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デジタルの世界でなぜデザインが重要か?

先週、会社を2日間休んで湯河原に旅行に行きました。

滞在したのは、THE RYOKAN TOKYO YUGAWARAという旅館です。

このWebサイトを見ると、くねくねした可愛いフォントと共に、「湯河原チルアウト」というコンセプトが打ち出されています。

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THE RYOKAN TOKYO YUGAWARAは、あなたが心置きなく自分の時間を過ごせるための場所でありたいと思っています。どうか、最高にチルなひと時を。

現代的で素敵なコンセプトと、それを体現するWebサイト。予約をする時点でわくわくします。

実際に旅館を訪れても、内装、カフェのメニュー、アメニティまで、コンセプトに沿ったこだわりが感じられました。

THE RYOKAN TOKYO YUGAWARAを運営するL&G GLOBAL BUSINESS社の社員紹介ページを見てみると、予想通りデザイナーの方が何人かいます。もしかしたら、ホテル業界の会社にデザイナーがいるということに対して意外に思う人も多いかもしれません。しかしこの旅館のような一貫した体験を提供するのは、社内にデザイナーがいないと難しいと感じます。

この旅行では、noteで日々書いているような「デジタルテクノロジーと働き方をめぐる本」を書いていました。体験がきれいに設計された旅館に滞在しつつ、デジタル世界に思いを馳せていると、デジタル領域が広がった世界においてデザインってめっちゃ重要性だなーということに気付かされました。そんなわけで今回は、デジタルとデザインの関係性について考えます。

残念ながら僕はデザインの専門家ではないので、引用多めで頑張ります。


改めて、デザインとは何か?

自分の身近にデザイナーがいない人に話を聞くと、「デザイナーとは絵を描く人である」という誤解があったりします。もちろん絵が上手いデザイナーさんもいますが、多くのデザイナーにとってはイラストを描くことは少なくともメインの仕事ではありません。

改めて、デザインとは何でしょうか?

「デザイン」という言葉に真面目に向き合うと、様々な歴史や文脈を考慮する必要がありそうです。みんな大好きWikipediaにも、中立性に配慮してかなり広い定義が紹介されています。

デザイン(英語: design)とは、審美性を根源にもつ計画的行為の全般を指すものである。意匠。設計。創意工夫。英語のdesignには本項の意味より幅広く、日本語ではデザインと呼ばない設計全般を含む。日本語のデザインに相当する英語での用語はstyleである。
また、オブジェクト、システム、 図画、設計図、回路、パターンなど)を構築するための計画、または作成する行為など、「デザイン」はさまざまな分野で異なった意味として用いられている
デザイン - Wikipedia

ただ、現代ビジネス寄りの文脈に限定すれば、「デザイン」という言葉は「設計」や「計画」といった意味を含む行為として捉えるとかなり理解しやすくなります。

本来この語は設計のことであるが、デザインはさらに形態や意匠に限らず、人間の行為(その多くは目的を持つ)をより良いかたちで適えるための「計画」も意味する。人間が作り出すものは特定の目的を持ち、それに適うようデザイナー(設計者)の手によって計画されるのである。
デザイン学は物や環境を人が自然な動きや状態で使えるように設計する工学、あるいは、人の物理的な形状や動作、生理的な反応や変化、心理的な感情の変化などを研究して、実際のデザインに活かす学問という意味において、人間工学と共通している。考慮すべき要因には、機能性、実現性、経済性、社会情勢など、目的を実現することに関わる全てが含まれる。
デザイン - Wikipedia

前述したTHE RYOKAN TOKYOの例でいえば、「心置きなく自分の時間を過ごせるための場所」を作るという目的があります。その目的達成のためには、旅館の動線や内装をそのように設計する必要があります。またWebサイトで事前にそのコンセプト(=湯河原チルアウト)を正しく伝えていくことで、実際に「自分の時間を過ごしたい」と思っている顧客の共感を集めることができます。

ある目的を持って何かを作り出すとき、より良く目的を達成するためには、それ相応の設計をする必要があります。「人間はそれをどう使いどう感じるか」を徹底的に考えた上で、「カフェスペースをカラフルなクッションで埋め尽くした方がリラックスできそう」とか「このフォントを使うとコンセプトを伝えやすそう」といった風に、細部まで意思をめぐらせていきます。人間の行為や感情を、より目的に適う方向に自然と誘導していくように、モノやコトを設計していく。そんな活動全般が、「デザイン」と呼ばれているようです。

体験が重要になりデザインの価値が上がった

そんなデザインへの注目度が上がっています。試しにGoogleで「デザイン 重要」などと検索すると、「ビジネスにおいてデザインがいかに重要か」を力説する記事が山のようにヒットします。書店に行っても、「デザイン思考」に関する本が何冊も見つかります。

これほどビジネスシーンでデザインが注目され始めた大きな理由の1つは、「体験」の重要性が上がったことです。多くの商品がコモディティ化した結果、商品そのものの価値での差別化が難しくなり、相対的に体験的価値による差別化の重要性が増しています。

デザイナーの仕事が「人間の行為や感情を、より目的に適う方向に自然と誘導していくように、モノやコトを設計していく」ことであるとするならば、デザイナーとはまさに「体験づくりのスペシャリスト」なわけです。人間の行為や感情に関わる領域は全て体験といえますが、特に人間が製品やサービスに触れるプロセス全体に関わるデザインを指して「エクスペリエンスデザイン」と呼ばれたりもします。

さらに21世紀に入ると、デザインには行為や経験の創出という役割が求められるようになってきた。具体的には、ユーザーがウェブサイトからスムーズに必要な知識を得て最適な購買を決定するプロセスをデザインする、あるいは病院で患者がストレスのない高質な治療経験を得られるようにする、といった領域である。つまり、デザインの対象が総体的なユーザーの行為や経験となり、モノやサービスはその媒介として関わるようになった。これが経験デザインであり、経験価値デザインとも呼ばれる。
経験デザインが注目されるようになった背景には、商品やサービスのコモディティ化という課題に企業が直面していることがあげられる。商品やサービスを一段高い価値に引き上げるためには顧客の経験が重要であるとB.J.パインとJ.Hギルモアは著書『経験経済』のなかで述べている。それはユーザーが商品やサービスに触れたときに経験する「心地よい印象」「見たことのない驚き」「知的喜び」「徹底的な安心感」など、機能や利便性を超えた次元の価値の提供である。
経験デザイン - Wikipedia

逆にいえば、デザインの力を上手く取り入れることができない企業は、体験による差別化がうまくできず、競争力が低下してしまいがちです。

デジタルインフラが整備され、求められるデザインの難易度が上がった

多くの国民がスマートフォンを持ちデジタルインフラが整備された現代では、さらにデザインの重要性が増しています。

1つは、アプリやWebサイトといったデジタルデバイス上での接点の重要性が増したことに起因します。アプリやWebといったユーザー接点は、その見た目や動線を容易に変更することができます。競合がいる中で「容易に変更ができる」という状況があるということは、「日々改善し続けなければ競争優位性を失う」ということとほぼ同義です。世の中のアプリがイノベーティブなデザインによって体験をどんどん良くしていけば、相対的に自社のアプリの体験は悪いものになってしまいます。また、アプリやWebサイトの機能が増える中で調和の取れた体験を提供し続けるためには、デザイン上の改善が不可欠になります。

2つ目は、接点が増えたことで一貫性のある体験設計をすることの難易度が上がったためです。Webサイト、アプリ、実店舗、など複数の接点で顧客とつながれるようになった結果、それらを横断して使う顧客にも違和感の無い体験を届ける必要が生じました。たとえばWebサイトで予約時に入力した情報を店舗で再び質問されるのは体験が良くないです。シンプルな内装の店舗が好きだったのにインストールしたアプリのUIが派手派手だったら、好きな気持ちも半減してしまうかもしれません。

デジタルインフラが整備された結果、顧客接点が多様化し、デザインすべき対象も複雑化しているといえます。

進む、デザイン内製化

かつてはデザインの力が今ほど重要視されておらず、専任のデザイナーを多く抱えているような会社は今でも多くありません。とはいえデザインが必要になる局面はあり、多くの場合は外注されてきました。Webサイト制作であれば制作会社にお願いし、広告出稿であれば広告代理店に頼んだり。

一方、デザインの重要性が高まった結果、これまでデザイナーをあまり雇ってこなかったような会社が新規でデザイナーを採用するケースも増えています。企業が持つ複数の顧客接点を横断し、コンセプトに沿った一貫性のある体験を提供するには、デザインリソースを「Web制作会社」や「広告代理店」に外注するだけでは難しいでしょう。

特に「企業と顧客との長期的な関係性」が重要になった今、企業のミッションをあらゆる顧客接点において浸透させることが求められます。「何を実現しようとしているのか」が伝わってこない企業のサービスには、顧客も信頼してデータを預けたり自分の時間を割いたりする気にならないからです。「ミッションを反映した顧客接点のデザイン」は、当然異なるミッションを持つ他社のサービスを真似するだけでは実現できません。その意味でも、自社のミッションを深く理解したデザイナーが社内にいるということが重要になってきています

自社デザイナーを増やした例で有名なのは、三井住友銀行です。三井住友銀行のデザイナーさんが自ら書いているnoteでは、デザイナーを自社(インハウス)で抱えることのメリットについて次のように紹介されています。

・タテ割になりがちな組織での、ユーザー体験の断片化を防ぐことができる
・ステークホルダーと近い距離で”視覚化”して会話することで、合意形成のスピードが早い
ナレッジの蓄積ができ、協力会社頼みの体質にならない

ちなみにこのようなインハウスデザイナーの採用とデザイン内製化の動きは、システムの内製化の動きととても良く似ています。変化の大きな時代において、顧客接点を自ら作り出すことができるデザイナーやエンジニアを自社で採用することで変化への対応スピードを上げる企業が増えた、という理解もできそうです。

また僕が最近どハマりした『アフターデジタル』でも、アフターデジタルの世界で事業を成長させるチームには、エンジニア、データサイエンティスト、UXデザイナーの機能が必要であると書かれています。

グロースチームは組織横断でとにかく事業を成長させていくチームであり、設定したゴールに向かって高速で改善していくため、1つのスモールユニットに「エンジニア」「データサイエンティスト」「UXデザイナー」の3つの機能を持たせます。例えばフェイスブックでは200人〜300人ほどで運営し、エンジニア、デザイナー、コンテンツストラテジスト、データサイエンティスト、グロースマーケターといった役職があります。
(『アフターデジタル』4.3 日本企業が変わるには)

デザイナーが担う役割の重要性が増した結果、Webサイトなどの単一接点のUIデザインに止まらず、デザイナーが価値を発揮する業務プロセスの範囲も広がっています。株式会社グッドパッチが運営するデザイナー特化型キャリア支援サービス『ReDesigner』が2019年に公開した『デザインデータブック』によると、事業戦略の立案からデザイナーが関わるケースも増えているようです。

今まではビジュアルデザインなど、表層の部分のみの関わりが多かったデザイナー。しかしながら近年、事業戦略以降のプロセスから参画するなど、デザイナーの領域も拡大している傾向が見られる。
『Design Data Book 2019』

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また、CDO(Chief Design Officer)という役職を明示的に設置する会社も増えており、経営にもデザインの力が取り入れられています。

なぜ全ての職種にデザインスキルが必要か?

一方で、「デザインの重要性が増した」ということは、「とにかくデザイナーを採用しその人に任せれば良い」という単純な話ではありません。

これに関して、前述した三井住友銀行デザイナー陣による別のnoteには、現場感を帯びたこんな記述があります。

デザイナーだけではデザインはできない
結局の所、デザイナーはデザインについてはわかるけど専門的な銀行業務はわからないことも多かったため、デザイナーだけでは何もできない感があることに気づきました。
デザイナーだけだと理想的な顧客体験やユーザーインターフェースをカスタマージャーニーマップやプロトタイピング上で作ることはできても、そのままだと業務が専門的で法令や既存システムの制約まで細かく把握できないので、現実的なものに落とし込むことが難しいという問題がどうしても付いてまわります。

自社にデザイナーがいても、社内受発注のように丸投げをしてしまっては、外注するのとあまり変わりません。デザイナーというデザインの専門家から体験を設計するための方法について学びながら、非デザイナー職種を含むチームメンバーみんなで、デザインを前に進めていく必要があります。

この話は、まさに「エンジニアだけではエンジニアリングはできない」ということを書いた次のnoteに通じるものを感じます。

この『なぜ全ての職種にITリテラシーが必要なのか?』にある次の記述は、「エンジニアリング」に当たる部分をそのまま「デザイン」に置き換えても似たようなことが言えそうです。

そうではなくて、あなた自身が世界の情報科学やソフトウェア産業がこれまで積み上げてきたもののビジネス上の意味を理解し、いまの自分やチームや会社に必要なものを選択でき、現実的な運用方法を考えて、日々の変化に応じて改善し続けることができれば。そうすれば、面倒だけど誰かがやらなければいけないことややりたいけどリソースが無くてできなかったことをコンピュータに任せて、自分自身はより本質的な仕事に専念することができます。

考えてみると、ITエンジニアリングがコンピュータを用いて人間の活動をスケールさせることであるように、優れたデザインも人間の仕事を減らしてくれます。iPhoneが直感的に使えるデザインであったことで、きっとユーザー数が増えてもカスタマーサポートの人員はそこまで増やさなくて良くなったはずです。優れたWebサイトは、時には社員以上にあなたのサービスのコンセプトを潜在顧客に伝えてくれます。逆にいえば、どんなにIT投資をしてECサイトや業務システムを整えても、そのデザインが最悪で手間や問い合わせが以前より増えたのでは、ただお金をドブに捨てるだけの結果になってしまいます。デザインの力を最大限に使うことで、顧客の体験を向上させつつ、従業員が新しいことを始めるための余白を生み出すこともできるわけです。

そんなこんなで、こんなnoteを書いた以上は、僕もデザインの勉強頑張ります。

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