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リターゲティングの制限でインターネット広告は無くなるのか?

どうも、エンジニアのgamiです。

僕には、インターネット広告の運用を仕事にしている兄がいます。たまに会うと、お互いの仕事や業界動向の話をします。

先日、その兄が「最近は広告主がリターゲティング広告を出したくても出せなくなってきた」とぼやいていました。それはインターネット広告業界にとってかなりの変化であり、仕事のやり方自体を見直す必要があるかもしれないと。

広告をめぐるこうした大きな変化は、いわゆるアドテク企業や代理店などの広告業界だけに関係のある話ではありません。広告を出したい広告主や広告を掲載したいメディアも、顧客との付き合い方を変えなければ長期的に売上を下げてしまう可能性があります

今回は、リターゲティング広告への制限強化によってインターネット広告とその周辺がどのように変化するのかについて、一緒に考えましょう。


リターゲティング広告は制限される

リターゲティング広告とは、自分が見たサイトやアプリの広告が、別のサイトやアプリでも表示されるような類の広告です。Webでは3rd. party Cookie、ネイティブアプリではIDFA(Identifier for Advertisers)によって、サービスを超えたユーザー特定を実現していました。

Webのリターゲティング広告は、Webブラウザによる3rd. party Cookieの廃止の流れによって、破滅に追い込まれつつあります。Safariでは2020年3月から、デフォルトで3rd. party Cookieを利用しない設定が適用されるようになりました。

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(Safariのプライバシー設定)

Chromeも、2020年1月に3rd. party Cookieを2年以内に廃止する計画を発表しました。

またネイティブアプリのIDFA利用についても、iOSやiPadOSでは2021年4月以降、ユーザーの許可が必須になりました。

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トラッキング許可のリクエストを求めるiOSのダイアログ

IDFAはアプリ側で明示的に許可を求めることができ、許可率は平均41%だったという調査もあるので、Webに比べると影響は少ないかもしれません。ただし、サービスを横断したユーザー特定が制限される流れは今後も続きそうです。

リターゲティング広告を使うと、すでにサイトを訪れた人に対して広告を出すことができます。サービスに興味がある人だけに効率的に広告を表示できる、夢のような広告手法です。

リターゲティング広告を支えていた技術が制限されると、リターゲティング広告を出したい広告主にとっては、「広告を出したくても出せない」という状況になります。「自社サイトを過去に訪れた人に広告を出す」というロジックで広告を出していたのが、その「自社サイトを過去に訪れた人」を特定できないケースが増えたからです。

Webやネイティブアプリのリターゲティング広告に割り当てていた予算は、広告ボリュームの縮小によって全額消化できなくなります。その浮いた予算を、もっと別の広告に割り当てることになります。

インターネット広告運用に、より深い顧客理解が求められる

リターゲティング広告は、あまり頭を使わなくても運用を回すことができます。基本的には、広告の掲載先メディアの特性を気にすることなく「過去にサービス閲覧があったユーザーに出す」というロジックを自動でぶん回せばいいからです。

逆にいえばリターゲティング広告が制限されたことで、インターネット広告の運用に対して人間の発想や想像力がより求められるようになります。リターゲティング広告が特殊なのであって、広告とは本来そのようなものかもしれません。

広告の効果は、広告と人とのマッチング精度に依存します。どんなに優れた広告クリエイティブも、広告主の顧客層にリーチできなければあまり意味はありません。たとえば大学の最寄り駅には、家庭教師バイト募集の広告がよく掲載されています。場所の特性によってそこにいる人の属性が偏っている場合、その属性の人にリーチしたい広告を掲載することで、より高い広告効果を得られます。

インターネット広告も基本的には同じことです。広告主は、自分がリーチしたい人がどんな人かを深く理解し、その人がどんな時間にどんな場所によくいるかを想像します。広告を掲載するメディアは、そのメディアを訪れる人がどんな人であるかを深く理解し、媒体資料を作って広告主にそれを説明する。広告主とメディアの協力関係によって、広告と人とのより良いマッチングが実現します

インターネット広告は死なない

リターゲティング広告が無くなっても、インターネット広告には依然としてかなりの優位性があります。例えば次の3つです。

1. 生活者の可処分時間の中でデジタル接点が占める割合は高まっている
2. 1st. partyのデータからでもユーザー属性を詳細に絞り込める
3. かなり細かく効果測定ができる

まず、そもそも生活者がインターネットに触れる時間は年々増加しています。新聞や雑誌を読む時間は減り、スマートフォンを触る時間が増える中で、インターネット広告自体をやめるという判断を広告主がするのはかなり難しいでしょう。広告主企業のインターネット広告予算が減らないとすれば、リターゲティング広告ができなくなっても、別のインターネット広告にお金の出し先が変わるだけです。

また、3rd. party CookieやIDFAが制限され3rd. partyデータが使えなくなったとしても、1st. partyのデータだけである程度はユーザー属性を絞り込むことができます。先日、同僚と自分のFacebookアプリに表示される広告を見せ合うという遊びをしました。僕も同僚も同じBtoB SaaSに勤めていますが、Facebookに表示される広告はほとんどが他社のBtoB SaaSのものでした。Facebookのつながりや行動から、僕たちがインターネットサービスに興味があることが知られているわけです。もちろんFacebookはかなり極端な例です。しかし、たとえばWebメディアでも「このユーザーは〇〇のジャンルの記事をよく見ている」みたいなことは1st. partyのデータだけで今でも取得することができます。それを元に広告の出し分けができれば、「雑誌に広告を出す」など従来型の広告以上にユーザー属性を絞って広告を表示できるわけです。

さらに、インターネット広告は効果測定がしやすく投資判断の材料を集めやすいというメリットもあります。駅の広告を見て自社サイトに検索流入したユーザーは、「駅の広告を見て入ってきました!」とは教えてくれません。他方、インターネット広告リンクをクリックしたユーザーは、URLクエリパラメータに「〇〇というメディアの〇〇というパターンのクリエイティブをクリックしました!」というラベルをぶら下げてサイト来訪してくれます。効果がすぐにわかるということは、広告主からすれば仮説検証による改善サイクルを高速に回せるということでもあります。

リターゲティング広告は確かにインターネット広告の重要な一部でした。しかし、リタゲができなくなることでインターネット広告全体がオワコンであるかのように捉えてしまうのはあまりにも短絡的です。どんな新しい変化が求められているのか、それはエンドユーザーにとって何が嬉しいのか。どうせ起きる変化であれば、それをポジティブに捉えてよりよいものに変えていければいいですね。

これからどうなる?

以上が今回のnoteに関して僕が考えたことでした。

最後に、インターネット広告に関わる各プレイヤーの間ではどのような変化が起こるか、素人ながら考えてみます。(マガジン購読者限定でどうぞ。)

広告主に起きそうな変化は下記。

・より本質的な顧客理解をベースにした広告運用が必要になる
顧客のジャーニー全体を理解することが重要になる
1度サイトやアプリを来訪した人と接点を持ち続けることが大切になる

前述のように、「とりあえずリタゲ」以上に頭を使った広告運用が必要になります。特に、自分たちの顧客は普段どこにいて何をしているのかを徹底的に考え抜くことがより重要になります。また、リタゲができなくなったことで、1度ランディングページに来た人に継続的にアクションする他の手段を考える必要が出てきます。たとえば、LINE公式アカウントを追加してもらう、メルマガ登録させるなど。

メディアに起きそうな変化は下記。

メディア内の1st. partyデータを育てることの必要性が高まる
・良質なコンテンツを継続的に提供しヘビーユーザーを抱えられるメディアが優位になる

3rd. partyデータが使えなくなり、価値ある1st. partyのデータを生み出すことが広告ビジネスにおけるメディアの価値に直結するようになります。そのためには、同一ユーザーに継続的に来訪してもらってユーザーの解像度を上げる必要があります。

広告代理店に起きそうな変化は下記。

広告運用の難易度が上がり、顧客理解の無い広告代理店が淘汰される
・コンサル業界との境目が曖昧になり、企業のWebマーケティング全体の設計に関われるプレイヤーが優位になる

広告運用に広告主の顧客に対するより深い理解が求められるようになります。その影響もあって、広告運用を内製化する企業が徐々に増えていく気がします。広告代理店のサービスもより差別化を求められ、「Webマーケティング戦略全体について相談できるパートナー」という位置を取れるコンサルっぽい広告代理店が優位になりそうです。

アドテク企業に起きそうな変化は下記。

・3rd. partyデータに頼らない広告手法の開発が盛んになる
新しい広告技術の研究開発に投資されるお金が増え、技術的な面白みが増す

最近、アドテク業界が長いエンジニアの方と話しましたが、「リターゲティングで満たしていた需要を別の方法で満たすという技術的な課題が生まれたので面白くなる」という主旨のことを仰っていました。すべてのアドテク企業がリタゲ制限の影響を受けるので、逆に言えばここで新しい広告手法を実現できれば、他社を出し抜けそうです。

参考になりそうな資料

ついでに、広告業界の変化について僕が最近触れた(あるいは作った)資料を紹介します。

フリークアウトの代表が書いたnote。かなり俯瞰的な視点から広告の未来が語られていて、ぜひ読んで欲しいです。たとえば、広告主と媒体のパワーバランスが変わってきた話や、最近流行りのライブメディアと広告の相性が悪い話などが面白かったです。


僕が一番聞いているポッドキャストのRebuild。主にアメリカで働く歴戦のエンジニアがTech業界のトピックなどについて話しています。ep. 304の01:48あたりでは、今回取り上げたようなIDFA制限(ATT)の話をしています。エンジニア目線で広告制限周りの話を聞きたい人にはおすすめ。

また、3rd. party Cookie周りの話がそもそもよくわからんという人向けにはYouTubeの動画を作っています。ぜひご覧ください(宣伝)

他にも、特に技術的な話であれば答えられる範囲も割と広いので、疑問あればぜひTwitterなどでお聞きください〜

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