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読書記録⑴『古代オリエントの神々 文明の興亡と宗教の起源』

 始めまして、樹木と申します。日本を含め世界の様々な神話体系や伝承、宗教に関する事を色々と漁ってます。
 色々と本買っては積んでの繰り返しですが少しずつ消化しろという戒めも込めて備忘録代わりにnoteに綴っていこうと思います。
 第一回は中公新書から出ている小林登志子先生著の『古代オリエントの神々』からやっていこうかと。

概要

タイトル:古代オリエントの神々――文明の興亡と宗教の起源
著者:小林登志子
出版:中公新書
説明:ティグリス・ユーフラテス河の間に広がるメソポタミアの平野、ナイルの恵みに育まれたエジプト。ここで人類は古代文明を築き、数多くの神をつくり出した。エジプトの豊饒神オシリス、天候を司るバアル、冥界神ギルガメシュ、都市バビロニアを守るマルドゥク、アジアからヨーロッパまで遠征したキュベレ女神、死後に復活するドゥムジ神――さまざまな文明が興り、消えゆくなか、人がいかに神々とともに生きたかを描く。

感想

 個人的に滅茶苦茶面白かった。
 本自体は随分前に読んでいたので思い出しつつ書き連ねていたけど古代オリエント世界で信仰された神を地母神や太陽神、死と再生の神等に分類して概説するのがかなり分かり易くて深堀りしてくれるから読んでいて全く飽きない。また神々の習合などに関してもきっちり触れてくれている。
 以下面白かった部分を抜粋して紹介&感想↓

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 序章――『神々が共存する世界』では古代オリエント世界――東方はインダス河、西はナイルとし、黒海やカスピ海を北辺とする地域――の先史時代から始まる「宗教」の発生、農耕と牧畜という二つの社会の共存などを説く。その中で農耕と牧畜の関係性をシュメル・アッカド神話(古代メソポタミア神話)における「ドゥムジとエンキムドゥ」の説話の中に見出していたのが面白かった。ドゥムジはアッカド神名、シュメル神名はタンムズとする牧羊神であり、農耕神エンキムドゥと説話の中で対立している。また旧約聖書における「カインとアベル」にも牧夫と農夫の構図が反映されているとしている。ちなみにタンムズの名前は旧約聖書にも見る事が出来、「エゼキエル書」では

「かくして彼は我を連れ北を剥いたる神の家の扉に着きたり。そこにはタンムズの死を嘆く女達座りき。彼、我に語りて曰く『これを見たか、おお、人の子よ。再び振り向いて見よ。そうすればこれよりも遥かに忌まわしいものを見ることになろう。」エゼキエル書8:14

 と、その信仰の様子が描かれています
 神々の習合に関してもこの項で最初に言及していた。ローマ帝政期における神々の習合は有名だがこの時代でも盛んであり、記録曰く3300もの神名が挙げられるのだという。スゲェ。なんなら日本でも天照が密教の大日如来と習合したり大国主が大黒天と習合したり色々ありましたね。宇迦之御魂と茶吉尼天も有名でしょうか。
 古代オリエント世界では実に様々な神が祀られたが、B.C2000辺りから北部のアッシリアが見られるようになり、そこではアッシュルという神が国家神、最高神として君臨していた。メソポタミアの諸神話(シュメル・アッカド、バビロニアetc...)は神々や神話を共有はしていたが最高神などには違いがあった模様で、アッシリア神話のアッシュルは「土地」そのものの神格化。またシリア北部のウガリットで信仰されたのはバアル。天候神にして豊穣の神であり、旧約聖書の中では異教神の代表。敵視された姿が名高いベルゼブブ(蠅の王)である。カワイソス。
 ドイツの実存主義哲学者ヤスパースの著書における「枢軸時代」(前800~200)に精神的な基盤が形成されたというものをインドのウパニシャッド哲学の発展や仏陀の登場、イランのザラスシュトラ、パレスチナのイザヤやエレミヤ、ギリシアの詩人ホメロス、ソクラテスやプラトンに対応させていた。
 ここでキュロス二世による宗教改革に関して言及し、最古の二元論的世界観を作り出したゾロアスター教への話題に移る。
 古くからあるイラン人の信仰を新たな形に整えたのがゾロアスター教であり、主神はアフラ・マズダ―。起源的には古代インドの太陽神ヴィローシャナや天空神ヴァルナなどに求められる事もあったり。印欧語族の一角、インド・イラン語派の祖先は南下してイラン高原に入り、その時代には契約の神ミスラ、戦闘神ウルスラグナや河の神アナーヒターなどが信仰されていたのだという。ウルスラグナはザラスシュトラの宗教改革で古代インドのインドラが悪魔に叩き落されたけどインドラの異称ヴリトラハンが独立した感じなんですかね。ヴェーダ時代でもシヴァは前身が暴風神ルドラの尊称だったし似たタイプなのかね。

 興味深かったポイントとして、この項で挙げられた「一神教の細かい分類」というのがあった。一言に一神教といえばキリスト教やユダヤ教、イスラム教などを代表とする「特定の神のみを信仰する宗教」を想起するが、厳密には幾つかの種類がある。
拝一神教(モノラトリィ)
=他の神々の存在を肯定した上で特定の一神を信仰するタイプの一神教。
ゾロアスター教のアフラ・マズダ―崇拝や初期のヤハウェ信仰がコレに相当する。(ソースは出エジプト記18:11)
単一神教(ヘノシイズム)
=特定の一神が最高神の地位を得て唯一神のように見なされるタイプ。
古代エジプトのアテン崇拝が代表的だけどミトラ教とかもこのタイプなんすかね。
・唯一神教(モノシイズム)
=唯一の神しか認めず、多神への信仰を禁止するタイプ。
後のユダヤ・キリスト・イスラームなどがコレ。故に純粋な唯一神教はコレ。
 この部分がかなりタメになったので好きでした。

『煌く太陽神、霞む太陽神』

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 宗教、神話における普遍的な神格である太陽神。オリエント世界の太陽神に関して掘り下げまくる項目。ここからずっとサビが続く。
 日本の「お天道様」という言い回し。これは太陽神を指しており、太陽神が地上を常に俯瞰して秩序を守ってくれるという意味が込められており、往々にして太陽神は地上の俯瞰という性質から悪事を見張り「公正、契約、正義」といった概念と結びつく。無論、日本の太陽神といえば伊勢に座する天照大御神である。弟が原因ではあるけど日本最古の引き籠りが最高神ってどういうことだよ神の国日本。
 古代オリエント世界の太陽神としてはメソポタミアのシャマシュやインド・イランのミトラ辺りが言及されており、ミスラ崇拝がメソポタミアに伝わっていた頃には同一視されていたらしいです。またミタニ・ヒッタイト条約文にも名前が挙げられており、その中にはバラモン教時代の最高神であるインドラや天空神の地位を持ち、デュメジルの三機能形態においてインド・ヨーロッパ語族の第一機能を司るとされたヴァルナ神も名前が記されていた。リグ・ヴェーダの中ではミトラは「ミトラ・ヴァルナ」と併称されており、当時は重要性が高かった事が伺えます。その一節を抜き出してみると

『最高の君主として汝らは【両神】は万有を支配す、ミトラ・ヴァルナよ、汝らは最高天において車に上る』(ミトラとヴァルナの歌)

 インドの主神としてはやはり三神一体におけるブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァの三神が挙げられますがヴィシュヌは僅かに五篇の賛歌しか無く、シヴァに関しては前身の暴風神であるルドラに対して賛歌が挙げられており、全体的にスーリヤやアグニ、ミトラやヴァルナといった自然神が重要視されているような印象を受けます。
 ヴァルナ天空神・司法神であると同時に水に関連する性質を持ち、またマーヤーという幻力の支配者でもありますが、この性質と共に重要性がヴィシュヌへと受け継がれて行きます。また水は万物の根源、即ち始原を意味しますが、この始原の神としての性質もブラフマーに持っていかれ、水神としての性質が強く押し出されて行きます。
 ミトラが太陽神・契約神である事からヴァルナとは互いに性質を補完しているようにも考えられますね。

 太陽神と関係する動物の牛⇒馬へのシフトを戦車に用いられていた動物であった事、またインド・ヨーロッパ語族の影響の指摘が見られる模様。
 個人的にこの項で一番印象に残ったのは、太陽神であり救済神でもあるミトラスの習合に関しての部分だった。トルコのネムルト山の神像群の一つ、『アポロン・ミトラス・ヘリオス・ヘルメース』に関して。
 前三神は共通して太陽神。習合されている以上は太陽神という認識がされていたと伺えるのはすっと頭に入るが、伝令神であるヘルメスとミトラスを繋ぐファクターが「死後の案内人(プシューコ・ポンポス)」「水星」という二つだった事。
 確かにヘルメスは度々冥界の案内人としての性質が現れ、ローマにおける名であるメルクリウスは英名ではマーキュリー、即ち水星に割り当てられている。古代のペルシア人はミトラの対応惑星を水星、また死後の案内人であという性質をミトラに与えたようで、この部分が同一視の要因になったみたいでした。メルクリウスと同一視される北欧の主神オーディンも水曜日の語源になっている辺り水星との関連性も見出す事が可能なので更に掘っていきたいなと思いましたね。
 神話体系の頂点に太陽神が配置される古代エジプトにおいてはラーと習合し、ギリシア人には最高神であるゼウスとも同一視されたアメンがパンテオンの頂点に立っていたが一時期にはアメン及び神官団を抑え込むために王家では「アテン」という神が創り出された。アテン自体は他の神々に比べて非人格的であり対偶神などを持たないという特異な神であり、古代ギリシアの自然哲学的な様相を持っている。当時の王はアメンヘテプ四世、後にアクエンアテンと呼ばれる人物であり、アテン崇拝という単一神教を推し進める為に他の神々の性質をアテンに付与し、「冥界の神」という性質を持たせたが元来の冥界神であるオシリス神は重要な神の一角であった為、その信仰を否定する事はエジプト人には難しかったらしい。オシリス神は植物の再生を意味しており、メソポタミアのタンムズや小アジアのアティスに並ぶ「死と再生の神」の系譜の一つでもありますね。
 クソ面白かったです(一回目)。
 アテンといいブラフマーといい、抽象的性格の強い神は人気が出にくいものなんでしょうかね。

『地母神の支配する世界』

 この項では「日本の山姥は零落した地母神」という導入から入り、豊穣神である大地母神にはとりわけ三つの要素が共通して内包されていました。
 一つ目は「処女神であること」 二つ目は「性欲の支配者であり、生命の原動力である故に聖婚、新年祭の主人公」 三つ目「戦闘故の凶暴性」
 特に三つ目に関しては儀礼における狂乱等を伴う宗教的恍惚感に関連して来ます。

 古代オリエント世界における大地母神といえば「天の女主人」を意味するメソポタミアのイナンナ/イシュタルを筆頭とします。死と再生の神であるタンムズ/ドゥムジの対偶神であり、金星を神格化した女神の先例。後述するイランのアナーヒターやシリアのアスタルテ、ギリシア・ローマにおけるアフロディーテ/ウェヌスに対応する大女神になります。
 イナンナ/イシュタルは金星に対応していますが、古代では他には太陽といった天体が神格化されていました。メソポタミアであればウトゥ/シャマシュやシン/ナンナなどですね、金星だと仏教における虚空蔵菩薩なども。
 メソポタミアの神名は「エン」が「主人」を意味し男神になります。大気神エンリルや水神エンキ等が挙げられます。また「ニン」が付くと女神になるのですが男神の中にも二ヌルタやニンギルスなど「ニン」と名の付く神が見られ、こういった神々は元々女神だったものが男神に変化したとされていますね。
 イナンナは多淫であったとされ、転じて豊穣と結びつきます。しかし同時に戦闘神としての性質も持ち合わせており、女神の持つこういった二面性というのはインドの女神パールヴァティーの一側面としてカーリーが定義されている点やウガリットのサイコパス女神アナトにも通じますね。身近なものであれば日本の伊邪那美命。伊邪那美は死した後に冥界の神となり、「黄泉大神」とも呼ばれました。
 彼女の神話を代表するものとして有名なのは「イナンナの冥界下り」
 日本の伊邪那美や古代ギリシアのペルセポネ等にも共通するモチーフですね。
 イナンナが女神エレシュキガルの支配する冥界へと赴き、結果的に死んでしまいますが復活する代わりに身代わりを送る事になります。そこで自分の死に対して喪に服していなかった対偶神タンムズ(ドゥムジ)に対してブチ切れ。身代わりとしてタンムズと姉のゲシュティンアンナと共に半年交代で冥界に行く事を命じました。故にタンムズは「死と再生の神」という性質を持つという事になります。
 イナンナは殆ど別名をイシュタルとしていますが、元々は別の女神であり、アッカド王朝が支配していた際に同一視されたそうです。崇拝された神殿にはそれぞれ神格が内包する性質の一つ一つが表れていたそうで、ウルクでは誘惑と性愛の女神、ザバラマでは金星の女神、アッカドでは戦闘神として信仰されていました。

 この項で他に触れられている女神はペルシアのアナーヒター及びアナトリアのキュベレ、またエジプトのイシス等。
 アナーヒターはゾロアスター教における女神であり、古代インドの河の女神であるサラスヴァティ―、即ち弁財天と起源を同じくしており、同時に金星を司っています。
 エジプトの女神イシスは「座」や「場所」という意味を持ち、オシリス神が腰かける玉座が神格化されたものだとされています。この女神は古代ローマにも流れ、アプレイウスの「黄金の驢馬」において最後に主人公のルキウスを助ける存在として登場します。

最後に(疲れた)

多分書き出したら終わらないんでここいらで終わらせます。
とりあえず古代オリエント世界で信仰された神々を分類して概説していく感じで同時にオリエント史にも触れてるんでおさらいにも最適かと。

値段もそんなしないし読みやすいサイズなんで気になる方は是非。
ここまで読んで頂きありがとうございました。



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