。たとえばGoogleスプレッドシートでは、「特定セルを共有するためのURLを取得する」みたいなことができます。

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別の人がそのURLを開くと、当該セルにカーソルが当たった状態でスプレッドシート画面が開きます。「ちょっとここのデータおかしくない?」みたいなことが簡単にできるわけです。(その用途ならコメント機能を使ってメンションを飛ばした方が早いかもしれませんが。)

Googleスプレッドシートに限らず、よくできたSaaSはかなり細かい粒度で「データのとある場所」をURL形式で表現することができます。たとえば、Slackでは全てのチャットメッセージに個別のURLが発行されます。Backlogなどのタスク管理ツールでもあるコメントのURLを共有できます。エンジニアがソースコードを管理するGitHubでも、ソースコードの特定の行を表すURLを取得できます。

SaaS上にデータやメッセージを残すことで、「これ見て」の4文字にURLを添えるだけであらゆる情報を簡単に共有できます。

また、全てがURLで表せると、「タスク管理ツールのコメントに、関連するSlackのメッセージへのURLを貼っておく」といった使い方もできるようになります。異なるSaaS上の情報をURLで相互参照可能な形で紐付けておくことで、複数のソフトウェアに分断されバラバラになってしまいがちな情報を後から辿りやすくなります。

ひとたびこの「URLでコミュニケーションが完結する世界」を体験してしまうと、それ以前の仕事のやり方には戻れなくなってしまいます。これが、SaaSの利用者が得られる最も大きな価値だと僕は思います。

2. データのバージョンが分岐しにくい

SaaSの特徴の1つは、「編集データはローカルPCではなくクラウドサービス側のサーバーに保存される」でした。これにより前述したURLによる情報共有がしやすくなるわけですが、もう1つ関連する価値があります。それは、データのバージョンが分岐しにくく、管理が楽であるということです。

ExcelやPowerPointのようにPC上のファイルを編集するタイプのデスクトップアプリケーションでは、自分が編集した結果は当然自分のPCの中にしか反映されません。そうなると、元々同じファイルであったものが、それぞれのPCの中で独自の進化を遂げていきます。

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ファイルが複雑に分岐した結果どんな苦しみがあるかは、多くの人が経験したことがあるのではないでしょうか?たとえば次のような管理上の問題です。

最新のファイルがどれかわからない
他の人が入れた重要な変更がどのファイルに適用されているのかわからない
同じ箇所を別々の人が編集した場合に、変更をマージするのが大変

一方、Googleスプレッドシートでは同一ファイルを複数人で同時に編集することができます。これは「編集データがローカルPCではなくクラウドサービス側のサーバーに保存される」というSaaSの特徴をフルに活かした機能といえます。それによって、データの分岐が最小限に抑えられ、先ほど挙げたような管理上の問題を最小化することができます。もちろん、SaaSであろうとデータをどんどん複製してバージョンを増殖させるような使い方はできます。ただし、元々が「サーバーにある1つのデータをみんなで編集する」という考えの元で作られているので、使う側にデータ管理のノウハウやスキルが無くても、「最新のファイルがどれかわからない」といった問題を自然と回避しやすくなっています。

ただし、「編集データがローカルPCに保存されるようなソフトウェア」も分野によっては根強い人気を誇っています。たとえばSaaSの世界の真っ只中にあるいまの会社でも、GoogleスライドよりKeynoteの方が多く使われています。AdobeのIllustratorやPhotoshopなども、類似のSaaS製品で完全に代替される日はまだ遠そうです。特にビジュアルが重要であるような領域では、SaaSの普及はまだまだ途上に見えます。

3. システムの運用や自動化が楽

特に総務や社内IT部門にとって重要なのが、運用コストの低さです。SaaSを導入する方が、デスクトップアプリケーションを社員のPCにばら撒くより一般的に楽になります。これには、さらにいくつかの細かい要因があります。

一番わかりやすいのは、「社員のPCにアプリケーションをインストールする」ということ自体に手間がかかるということです。社給PCを用意するとき、全ての業務アプリケーションがSaaSで完結していれば、Webブラウザを入れておくだけで済みます。一方、専用のデスクトップアプリが必要なソフトウェアを導入する場合はそうはいきません。さらに厄介なのは、Excelなどのデスクトップアプリケーションにはバージョンの違いがあるということです。同じExcelファイルが、あるバージョンではうまく開けなかったりします。特定のバージョンで深刻なバグが見つかったら、そのバージョンを使っている全てのPCにアップデートを適用する必要があります。インターネット経由のインストールやアップデートが普及したことで楽になった部分はありますが、SaaSの「とりあえずブラウザでURL叩けば使える」という体験に比べるとまだまだ大変そうです。

他にも、「サーバーの管理が不要」というのがあります。一般的に、SaaS製品を使わなくても自社でサーバーの運用をすれば、「Webブラウザ経由で機能が使え、編集データがサーバーに保存される」ようなWebアプリケーションを利用することはできます。むしろSaaSがここまで普及するまでは、自社内のサーバールームや契約したデータセンター内にあるサーバーに自社が使うシステムがあるというのが当たり前でした。それに対してSaaSでは、このサーバーの管理はサービス提供者が一手に引き受けてくれます。「サーバーの管理はこっちでやるので、何も気にせずインターネット経由でWebアプリケーションの機能をお使いいただけますよ」というのが、そもそもSaaSが"as a Service"と呼ばれるゆえんです。サーバー管理までやってくれているのでソフトウェアの価格単体で比較するとSaaSの方が割高なこともありますが、「自らサーバー管理コストを払うことなく、共同作業で便利なWebアプリケーションを使える」ということを考えるとむしろ割安だと判断されることも多いです。

さらに、SaaSの「サービス提供者によってサーバーが一手に管理されている」という特徴から得られる価値があります。それは、SaaS同士を組み合わせた自動化が簡単にできるということです。ここも話すと長くなるので詳細は割愛しますが、有名なSaaSを使っていると、Zapierなどの自動化ツールを使った業務効率化がとてもやりやすくなります。

参考: Zapierで色々なサービスを連携してNoCodeで業務を自動化しよう | 非エンジニアのためのエンジニアリング

このように、SaaSを使うことで誰もがより本質的な業務に集中しやすくなるわけです。そして僕は、みんなの仕事を楽しくするパワーがあるそんなSaaSが大好きになり、SaaSの世界から足を洗えなくなってしまったわけでした。

Webブラウザという超汎用アプリケーション

SaaSは、実は「デスクトップアプリケーションを使わずに利用できるソフトウェア」ではありません。なぜならSaaSを使うときのあなたは、あるたった1つの汎用的なデスクトップアプリケーションを使っているからです。それは、ChromeやSafariやEdgeなどのWebブラウザです。

SaaSの普及によって、Webブラウザという1つのアプリケーションを介して様々な業務アプリケーションにアクセスすることができる世界が実現しました。Webブラウザの機能が凄まじい進化を遂げたからこそ、表計算ソフトもグラフィックツールもCRMもアクセス解析ツールも、特別なソフトウェアをインストールしなくても使えるようになっているわけです。言い換えれば、Webブラウザの機能がさらに高度化することで、SaaSの利用体験がもっとよくなったりSaaSで実現できることが今以上に広がったりするわけです。

めくるめくWebブラウザの世界については、また別の機会に語ろうと思います。また、利用者目線ではなく開発者目線で見たSaaSの価値についてもいずれ書きますね。書きたいことがありすぎてやばい。

以上!今回も楽しく仕事をするためのヒントが見つかったでしょうか?

ではまた来週。

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