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今日、肺に睡蓮を咲かせて

遠くの森でジィジィと夏虫が鳴き
横目に木々、緑の香りを肺に吸い込む。
右の森では鳥が戯れ、左の空き地にカエルが歌っている。
夜に山里が呑まれるまで、残り数秒。
僕らに左様ならをする様に陽が沈んでいく。
段々と肌寒さを感じてくる。
みんな、太陽の方ばかりを見つめているから
僕の目には彼等の黒い背中ばかりが映る。
日の傾きに釣られて
各々、家にカラスが帰っていく。
音も無く空を滑って、帰っていく。
「なァ、君タチはいつだって背中ばかり見せてゐるのだなァ。」
陰は僕を放って、小さくなっていった。
木々の香りが色濃くなってくる。
空の橙色はフッと薄くなって、流れ藻を通過した月明かりのような、されど淡水の様な透明感に世界が覆われていく。
すぅ。
大きく息を吸い込む、
まだ呼吸ができることを実感出来れば其れでいい。
安堵して「はァ」と濁った息を吐き出した。


未だ、今日は肺に睡蓮を咲かせて歩こう。
夜の中を泳いでいけるように。

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